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第9話  気になる存在



「あー……」


 気まずそうな声が頭上から掛けられて、咲良の唇に触れようとしていた青羽はぴくっと肩を揺らす。

 その声が誰なのか、ここがどこなのかを瞬時に思い出した青羽は慌てて咲良から距離を取り、今自分がしようとしていたことを思い出して、かぁーっとその頬を赤く染めた。

 男に絡まれている咲良を助けた時も、部屋に入ってからも、ずーっと青羽の側にいた快斗は、すっかり自分の存在を忘れてしまっている二人を見ているのが恥ずかしくていたたまれなくて。

 気を効かせてそのまま声をかけずに部屋を出ようかとも思ったが、大事な話の最中だったことを思い出して、声をかけることにしたのだった。

 きまり悪そうに眉根をよせる青羽に視線を向けた快斗は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「悪い、止めない方が良かったかい?」


 快斗の気遣いに、自分の行為を誤魔化すように額にかかった髪を大きくかき上げた青羽は、ぽんっと肩を叩いて、青みを帯びていた瞳を黒くさせる。


「いや、助かった……」


 そのまま部屋の隅まで歩き椅子に腰を下ろすと、長い足を汲んで大きな吐息をもらす。

 すっと細めた瞳を咲良に向け、青羽は冷たく言い放つ。


「俺はあんたに構ってやるほど暇じゃないんだ、さっきみたいな目に合いたくないなら、さっさと失せな」


 陰りを帯びた瞳が怖くて、だけど、その奥のあざやかな輝きに惹かれてしまう。いつの間にか、もっともっと青羽のことが知りたいと思っていた。自分の気持ちに気づいてしまった咲良は、頬を真っ赤に染め、それからちらっと視線を青羽に向ける。

 国宝を狙う悪い盗賊。

 自分と紅葉を敵国の兵から守ってくれたが、その礼と言って自分の唇を奪った。

 息が止まるほど美しい漆黒の瞳はその底に反逆の炎を燃やして、見つめられるだけで恐怖に身が震えた。だけど――

 気づいたら後を追いかけていて、気になって仕方がなかった。

 こんなふうに、誰かのことを知りたいと思ったのは初めてで、咲良はその気持ちを何と呼ぶのか分からなかった。ただ、もっと知りたいし、側に近づきたいと思った。

 その時になって、咲良は男の名前すらまだ知らなかったことに気づいて、どんどんと好奇心が膨らんでくる。


「嫌です」


 咲良は勇気を振り絞り、青羽を見つめて言っていた。


「私は、あなたのことが知りたいんです。だから側を離れません」

「――、勝手にすればいい」


 青羽はそっけなく言い、視線を窓の外に向けた。



  ※



 数ヵ月探し回ってやっと掴んだ情報だった。王都で国宝を守っているはずの大巫女が王都と東の街の間の小さな村にいるということを――

 知華村に行ってみると、そこにはなぜか隣国の兵はいるし、大巫女はいたけれど国宝はないと言われ、頭である青羽の判断でその場はとりあえず引くことにした。

 大巫女の言葉を完全に信じたわけではないが王軍が駆けつけてきたこともあって、知華村から逃走し、王都を通り過ぎ山華へと足を向けた。

 情報収集後、今後のことを話すためにいつも利用している酒場へと入った青羽と快斗は話をはじめて少しした頃、ガタリと椅子を勢いよく倒して青羽が立ち上がった。

 その時、青羽の瞳が深い青色を帯びて揺れていることに、快斗は気づいていた。

 盗賊団の中では一番付き合いが長く、青羽のことは自分が一番よく分かっていると思っている。青羽が必死になって国宝を探すと言いだした訳も、濡羽色の美しい瞳に青みを帯びる理由も――

 その瞳に青みを帯びるのは、胸の内に激情が渦巻いている時。

 知華村を出る時も、青羽は憂いを帯びたせつない表情で村を見ていた。

 礼の代わりといってキスをするような軽い男でもないことも知っている。

 だから余計に青羽のことが心配だった。

 青羽が一目散に少女に駆けより、目にも止まらぬ速さで男を殴り倒し、肩に担いだ少女が知華村にいた巫女見習いの少女だと気づいて、快斗は動揺に大きく目を見開く。

 それから、店の奥の個室での二人のやり取りを見ていて、青羽自身がまだ気づいていない気持ちを、快斗は敏感に感じ取ってしまった。



 青羽はソファーに背を向けて座り、そんな青羽をソファーに浅く腰掛けた咲良が瞳をそらさずにずっと見つめていた。

 ソファーの側に立っていた快斗はふっと咲良に視線を向けて片目をすがめ、ゆっくり青羽に近づくと、ぽんっと肩に手をかけ腰を折って耳に顔を寄せる。


「青羽、いいのかい? 彼女は俺達が盗賊だって知ってるんだぞ。側に置く危険はあってもいいことなんてないだろう? とっとと追い出した方が……」


 普段は青羽の意見に反対することは滅多にない快斗だったが、青羽がどういうつもりで勝手にすればいいなどと言ったのか理解できなくて、眉尻を下げてささやいた。

 青羽は肩越しに快斗を振り返ると、青みを帯びて揺らしたその瞳の底に、あでやかで残酷は光を輝かせる。

 その鋭い光に、快斗はドキンとする。


「小娘一人に俺達は捕まらないさ。それに大巫女に仕えていた娘だ、なにか国宝について聞きだせるかもしれない。利用させてもらうさ――」


 口元に嗜虐的な笑みを浮かべ、だけど気品に満ちた色香を浮かべたその顔はどこまでも美しくて、ぞくりと毛が逆立つのを感じて、快斗はぎゅっと奥歯を噛みしめた。

 咲良に惹かれながら、どこまでも盗賊としての態度を崩そうとしない青羽の固い決意を感じて、快斗はもどかしく思いながらもそれ以上は口出しするのをやめた。



  ※



 腕に抱きしめたやわらかい感触を思い出して、どこまでも澄みきった純粋な瞳に見つめられて、気が付いたらキスしようとしていた。快斗が止めに入らなければ、何をしていたか自分の行動にも自信がなかった。

 体の内から溢れだすような激しい衝動にかられて、それを必死に抑え込む。

 もっと触れていたかった――

 そう思ってしまった自分に舌打ちし、ちりちりと痛む胸に舌打ちをする。苛立つ気持ちを押さえ、青羽は鋭い眼差しを窓辺に向けた。


「それよりも、さっきの話の続きだ――」


 話題を切り替えることで、無理やり咲良のことを思考から追い出す。


「蒼馬国も国宝を狙っているというのは確かなのか?」

「確かだよ。げんに知華村にいたのは蒼馬国の兵だったし、噂では蒼馬の国宝も行方不明だとか……」

「同じ物を狙っているのなら、先を越されないようにしなければならないな」

「ああ、厄介だな」


 快斗はぎゅっと奥歯を噛みしめ、青羽は思案げに眉根を寄せる。

 そんな二人を少し離れたソファーに座って見ていた咲良は、小声で話していたからすべての会話の内容は分からなかったが、国宝という単語を聞きとって、だいたいの予想をつける。

 知華村に来ていたのは、大ばば様が持っている国宝を奪うためだったのよね。でも失くしたと言われて諦めたと思っていたけれど、まだ探している?

 だとしたら、何のために――?

 結局は疑問が増えてしまい、咲良は一人首をかしげた。




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