第31話 乙女の選択
「ああ、そうだ」
否定の言葉をどこかで期待していた咲良は、紅葉の言葉に打ちひしがれる。
「だがな、決められた運命などではない。お前自らが考えて、選んだ運命だ」
「私が……?」
「そうだ。私は確かにお前に予言をした。運命の相手に会う――と。だが、その先、考えて動いたのは咲良自身だ。星読みで、お前の運命を揺るがす王子や盗賊団と出会うことは分かっていた、ミスティローズの力が解放されるのが近い事も。だが、それがどんな要因でなのかまでは分からない。その道を選ばない、という選択肢もあった――それでも、お前は選んだのだよ。かくいう私も、大巫女を引退する選択肢もあった。だが選んだのだ、大巫女としてお前を見守る道を――」
そう言って笑った紅葉の瞳は澄み、誇りと威厳に溢れていて美しかった。
咲良は胸にモヤモヤしていた気持ちが晴れていくのを感じて、わずかに笑みをもらす。
「それにしても――」
そこで、口調を変えて言う紅葉を仰ぎ見ると、やれやれというように首を横に振る。
「耳飾りを外しただけでは、ミスティローズの力は発動しない。引き金は接吻だ――お前の目覚めの時は近いとは思っていたが、まさかこんなに手が早いとはな……あの王子め……あれだけ、大巫女にするから手は出すなと釘をさしておいたのにも関わらず……」
ちっと舌打ちしたのが聞こえて、咲良はぎょっとする。なんだか紅葉の目つきも急激に鋭くなった気がして、咲良の背筋がさぁーと冷える。
ここは、誤解を解いておいた方がいいと思って、慌てて口を開く。
「違うんです、朱璃様は意図的にではなくて、兵士に襲われた私を助けようとして事故で……」
一生懸命説明する咲良に、紅葉は疑わしげな視線を向ける。
「だが、その前に二度しているのだろう?」
「えっ!?」
咲良の動揺ぶりに、紅葉は目元を細めてじぃーっと咲良を見つめる。
山華での出来事は話したが、青羽と抱き合ってしまったとか、キスしたとか――そんなことは都合よくすっとばして話したのに……見透かされるような鋭い瞳に、たじろぐ。
「否定しないのは、図星か」
そう言われて、咲良はもう思考回路がめちゃくちゃだった。
「ちっ、違うんです、朱璃様じゃなくて……」
「朱璃王子じゃないのなら、誰だ?」
鋭く聞き返されてしまい、誤魔化す言葉も思いつかなくて観念する。
「青羽と柚希……」
「はぁ~、盗賊の男と柚希ねぇ……」
これは予想外だと呟きながら、紅葉は頭をかいて、ソファーの背もたれに寄りかかる。
「先代がいうには、ミスティローズの力は耳飾りを外したらすぐに解放されるわけじゃない。三度目の接吻からだと言っていた」
一度目は青羽と、二度目は柚希と……
咲良は思い出して顔を真っ赤に染めるが、それは実は間違い。
一度目は青羽、それはあっている。だけど二度目、熱を出して眠っている咲良にキスをしたのは朱璃だった。
柚希がキスした時、ミスティローズの力は解放されて柚希に神力がわずかだが流れていた。咲良は気づいていなかったけど、柚希は気づいてしまった。
※
盗賊の男と柚希ねぇ……
紅葉は二人の顔を思い浮かべて、はぁーっと大きなため息をつく。
あの男も、咲良に会うなり奪うように接吻していったが、まさか柚希までしてしまうとは……
柚希の咲良に対する気持ちにうすうす気づいていた紅葉は、目の前でキスのことを打ち明けて顔を真っ赤にしている咲良を盗み見る。
赤ん坊の頃から見てきた少女も、十六。長かったような、早かったような。
髪と瞳は光の加減で微妙な色合いに輝く美しい濡羽色、瞳は大きく、形のよい唇、雪のように白い肌に薄紅の頬。美しい少女に成長した。
精霊の声を聞くことはまだ苦手だが、なにごとにも一生懸命で、内面からにじみ出る純粋さが眩しいほどだ。
たとえどんなに隠そうが、国宝で神力を封じようとも、隠しとおすことは出来ないのか。
ミスティローズってのは、やっかいな宿命だ――
紅葉は、まだ話していなかったミスティローズについて語り始める。
「咲良よ、ミスティローズの宿命は、王を守り、国を守ること――今すぐは巫女として力不足だから無理だが、いずれ、お前は王族と婚姻することになる」
「えっ!? 確か、巫女は婚姻できないのでは……」
驚いた声をあげる咲良に、ふぅーっと小さなため息をついて紅葉は片眼をすがめる。
「まっ、そういう決まりだが、例外もある。現に私は結婚して孫までいるだろう?」
咲良はこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、今更ながらその矛盾点に気がつく。
「今気づいたって顔だな……確かに巫女や大巫女になるために純潔であることは条件だが、ずっと独身を貫くわけではない、まぁ、そういう者もおるが。王族と婚姻関係を結び神力を強め、王家を守り導く――それが大巫女の役目であり、ミスティローズ、聖杯の乙女の宿命だ」
「さだめ……」
重い響きの言葉を、つぶやくだけで精一杯だった。
「そうだ。いずれ、大巫女になるのであれば、王族との婚姻が必須条件だ。こればかりはお前の意志に関係なく行われる。ただ、今ならば、違う道も選べる。大巫女にならない選択肢だ」
「それは……」
巫女にならない――そんな未来は考えた事もなかった。小さい頃から、咲良の夢は巫女になること。大巫女にまでなれるとは夢にも思っていなかったが、紅葉の口添えで大巫女になれるなら喜んでなる。
両親のない自分を大ばば様や村のみんなが可愛がってくれたように、たくさんの幸せな気持ちをもらったように――咲良もそんなふうに誰かを幸せな気持ちにしたい、誰かの役に立ちたい、そのために巫女を目指している。その決意は生半可なものじゃない。
たとえ、自分の意志に反した婚姻をすることになっても。
「答えなど決まっています。私は、巫女として誰かの役に立ちたい。たくさんの人を幸せにしたい。大巫女になれば巫女より多くの人を幸せにできるんですよね」
「ああ。王族を守ること、それがひいては民を守ることであり、多くの人を幸せにすることが出来るだろう」
その言葉だけで、咲良の決意は確かなものとなる。迷いなどない、誰かのためになることが自分の夢――がむしゃらに追いかけた夢だから。
「私の後継者になるのだな?」
「はい――」
咲良は力強く頷く。迷いのない純粋な眼差しを受けて、紅葉は浅く笑った。