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第32話  風の精霊



「ミスティローズの力は無暗に使えば、お前の命も削られる。国宝の耳飾りが戻ってくるまでの間、代わりにこれをつけておくのだな」


 そう言って紅葉が渡したのは紅玉のちりばめられた二連の腕輪。これにも神力が宿り、国宝ほどではないにしろ、ないよりはましとだという。

 これでミスティローズの力はほど封じることが出来るらしいが……

 動かすとカシャカシャ鳴る腕輪を見ながら、咲良は小さなため息をつく。


「お前の意志は分かった。ミスティローズの力を除いたとしても、私は咲良ならば大巫女を立派に務められると思っておる。ただ……巫女になったばかりなのは仕方がない、これからは私の大巫女の仕事も手伝いながら覚えてもらう。だが、せめて精霊の声くらいは聞こえないと手伝いにもならないからね……」


 そう言ってため息をついた紅葉の言葉を、予言の間を出て廊下を進む咲良は思い出して肩を落とす。

 大ばば様……、私、精霊の声が聞こえるだけじゃなくて、姿も見えるようになっちゃいましたよ……

 へへっ、と苦笑いをこぼして、咲良は泣きそうになる。

 さっきから目の前に小さな羽を生やした手のひら大の大きさの樹の精霊が三人? 咲良の周りを飛び回ってはうるさくお喋りをしていて、頭が痛くなりそうだった。


“巫女様、巫女様、私のお家へ遊びに来てちょうだい”

“いいえ、私よ”

“私が先よっ”


 そんな会話をして咲良の気を惹こうとする。


「えっと、ごめんなさい、精霊さん。私、これから川に水汲みに行かなきゃならないから……」


 紅葉の館を出て川へと抜ける森を歩いていた咲良は、手に持った二つの空の桶を持ち上げて見せる。樹の精霊の前は花の精霊が来ていた。

 こんなふうに精霊の姿がはっきり見えるようになったのは、矢華村での出来事の後からだった。

 最初は目の錯覚かとも思った。なぜなら、柚希や朱璃や蘭丸には声は聞こえていないし、姿も見えていないというから。だけど、それが何日も続けば、現実だと受け入れるしかなかった。

 これもミスティローズの力だというの……?

 咲良は首を傾げて、いまだに目の前で繰り広げられる樹の精霊のお喋りに困ってしまう。

 花の精霊と違い、樹の精霊は断ったのにしつこくついてくる。

 どうしよう――咲良が考えるのと同時に、爽やかな風が辺りを吹き抜け木の葉を散らせ、その場所に渦を作る。


“お前たち、巫女姫が困っておられるだろう”


 そう言って渦巻く風の中から現れたのは銀髪を背中になびかせた美青年。

 あっ、出た……

 咲良はそんな感想を胸の中だけに留める。

 美青年にしっしと手を払われて、逃げるように樹の精霊は消えていった。


「風の精霊……」

“どうぞ、覇鳥(はとり)とお呼びください”


 胸の前に手を当てて慇懃に一礼する青年から、泳ぐように視線をそらして空を仰いだ。

 山華で青羽を追いかけようとした時に聞こえた風の精霊は、その後もことあるごとに咲良に話しかけてきた。初めは声だけだったのに、いつからか姿を現さない日はなくなっていた。

 なんで気に入られたのだろうと疑問に思う。おまけに巫女姫という呼び名がなんだかくすぐったくて、咲良は居心地が悪かった。

 今はもう巫女になったけど、姫ではないんだけどな……

 これもミスティローズの特典――??

 嬉しくない特典かも、とか罰当たりな事を思ってしまう。

 実はこの風の精霊・覇鳥。風の精霊の中でも上位精霊なのだが……そんなこと知りもしない咲良は、お手伝いしますと言ってついてくる覇鳥に気づかれないように小さなため息をもらした。



  ※



 黄山から戻って来た翌々日から、咲良は巫女として本格的な修行を始めた。

 今までは森で精霊の声に耳を傾けたり、家事をしたり、森でのんびりしたり、時々、お使いを頼まれたり……そんなゆったりとした日々と一転して、紅葉が籠る予言の間で巫女の仕事の手伝いをする。

 まずは星読み。これの基本も今まで教わってはいたが、実践するのは初めて。

 紅葉がお手本を見せ、見よう見まねで星を読む。動いた星、消えた星、生まれた星、ほうき星……

 それぞれの正確な位置を読み、その意味を読む。

 続いては精霊とのコミュニケーション。これについては、精霊の声が聞こえるだけじゃなくて姿も見えるし、覇鳥さんがいますという咲良の言葉で端折られた。

 それから大巫女の仕事の流れと王城の権力構図を叩きこまれ、少しの睡眠時間をはさんだだけで三日間、みっちりと教え込まれる。

 性急な様子の紅葉に首を傾げながらも、漏れのないように頭に叩きこむのに精一杯で、紅葉の様子に気を配っているどころではなかった。

 その日は、「今日はここまでにしよう」と夕飯よりもだいぶ早く予言の間を出た咲良は、夕飯の手伝いをしようと台所に向かいながら、ふっと窓の外を見て違和感を覚える。

 日は西の丘を照らし、窓の外にはいつもと変わらぬ緑の森が広がっている。だが、つんと鼻の奥に感じる油のにおいに、咲良は廊下の真ん中で立ち止まる。

 ふわりと風が咲良を包むように吹き、銀髪の髪をなびかせた美青年の姿を現す。


“巫女姫、村の周りに松明をかかげた――”

「武装した兵が近づいてきてる……?」


 覇鳥の声に被さるように咲良がゆっくりと問いかける。


“ええ”

「それは、緑青(ろくしょう)の兵……?」


 唇を震わせて尋ねる咲良に、涼しげな眼差しを彼方に向けた覇鳥は静かに頷く。


“ええ”


 咲良はぎゅっと眉根を寄せると、踵を返して駆けだした。

 大ばば様に知らせなければ――

 夕暮れの空を越えて匂ったのは、松明の布に湿らせた油のにおい。その瞬間、咲良の脳裏によぎったのは青錆色の鎧を身にまとった隣国の兵士たち。


『将軍は必ず接触を計ってくるはずです』


 朱璃の声が思い出されて、夢中で廊下を走る咲良はぞくりと背筋を震わせる。

 咲良は矢華村で将軍に巫女だと思われていた。きっと、知華村で大巫女と一緒にいたことを思い出したのだろう。

 嫌な予感など外れてほしいと思いながらも、この予感は外れないと心では確信して、咲良は紅葉がいる予言の間へと続く螺旋階段を駆け上った。




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