第8話 再会
翌日、山華で調べ物があるという朱璃と蘭丸と別れ、咲良と柚希別行動をとっていた。
咲良の希望で市場を見て回ることになり、柚希はしっかりと咲良の手を握って歩きだした。
朝から山華の市場はにぎわいを見せ、人混みをかきわけて歩くのがとても大変だった。
咲良は大通りでひらかれた市場に視線を向け、濡羽色の瞳を好奇に輝かせる。
「咲良、絶対に一人でふらふら歩くなよ……」
「大丈夫だよ。あっ、ねえ、あそこにあるのなんだろっ」
あどけない笑みを見せた咲良はぱっと顔を輝かせ、柚希を引っ張って市場の人混みの中に入っていく。
「わぁ~、きれい……」
咲良が足を止めた出店の台には、ガラスのように光を反射して色とりどりに輝く小物入れが並び、咲良はうっとりとため息をもらす。
「これ、なんですか?」
「お客さん、旅の人かい? これはな、山華の名物・八宝彩だよ。いろんな宝石をはめ込んでるように見えるがな、元はこんな石でそれをこー極限まで薄く削るとあら不思議! 八色に輝く宝石になるってんだ。だいたいはこう、石の形を残して箱にするんだ」
「へぇー、すごい……」
手伝いで入る予言の間には、咲良が見たこともないようなめずらしいものがたくさんある。村を出たことがない咲良にとって予言の間は別次元の世界のようだったが、目の前の出店にならぶ八宝彩の小物入れは予言の間でも見たことがなくて、咲良はきらきらと濡羽色の瞳を輝かせる。
「こんなに綺麗に八色の輝きを見せるのはこの山華でとれる八宝彩だけだ。ここでしか手に入らないよっ!」
店主の男性は食い入るように見とれる咲良に上手い文句を言って小物入れをすすめる。
大ばば様への贈り物にいいかもしれない――
自分にはいいもの過ぎるが、いつも世話になっている紅葉へのお土産としてならいいかもしれないと思い肩から下げた鞄に手を当てて、繋がれていたはずの柚希の手がないことに気づく。
「柚希……?」
ふっと振り返った視線の先に、青みを帯びた宵闇のような漆黒の髪をなびかせた男性の後ろ姿が横切り、咲良は反射的に駆けだしていた。
※
細い路地をいくつも通り過ぎたところで、咲良はぴたりと足を止め、辺りを見回した。
確か、こっちに来たように見えたけど……
見失った人影を求めて視線をさまよわせた時、さやさやと風が優しく頬をなでる。くすぐったさに目を細め、その視線の先、路地の角に酒場の看板を見つけ、誘われるように足を向ける。
カランカランッ。
重い扉を押しあけると、銅の鈴の音が響く。店内に足を踏み入れた瞬間、鼻につく強烈な酒精の匂いにくらくらし、眉根を寄せる。
店内は細長く、カウンターに面した席が並び、照明はわずかな明かりだけで薄暗かった。朝だというのに席は半分ほど埋まっていて、咲良は暗闇に目を凝らして、ゆっくりと歩き出した。その時。
「おいっ」
後ろから強く肩を掴まれた咲良は、強引に振り向かせられる。
「女じゃねーか」
肩を掴んだ男は、かなり酔っ払っているのか顔を真っ赤に染め、にたにたと下品な笑いを浮かべて咲良を舐めまわすように見つめた。
咲良は反射的に後ずさり、肩を掴まれた手を払いのけようとしてあげた手首を、違う男に掴まれてしまう。
「きゃっ……離して下さいっ」
「いいじゃねーか、俺達と仲良くしようぜぇ」
両手を掴まれた咲良は必死に抵抗したが、自分の意志とは関係なくずるずると引きずられてしまう。
「嫌っ……やめて……」
「けけけっ」
どんなに抵抗しても男の力にはかなわなくて、泣きたくもないのに視界の端に涙が溢れてきて、咲良は抵抗する気力すらなくなってしまう。そんな咲良を見た男たちは下卑た笑いを浮かべ、背中にぞわりと悪寒が走る。
その瞬間。
掴まれていたはずの手が解放されて、咲良はあっと息をのむ。
「いて、いててててて……」
咲良の手を掴んでいた男は、その手を長身の男に捻りあげられうめき声をあげ、もう一人の男は床に昏倒していた。
