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第43話  叶えたい夢



 部屋から突然姿を消した自分を柚希が探している事に気がついた咲良は、ベッドから降りて柚希に自分がここにいると伝えようとしたが――

 青羽に後ろから強く抱きしめられ、肩口、背骨にと深い口づけを落とされて、体の芯から甘い痺れが広がり、体の力が抜けてしまった。

 おまけに耳元で甘美な声で愛していると囁かれて、意識が遠くへ飛んでしまった。

 朦朧とする思考と五感が徐々に正常を取り戻し、目の前の光景に首を傾げる。咲良は青羽の腕が腰に回され、抱えられるように立ち、そこには柚希と朱璃と蘭丸がいる。


「馬鹿にしてもらっては困る。私は咲良がミスティローズだから惹かれたわけじゃありません、咲良が乙女だろうとなかろうと、咲良は……っ」


 そう言って朱璃が青羽に殴りかかり、逆に優美な動きで交わされて鳩尾を膝で蹴りあげられ、その光景に目を見張る。

 えっ、えぇ――っ!? 一体、なにが起きたのぉ……!!??


「うっ……」

「朱璃様っ!」

「わー、待った、まった……蘭丸さん、この人は違うんだ。あんたも、余計なこと言うなよ、ややこしくなるだろ」


 顔を引きつらせながら柚希が蘭丸を落ち着かせようとし、蘭丸は眼差しだけで人を射殺せそうな鬼の形相で柚希を睨みつけた。

 普段、人好きのする爽やかな笑みを浮かべて、へらっとしている蘭丸の恐ろしい表情に咲良は瞠目する。横からくつくつと不敵な笑い声が聞こえて、ギロッと鋭い視線が青羽の方に向いて、ぞくりと背筋を震わせる。


「なにを笑ってる――?」


 険呑な空気をまとった蘭丸が笑みを浮かべている青羽を睨みつけ、咲良はさぁーっと血の気が引いていく音を聞いてしまった。

 ぜんぜん、まったく、状況が理解できないけど、青羽が悪く見られていることだけは分かって、咲良は慌てて腰に回された腕をほどいて、つんのめるように青羽の前に出て、蘭丸の視線を遮るようにする。


「蘭丸さん、あの……っ」


 咲良は喉の奥から声を絞り出して、でもなにを言っていいのか分からなくて言葉が上手く出てこない。

 その時、蘭丸に支えられていた朱璃が苦渋に顔を顰め、瞼を開ける。美しい漆黒の瞳が咲良のそれと重なって、切なく揺れる。


「咲良、そなたはその男に純潔をささげたのですか――?」

「えっ!?」


 打ちひしがれたような沈んだ声で、とんでもないことを聞かれて、咲良は思わず大きな声を出してしまう。

 朱璃が言った言葉の意味を理解して、かぁーっと自分でも分かるくらい顔が赤くなってしまう。恥ずかしげに目線をそらした咲良を見て、朱璃は苦しげに吐息をもらす。


「そなたを責めたりはしません。ただ、私は――」


 そこで言葉を切った朱璃は、何かを言おうとして口を閉ざし、ぎゅっと拳を握りしめて視線を落とした。

 咲良は、自分に向けられる痛ましげな柚希と蘭丸の視線に気づき、はっとして青羽を振り返ると、その瞳にあざやかな反逆の光を宿して妖艶な輝きを浮かべていた。


「待って、違う、誤解ぃ――っ!!!!」


 咲良は喉が切れてしまいそうなくらい大きな声でさけんで、はぁーはぁーと肩で荒い呼吸を繰り返す。

 突然の大声に、目を瞑って耳を押さえる柚希とぱちぱちと瞬きして驚きを露わにする蘭丸と呆然とする朱璃と……咲良の後ろでは平然とした顔の青羽。


「青羽、なに言ったのっ?」


 青羽の服を引っ張って、一生懸命つま先立ちで背伸びした咲良は、青羽だけに聞こえるように耳元で尋ねる。

 自分が甘美な口づけの余韻でぼーっとしている間に何かあったことを悟って急かす。


「お前がもう乙女じゃないって言っただけだ」


 ぼそっと答えた青羽に、咲良は苛立たしげに眉根を寄せぼかっとグーで青羽のお腹を殴りつけた。

 咲良の力では痛くも痒くもないが、殴られた理由が分からなくて青羽は不機嫌そうに眉根を寄せる。

 余計なこと言うなよ、ややこしくなるだろ――

 柚希の言葉を思い出して、本当にそのとおりだと思ってしまう。

 乙女じゃなくなったなんて、そんな嘘、青羽がどういうつもりで言ったのか分からないが、状況を掻きまわされたように感じて咲良は焦る。だが、ここで、青羽とは何もなかったと言っても、事態は好転しないことは分かっている。

 迷って悩んで、それでもやっぱり捨てられない蕾が、確かに咲良の胸の中で小さな花を咲かせた。

 青羽と一緒にいたい――

 立派な巫女になりたい――

 二つ同時には叶えられないように思えるその夢を叶えるために、咲良はぎゅっと唇をかみしめる。

 震える咲良の手に、温かくて大きな手が触れ、優しく握りしめられる。その瞬間、体の中で溢れだした想いが熱となって体中をめぐる。


『大丈夫だ、お前の手を離したりしない。俺も王都へ一緒に行く』


 青羽の言葉を思い出して、揺らがない瞳で朱璃を見つめる。


「朱璃様――ごめんなさいっ」


 咲良は言うと同時に、深く頭を下げる。

 決めたこと。青羽と一緒にいる、そして立派に巫女としても仕事をする。そのためには、誤魔化さず、素直な自分の気持ちを伝えなければならないと思った。だから。


「朱璃様とは――結婚できません。私はずっと、朱璃様が私に向けてくれる気持ちが分かりませんでした。でも、朱璃様のことは好きだし、巫女として……ミスティローズの宿命として王族と結婚しなければならないなら仕方がないと思いました。それで、多くの人を幸せに出来るなら――って。だけど、違ったんです。朱璃様のことを思うとここが優しい気持ちになります」


 咲良は胸に両手を当てて、微笑む。それから目を伏せてきゅっと唇をかみしめる。


「でも、青羽のことを考えると心がかき乱される。苦しくって切なくて恋しくて――好きって、そういう気持ちなのでしょう? 愛おしくて仕方がない気持ちなのでしょう? 朱璃様……」


 瞳のはしに涙を浮かべた咲良は朱璃に笑いかける。


「この男の事が好きなのですね……?」

「はい、青羽のことが好きです」

「――分かりました、婚約は解消しましょう。王には私から伝えるから安心してください」


 穏やかな声で言った朱璃の瞳が泣きそうに揺れている事に気づいて、咲良は朱璃に抱きついた。


「ありがとうございます、朱璃様」

「私は……その言葉をもらう資格はないのだよ、咲良」


 朱璃は抱きつく咲良の背中に腕をまわし、掻き抱くように強く、そこに確かな存在を探すように抱きしめた。


「そなたが大巫女になりたいことを知っていて――断れないと知っていて、結婚を申し込んだ、卑怯な男なのだよ」

「そんなことありません、朱璃様はちゃんと私のことを考えてくださってます。そんな風におっしゃらないで……」




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