第44話 終わって始まる運命
ぎゅっと朱璃と抱きしめ合っていた咲良は、後ろから強い力で引っぱられて朱璃から引きはがされた。
「いい加減にしてもらおうか、朱華の王子」
そう言った青羽は、不機嫌を露わに朱璃を睨みつける。その視線をまっすぐに受け止めた朱璃は、本来の気品に満ちた瞳で青羽を見つめる。
挑戦的な瞳から視線をそらした青羽は、悪態をついて、キョトンと自分を見上げる咲良を強く抱きしめる。
咲良が朱璃に話しているのを静かに聞いていた青羽は、自分の事を好きだと言い、朱璃との婚約を断ったことに内心、優越感を感じながら無表情でいたが、いつまでも抱き合っている咲良と朱璃に苛立ちが込み上げてきて、朱璃から咲良を引きはがさずにはいられなかった。
嫉妬などしたことに、青羽自身が一番驚いていた。
「青羽……?」
どうしたの、っというように見つめてくる純粋な咲良の眼差しに居心地が悪く、青羽は咲良の顔を見ることも出来ない。
咲良は不思議そうに首を傾げ、それから朱璃に視線を向ける。まだ言っていない重要な事があったから。
「あの、安心して下さい。朱璃様と結婚はできませんが、ちゃんと巫女として仕事はします。ミスティローズの力が必要ならば、ちゃんと協力するので」
その言葉に安堵の吐息をもらした朱璃は、うっとりするようなまぶしい微笑みを向け、咲良は不意打ちにドキドキしてしまう。
かぁーと赤くなっていく咲良の顔に気づいた青羽は、面白くなさそうに咲良を抱く腕に力を入れる。
「言っておくが、乙女の力を使うのは俺だからな。朱華の王子」
穏やかだった空気が、青羽の一言で張りつめたことに、咲良はおろおろとする。
「朱璃様、青羽はこう見えても優しくて、とても頼りになって……」
そんなふうに庇うことを言いながら、凶悪な瞳をぎらつかせる青羽をちらりと盗み見て、咲良は自分の言葉がぜんぜん説得力ない、とか思ってしまった。
※
その後、紅葉の元へ行き、予言の間を出てから今までにあったことをざっと説明した。
紅葉は、咲良と青羽と朱璃と柚希と蘭丸の五人が揃って予言の間にやってきた時はギョっとした顔をしていたが、静かに話を聞き、涼しげな眼差しを咲良に向けて「分かった」と小さく言っただけだった。
王都に向かいながら、もしかしたら大ばば様はこうなることを分かっていたのかしら――と咲良は考えた。
紅葉を加えた六人で話しあった結果、王都へは咲良と朱璃と蘭丸の三人で戻ることになった。柚希は最後まで一緒に王都へ行くと言い募ったが、紅葉の説得によって最終的には村に残ることに納得した。
一方青羽は、村の近くに仲間を待たせているからと言い、咲良達とは別行動で王都へ向かうことになった。青羽の提案で、彼が率いる盗賊団は王都に集結し、蒼馬国との戦に全面協力すると言った。もちろん、その間、王都の警備隊とは一時休戦で、捕まえたりしないと朱璃様が責任を持ってくれた。
蒼馬国が攻めてきた時は青羽にミスティローズの力を貸すという、戦に備えての段取りもだいたいを決めて別れを告げた。が――
※
兵が攻めてきたことを聞いて瞳を爛々と輝かせた青羽に立っていられなくなるような濃厚な口づけをされ、盗賊団の仲間と駆けていった青羽の後ろ姿をその場に座り込んで見送った。
いつまでも座りこんでいる咲良を安全な場所に移そうとやってきた朱璃は、恍惚とした表情で瞳を潤ませている咲良を見てしまって、「すまぬっ」と言って口づけた。
短時間に二人に口づけられて体の中を熱いものがほとばしってふらふらしながらも安全な場所に行こうとした咲良は、偶然通りかかった蘭丸に朱璃にまでキスされたことを言ってしまうと、それを聞いて調子に乗った蘭丸にまで唇を奪われてしまった。
その後、咲良は要塞の役目を果たす城壁の割り当てられた一室になんとかヘロヘロの体でたどり着き、そのままベッドに突っ伏して寝入ってしまった。
蒼馬が攻めてきたと聞いて駆けつけてきた柚希が、咲良の寝顔を見て魔がさして――