咲良を助けてくれたのは、艶やかな青みを帯びた漆黒の長い髪を背中に波うたせた盗賊の青羽だった――
青羽は天井に向かって高く伸ばしていた手をぱっと広げて男の手を離す。男はどんっと床に大きな音を響かせて尻もちをつき、昏倒していた男が目を覚ました。
「失せろ――」
冴え凍る瞳で睨まれ、冷やかで威圧的な声音で言われた男たちは顔を青ざめさせ、何度もつまずきながら店を駆けだしていった。
咲良は見失ったと思っていた人物が突然目の前に現れて、瞬きも忘れて青羽を見上げていた。
扉の方へと視線を向けていた青羽はふっと視線を落とし、そこに強く輝く濡羽色の瞳があってドキンッと胸が跳ねる。青羽の瞳が青みを強くし、甘やかなきらめきを帯びる。だが。
「あっ」
小さくもらした咲良の声に瞬き、その後に思いもよらない言葉が続く。
「盗賊の人っ!」
大声と共に指をさされて、青みを帯びていた青羽の瞳がくるっと黒みを深くし苛立ちの眼差しへと変わる。
咲良の声に店内の人がざわめきと共に青羽を振り返り、青羽は咄嗟に咲良をひょいっと肩の上に担ぎあげると、威圧的な雰囲気を放ちながら店の奥へと足早に進んでいった。
※
店の奥。個室になっている部屋に入った青羽は、肩に担ぎあげていた咲良をソファーの上に放り投げると同時に、覆いかぶさるように咲良の上へと跨り、片手で頭の上に持ち上げた咲良の両手を押さえつけ、もう片方の手で口元を塞いだ。
氷のように冷たい眼差しを向けられた咲良は、世界のすべてを憎むような反逆の瞳に、条件反射で体を小刻みに震わせる。
「よくも人前で、盗賊だと言ってくれたな。いい度胸だ――」
言いながら青羽は、口元に当てた手をゆっくりと動かし、なまめかしい手つきで咲良の唇をなぞる。
背筋をぞわぞわとしたものが駆け廻り、頬がかぁーっと赤くなる。
すぐ目の前に冷たく見えるほど整った顔立ちが迫り、ドキっとするほど澄んだその眼差しに強く見据えられて、鼓動が早鐘のように鳴りだす。
「ずっと俺の後をつけていたな、何が目的だ――」
その声があまりにも冷たくて、何もかもをも憎むような孤独に濡れていて、引っこんだと思っていた涙が溢れ、じわじわと視界の端をにじませる。
違う――
そう口を開きたかったのに、青羽に対する恐怖心から震えが止まらなくて、声が出ない。泣きたいわけじゃないのに思うようにならなくて、もどかしくて……
咲良は嗚咽を堪えてひゅっと息を吸い込んだ。
瞬間――
頭上で強く握られていた手の拘束が解かれ、咲良の上から青羽がすっと身を引いた。ソファーから数歩離れた所で咲良に背を向けた青羽はかすれた声を出す。
「すまない……」
ぽつっとこぼされた言葉に、咲良は目をしばたいて顔を上げる。
「えっ……」
「泣かせたいわけじゃないんだ」
そっけない言い方だが、その中にふくまれた優しさに、咲良は胸がつまる。
青羽は気まり悪そうに眉根を寄せ振り返り、咲良の大きな瞳から澄んだ雫が伝い落ちるのを見て、困ったように顔を歪ませる。その瞳が、急激に青みを帯びていく。
「泣くな――」
青羽は咲良に近づいてソファーの前に片膝をつき、曲げた指の先で優しく涙を拭ってやった。
その声があまりにも優しくて、ドキっとするほど澄んだその眼差しの底には切ないきらめきがあり、気品に満ちた色香を漂わせ、咲良は胸をつかれた。
息が止まるほど見つめられて、周りの時だけが止まったように静寂に包まれ、世界に二人だけしか存在していないように感じてしまう。
甘やかな空気が二人を包み、頬に触れていた青羽の手が咲良の耳元を優しくなでる。
徐々に近づいてくる青羽の顔。
唇が触れそうな距離。
青羽の瞳が艶やかにきらめいて、咲良はゆっくりと瞼をとじた――
ランキングに参加しています。
「小説家になろう 勝手にランキング」ぽちっと押して頂けると嬉しいです!