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第41話  君が望むなら



「お前が望むなら、いますぐに連れ去ってやる――だから、そんな顔はするな」


 甘やかな余韻を含んだ声に、咲良の鼓動が急激に早くなる。

 言われた意味が分からなくて呆然と見上げると、気品が香りたつ瞳の中に、やりきれないほど切なげな一筋の光を浮かび、青羽がゆっくりと顔を傾ける。

 近づいてくる端正な顔に、咲良は大きく目を見開き、それからゆっくりと瞬く。


「好きだ、咲良――」


 うっとりするような甘美なささやき、青羽の優しい口づけに酔いしれる。

 二人がいるのは今は使われていな客室。青羽は咲良に口づけたまま、近くのベッドにどんっと押し倒し、はらはらと埃がまう。

 背中にベッドの感触を感じた咲良は、うっすらと瞳を開ける。

 窓から月の光が差し込み、照らしだされたそこに、吸い込まれそうな美しい濡羽色の瞳が自分を見つめていてドキドキする。

 青羽が自分を好きだと言ってくれた。何度も繰り返される口づけが、それが真実だと語っていて、咲良は口をついて言っていた。


「好き――」


 想いが溢れて、言葉になって降ってくる。とめどなく溢れて、止められない――

 諦めていた恋を手に入れて、咲良は夢中で青羽に抱きついた。


「好き、青羽の事が好き――、王城になんて帰りたくない……」


 ぽろっとこぼれた気持ちと一緒に、涙があふれてくる。

 ミスティローズとして守る幾千の国民の中に青羽がいるのなら、なんでも我慢できると思った。青羽のためだと思ったら、結婚なんてどうでもいいと思っていた。だけど、目の前に青羽が現れて、求められて、その手を掴みたいと思った。

 握り返して、一緒にここからどこか遠くへ……

 二人を誰も知らない場所に連れ去ってもらいたいと思った。

 むさぼるように口づけられていた唇が、頬、耳たぶ、首筋と徐々に下がっていき、いつの間にかはだけた咲良の衣装のきわどい場所に口づけを落とす。


「ッ……あッ……」


 自分の口から出たとは信じられないような甘いうめき声に、咲良はかぁーっと頬が赤く染まる。

 それでも青羽の口づけは執拗に続き、咲良が敏感に反応する場所を見つけては熱い口づけを続けた。

 恥ずかしいのに、体の芯から熱くなるような心地よい痺れに、最後の理性も手放しそうになる。

 このまま、青羽と一つになるのもいいかも――

 そう思った時。


「咲良、俺と一緒に来い。お前を他の男となんか結婚させない――」


 強い響きを帯びた声に、咲良はビクンっと肩を震わせる。


「ど……うして、そのことを……」


 掠れた咲良の声は歯切れ悪く紡がれる。

 胸元から顔を上げた青羽は、ちゅっと音をたてて咲良の唇を吸い、不敵な光を宿した瞳で見下ろし。


「さっき、お前が男と話しているのを聞いた」


 言いながら、押し付けるような激しい口づけを落とす。

 咲良は先程までの快感が一気に引いていき、現実に引き戻される。

 柚希と話しているところを聞かれたのだと――

 そう分かった瞬間、咲良の中に迷いが出てくる。

 青羽が望むのなら、心も体も青羽と一つになりたいと思った。このまま、青羽の手をとってどこかに連れ去って欲しい。そう心から願った。だけど。

 自分一人幸せを手に入れていいのだろうかと、心が叫ぶ。

 私の夢はなに――? 大巫女になって、大ばば様や村の人が私によくしてくれたみたいに、たくさんの人を幸せにすることでしょ――

 このまま青羽に身を任せれば、私は幸せを手に入れることは出来るかもしれないけど。その代償はなに……?

 ミスティローズの力を失う? 大巫女になれない? 王都が戦火にまかれてたくさんの人が死ぬ――!?

 そんなのダメだよ――

 矛盾する重いが苦しくて、咲良はぎゅっと唇を噛みしめる。

 服の上から触れる青羽の手がピタリと止まり、覆いかぶさるように乗っていた青羽の体重を感じなくなり、咲良は強くつぶっていた瞼を開く。

 ドキッとするほど澄んだ眼差しが、泣きそうに揺れているように見えて、咲良はそっと青羽の頬に触れる。


「青羽……?」


 きゅっと唇をかみしめた青羽が咲良から視線をそらし、咲良の手に手を重ねる。


「やっぱダメだ……お前の夢を踏みにじることは出来ない」

「えっ……?」

「お前の夢は巫女になることだろう? 巫女は乙女でなければならないと聞いた。このまますべてを俺のものにしたいと思ったが……」


 そこで言葉を切った青羽の瞳の中に一筋の憂いの影があって、咲良は身を起こして青羽の両腕を掴む。


「いいの、私の全部をあなたにあげたいの――」


 自分が迷いを見せたことで、青羽を傷付けたと感じた咲良は、強い口調で青羽にすがる。

 青羽が望むのなら――本心からそう思った。

 だけど、青羽はそっと咲良の腕を離すと、優しく、小さな硝子細工を扱うようにそっと包み込んだ。

 触れるか触れないかの抱擁に、咲良は戸惑う。青羽は咲良の肩口に顔をうずめ、胸が熱くなるような思いで言う。


「ダメだ、お前は巫女になるんだ。夢を叶えるんだ。盗賊やってる俺にこんなこと言う資格はないかもしれないが、夢を大事にしてほしい――」

「でも、このままじゃ、私は――」


 王城に戻ったら、そう続けようとした咲良の言葉を遮るように青羽が抱きしめる腕に力を込める。


「大丈夫だ、お前の手を離したりしない。俺にこんなことを言わせるな――頼む……」


 切ない響きを帯びた青羽の言葉が胸にしみる。

 例えどんなことがあっても、手を離したりしない――

 その言葉が、咲良の迷いを断ち切る。

 なにより、自分のために夢をあきらめるなと言ってくれた青羽の優しさに、誠意に、答えたいと思った。


「分かった……」


 強く抱きしめる青羽の胸から顔を上げた咲良は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「私は王都に戻って、巫女の仕事をするわ。青羽に会えなくても、頑張る……」


 いま決意したばかりなのに、やっぱり青羽と離れるのは辛すぎて、涙があふれてきそうになる咲良の頭を青羽がぽんぽんっと優しくなでる。


「泣くなよ――」


 見上げた先に、息が止まるほど美しい濡羽色の瞳に甘やかなきらめきがあってドキンとする。


「誰が側を離れるって言った? 俺も王都へ一緒に行く」

「えっ……?」


 そう言った青羽は、この上なく魅惑的な笑みを浮かべて、咲良に深い口づけを落とした。




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