たっぷり力を使われた咲良はひどい目眩に襲われて、そのまま一日目を覚まさなかった。
もちろん戦は、神がかりな力を発揮した四人の男の活躍によって圧倒的な力の差を見せつけて、蒼馬国の兵は敗走した。
※
王都・立華が蒼馬国の兵に攻められてから数日後――
咲良は王都から知華村に戻り、紅葉に予言を言われる前の平穏な日々を送っていた。
というのは嘘で、とんでもなく非日常のような日々……
一日の間に、四人の男性にミスティローズの力を使われたせいで、精霊の声が以前よりもはっきり聞こえるようになるし、苦手だった星読みも上手になったと実感する。それが口づけのおかげっていうのが悔しいぐらいに、巫女の修行は順調だし、紅葉もこれなら案外早く、大巫女を引退できるかもしれないとか言いだして、ほくほくした笑顔で引退後の生活計画をたてたりしていて、咲良は心臓に悪かった。
巫女になって数日しか経たないのに、大巫女の仕事などまだまだ荷が重すぎて。それに――
あの日から、柚希は咲良に対してよそよそしい態度を取るし、青羽はなんだか知華村に居ついてるし、朱璃様も一日と空けないで村に来るようになったし――
咲良の周りはぜんぜん今まで通りの日々になんて戻らなかった。
ここ数日の疲れにがくっと肩を落とした咲良は、立ち上がり籠を持ち上げる。紅葉に言いつけられていた薬草を森で取り終えて、予言の間へと向かった。
「大ばば様、咲良です。薬草を取ってきました」
そう言いながら予言の間に足を踏み入れた咲良は、さらに非日常的な日々が待ち受けているなんて想像もしていなかった。
「ああ、ご苦労。それはあっちの棚にでも置いといてくれ」
言われて咲良は、棚に薬草の入った籠を静かにおく。
「咲良、ここに座りなさい」
紅葉は言いながら中央に置かれた円盤の側を指し、咲良は特に疑問も持たず言われた通りに従う。その言葉が、あの日と同じだと、気づきもしないで。
紅葉は白と深紅の巫女装束で身を包み、その上からあざやかな藤色の袍を羽織っている。年老いてもなお精彩を放つ涼しげな眼差しを円盤の上に注ぎ、そこに置かれた小石を南から西へとずらす。
「今日は大事な話がある」
「大事な話……ですか?」
戸惑いがちに尋ねた咲良はそこに既視感を思えて、ざわりと背筋が震える。
「明日、お前は西へと旅立ちなさい――」
「えっ……!?」
「お前の内に秘められる神力は絶大だ。精霊の声も聞こえ、星も読める、それはいいことだ。だが、お前にはどうしようもなく足りないものがある。それは私では教えることがでいない。大巫女になるため、ミスティローズの力を国宝の力に頼らず制御出来るようになるため、西に向かいなさい」
思いもよらない紅葉の言葉に、咲良は驚きで大きく目を見開き微動だにもできない。
「西の隣国、柏陽国に私の知人がいる、その者の元を尋ねなさい」
「柏陽国――」
ゆっくりと紅葉の言葉を繰り返した咲良は、恐る恐る紅葉に尋ねる。
「あの、私に足りないものって……?」
切れ長の涼しげな眼差しを咲良に向けた紅葉は、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「経験値だ。咲良よ、修行の旅に出なさい」
「はぁ……」
なんとも情けない返事をする咲良に、紅葉はふっと不敵な笑みをもらす。
「心配せずとも、一人で行かせたりはしないさ」
「えっ? ええっと……」
その言葉に、咲良は先程も感じた嫌な予感に鳥肌が立ってくる。
「お前の供を志願している者が三人、とおまけがいるのでな」
意味深に言った紅葉は涼しげな目元に笑いを含んで、咲良が座る後方の扉に視線をむける。
予言の間の扉が軋む音をたてて開き、そこに――
不敵で、でもすごく魅惑的な笑みを浮かべた青羽と、少し困惑した様子の柚希と、香るような微笑みを浮かべた朱璃と、にやにやと面白がる蘭丸が立っていた。
嫌ぁ――……っ!!
これにて完結です!
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