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第4話  美麗の王子



 冷たく見えるほど整った顔立ち、切れ長の青みを帯びた瞳は艶っぽく、ドキっとするほど澄んだその眼差しの底には世界のすべてを憎むような反逆の光を宿していた――

 息が止まるほどの美貌の男が立ち去った方を呆けたように見つめていた咲良は、次第に思考が回り始めて、さぁーっと顔を青ざめさせ、それから真っ赤にその頬を染めた。

 盗賊を名乗る長髪の男は尊敬する紅葉に刃を向けた。そのことは許せないが、それでも命の恩人には変わりはなかった。だから礼を言ったのに、いきなりキスするなんて――

 合わさった唇から熱がほとばしり、甘い感覚に溺れてうっとりと快感に身をゆだねてしまったが、今思い出すと……

 私のファーストキスぅ――……

 知らない男、しかも奪われるようにされたキスに青ざめ、それからふつふつと怒りがこみ上げる。

 乙女の唇を奪うなんて、許せないわっ!!

 ぶつぶつと憤慨しながらも、咲良は熱い頬を隠すように手の甲を当て、視線を横に落とした。

 怒っているのに胸の高鳴りはおさまらなくて、どうしようもなく切ない気持ちに心が締め付けられる。

 あんな男――

 そう思うのに、あの射るような濡羽色の瞳が忘れられなかった――



  ※



 村の西側。紅葉から村人を東側へと避難させるように言われていた柚希は、村人を誘導し、時には襲いかかる兵士を倒しながら村中を駆けまわっていた。

 兵士を数人昏倒させ、また兵士と刀を切り結んでいる時、近くから悲鳴とざわめきが聞こえた。


「とっ……盗賊だぁ……」


 ちらっと横に視線を走らせると、数十人の盗賊が姿を現し、素早い動きで兵士を叩きつぶしながら村に散らばっていく。

 その中で、ひと際目を惹く美しい黒髪をなびかせた長身の男が、村の東側へと駆けていくのを見て、ドキっとする。

 向こうには、村人とおばあ様が――

 だが、気をそらした瞬間を見逃さなかった兵士が交えていた剣を強く押してきて、柚希は目の前の兵士へと意識を集中せざるを得なくなった。

 なんとか兵士の鳩尾に刀の柄を打ちこんだ柚希は、敵兵がうろたえながら村の北側へと退却していくのに気づき、首を傾げる。

 それと同時に、王都の方角から猛々しい馬のいななきが聞こえ、そちらにぱっと視線を向けた。

 夕陽のようなあざやかな紅の外套と武具を身につけた王軍――そのなかでも精鋭ぞろいの近衛騎兵隊が駆けつけてくるのが見えて、ほっと胸をなでおろす。


「援軍だ……」


 安堵に表情を和らげ呟いた柚希の声に、逃げ遅れて辺りにいた村人が一斉に王軍の方へと視線を向ける。

 列を乱すことなく光のような速さで馬を駆けてきた王軍は村に到着すると、刀を鞘に納めるのを忘れて見とれたように立ちつくす柚希の前でぴたりと動きを止めた。


「隣国の王軍が攻めてきたと聞いたが――」


 先頭の騎乗の兵士は尋ねながら兜を脱ぎ去る。そこから、夜空を切り取ったようなまばゆく輝く漆黒の髪がさらさらとこぼれ落ちる。

 切れ長の二重瞼、その下の瞳は気高さに彩られ、高く通った鼻筋、形の良い唇は色っぽく、まさに王子の理想を絵に描いたような紳士的な美貌の青年に、柚希は大きく目を見開く。

 紅葉の使いで何度も王宮へ行ったことがある柚希は、その顔を知っていた。


朱璃(あかり)……王子……っ」


 掠れて出た声に、王子と呼ばれた美麗の青年は形の良い眉を持ち上げ、華やかな笑みを浮かべる。

 現れたのは王子のような青年ではなく、まぎれもない本物の王子だった――

 柚希はその場に素早く片膝をつき、胸の前で腕を組んで頭を下げる。


「これは……王子自ら駆けつけて下さり、ありがたき幸せ」


 恭しく言う柚希に頷き返した朱璃は、素早く辺りに視線を向け、わずかに片眉を上げる。


「敵軍はどこに――?」

「隣国の軍に続き、盗賊が現れ――この辺りの兵はついいましがた、北の方へと退却しました。大半の村民と村長と大巫女は東の方に避難しています。敵国も盗賊も大巫女を狙っている様子なので、たぶん――」


 顔を上げた柚希は、凛とした響きを帯びて状況を素早く報告する。

 辺りには、すでに青錆色の敵軍の姿も盗賊の姿も見当たらない。

 柚希の言葉を受けて、朱璃は気品にあふれた瞳に鋭い光を走らせ、振り返る。


「半数は北へ、敵軍の追跡を命じる。隊長、指揮を頼む。副隊長と残り半数は私と共に東へ、大巫女と民の救助に向かう」


 朱璃のすぐ後ろにいた三十代ほどの無骨な男が頷くと、素早く馬首を北へとひるがえし、その後を近衛兵がぞくぞくと続く。そして半数の兵は村の東側、村長の館へと急いだ。



  ※



 盗賊が姿を消したのとほぼ入れ違いに、数騎の馬が蹄の音を高く響かせて駆けつけた。

 先頭を切り駆けてきたのは、兜からこぼれる燃え立つような赤毛の副隊長蘭丸(らんまる)

 村長の館の前には紅葉と咲良の二人だけの姿があり、ゆっくりと咲良の側で馬を止めた蘭丸は尋ねる。


「ご無事か――? 敵軍は? 盗賊は?」


 顔を赤らめて西の方を睨んでいた咲良は、突然声をかけられて振り仰ぎ、ぱくぱくと口を動かす。何を聞かれたのかぜんぜん聞いていなくて、答えることが出来なかった。

 見兼ねた紅葉は大きな吐息をつきながら漆黒の瞳を細めて、咲良の代わりに口を開く。


「隣国の兵士は数分前に退却した。盗賊も、近衛隊が駆けつけたのに気づいてたった今、逃げたところだ」


 救援の軍を要請しながら、軍が間に合わないことを知っていたように落ち着いた声で言った紅葉は、副隊長の後ろ、縫いとめられたように動きを止める朱璃に視線を向けていた。

 一歩遅れて村長の館の前についた朱璃は、白い夜着に身を包んだ華奢な肢体、背中に流したままの艶やかな濡羽色の髪、華のような顔立ちの少女に、目を奪われる。

 気品あふれる漆黒の瞳に激情があざやかに色どり、強い感情に動かされて朱璃は素早く馬から降りると、立ち尽くす咲良の両手を逞しい手で掴み上げた。


「なんと美しい……あなたのように可憐な女性と出会うのは初めてです。これは運命か――」


 突然、美貌の青年に手を掴まれた咲良は大きく目を見開き、焦がれるような熱を宿した強い眼差しで見つめられて、ドキドキしてしまう。


「あなたのすべてが知りたい。このまま時が止まってしまえばいいのに……」


 救援に来た事も、側に大巫女や側近がいる事も忘れて、朱璃の目には咲良しか映っていなかった。

 うっとりと目元を和ませた朱璃は片手を咲良の手に当てたまま、もう片方の手を咲良の腰にまわす。そして頬を傾け、降り注ぐようにゆっくりと咲良の顔に近づけた。

 間近に迫った美麗の顔に、咲良は内心で悲鳴を上げた。

 いやぁ――……っ!!




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