第35話 四宝の伝説
咲良を知華村に送りすぐに王都に戻った朱璃と蘭丸は、各地から戻ってきた密偵から、蒼馬国の王軍が知華村と矢華村だけでなく、先代大巫女や大巫女の元で修行した巫女のいる街や村を襲っていたと報告を受けた。
なぜ隣国の、しかも王軍が朱華国の国宝を狙うのかという疑問もすぐにとけた。
古の時より受け継がれた四大国の四つの国宝。しかし、そのうち二つが欠けた時、四大国は再び滅びの道をたどるだろう――というのが王族に密かに伝わる言い伝えだった。
だが、四つの国に分裂してすぐに、北の国宝は壊れ、西の国宝は行方不明になったというのは王族なら誰もが知っていた。それでも、言い伝えが言い伝えでしかないと思っていたから特に気にすることはなかった。
自国の国宝さえ守れば国はいつまでも繁栄し続けると――
ところが、数年前、蒼馬国の国宝が何者かによって奪われたという。それからというもの、各地で自然災害が多発し、農作物の収穫が減り、国土は荒れ始めたという。
蒼馬の王族も、四宝の伝説などはじめは気にせず、なんとか国を立て直そうと対策を打ってきたが、ついには国土の半分が荒れ、人が住むことが出来なくなったというのが、密偵からの報告だった。
伝説を信じていなくても、国宝が失われたことを必死に隠し続けてきたのは、王族としての意地だったのかもしれない、と朱璃は思った。
たとえ伝説の遺物として、民から忘れ去られ、その価値を見出されなくても、王族にとって国宝は黄帝から下賜された宝であり、国の繁栄の象徴でもある。
その国宝の二つが欠けた時、四大国が滅びの道をたどるという言い伝えを知っていればなおさら、隣国に情報を漏らすことはできないだろう。
黄山を囲む四大国の周りには、大小さまざまな国が存在する。四大国だけではなく、他の隣国が攻めてくる隙を与えないようにしたのだ。
密偵の報告を聞き終えた朱璃は、ソファーに深く腰を沈めてため息をもらす。
すでに三つの国宝が失われたとなれば、他国の国宝だろうと、それを手に入れるのに必死になる事情は理解できた――
そもそも、動いているのは王軍。蒼馬国の王族の意志だということに朱璃は深いため息をもらした。
王は国宝を狙う盗賊を討伐するようにと内密に命じ、知華村から逃げた盗賊団の足取りを追って山華と浪華を捜索したが、盗賊団の足取りは山華で途切れて掴むことはできなかった。だが、盗賊よりも敵国の兵の討伐の方が重要なのではないかと、疑問を抱く。
朱璃は、すぐに王への取り次ぎを頼むと同時に、蘭丸に特命を言い渡す。
「ちょっと待って下さいよ。朱璃様の気持ちは分かりますがね、俺は朱璃様の護衛も兼ねているんですから、側を離れるわけには……」
そう言って渋る蘭丸を、朱璃は子犬のように瞳を潤ませて見つめる。
「分かっています、蘭丸が職務上、私の側を離れられないのは。それでも頼めるのはあなただけなのですよ」
麗しい瞳で見つめられてお願いされれば、蘭丸に断ることはできなかった。
「私の事は心配しないでも大丈夫ですよ。王城では警備も護衛もたくさんいるでしょう?」
「分かりました、行きますよ。その代わり、俺の部下を八人は護衛につけますからね。彼らにしっかり守られていて下さいよっ」
「八人……それはちょっとうっとおしいかも……」
ぽつりと漏らした朱璃の愚痴は、蘭丸の鋭い瞳によって一蹴される。
「そのぐらいは我慢して頂きます」
皮肉気な笑みを浮かべると、蘭丸はすぐに厩へと向かった。
朱璃から言い渡された特命、それは、知華村へ急ぎ向かい、大巫女と咲良を保護することだった。
蒼馬国の王軍が国宝を狙っているのなら、必ず知華村を再び襲うことが考えられる。
だが、不確かな予測だけでは王子という立場上動くことが出来ない朱璃は、自分の代わりに蘭丸を向かわせた。
こういう時、王族という肩書が厄介だとどうしても思ってしまう。
そして、朱璃にお願いされた蘭丸は準備を整えながら厩へと向かい、すぐに知華村へと向けて王都南門を抜けた。
すでに太陽は西の空に傾く中、蘭丸は東へと馬を駆る。
しばらく走った頃、さっきまで吹いていなかった風がさやさやと梢を揺らしたかと思うと、突然、突風が吹き、目を瞑った次の瞬間、馬ごと竜巻に飲みこまれていた。
※
「えーっと……これはどういうことかな……?」
ぱちぱちと瞬く蘭丸と目があった咲良は、苦笑を返すしか出来なかった。
「蘭丸さん……こんにちは……」
もちろん、こんな挨拶なんて交わしている状況じゃない事を咲良は分かっていたが、突然の出来事に、咲良自身、状況を把握できていなかった。
知華村を蒼馬国の兵士に囲まれ、応戦した大巫女が神力を使いはたして倒れるという緊急事態に、咲良は柚希と口づけを交わし、ミスティローズの力を解放した。
だが、大きすぎる力の反動で柚希も咲良も今にも倒れてしまいそうな程、満身創痍だった。
このままでは村が守れないと思った咲良は、大巫女のように精霊の力を借りられたら、と思い風の精霊覇鳥に助けを求めたのだが――
てっきり覇鳥が風で兵士を蹴散らしてくれるだろうと思っていた咲良は、目の前に突然、竜巻と共に現れた蘭丸の姿を見て、頬を引きつらせながら笑うしかなかった。
「くそっ、これが最後の矢だ……」
言いながら柚希が放った渾身の一矢は、鮮やかな光を放ちながら網目状に広がり緑青の鎧をまとった兵士を倒していく。
その異様な光景に、蘭丸は好奇に瞳をきらりと輝かせて、口の端を持ち上げて笑う。
「へぇ~、これはすごい。これがミスティローズの力かい?」
説明せずとも、すぐに状況を把握した蘭丸は、その緊迫した場にそぐわしくないにたにたとした笑みをもらす。
「えっと、そうです……」
咲良は上目使いに蘭丸を見上げる。蘭丸はすぐ側に横たわる紅葉を見つけて目をすがめ、柚希に視線を向ける。
「うっ、俺……もうダメかも……」
うめき声と一緒に、柚希がその場に崩れ落ちる。
「あっ、柚希……」
地面に倒れる直前、なんとか柚希を支えた咲良だったが、咲良自身も立っているのがやっとだったから、柚希の体重を支えきれず一緒に倒れてしまう。
「咲良、ワリィ……俺、かっこ悪いな……」
瞳を潤ませた咲良は、首を大きく横にふって柚希をぎゅっと抱きしめる。
「そんなことないよ……」
咲良の声が聞こえたのか、うっすらと笑った柚希はそこで意識が途切れた。