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第30話  決められた運命



 黄山にて無事に巫女の宣旨を受けた咲良は来た街道を戻り、知華村へと帰ってきた。

 村まで送り届けてくれた朱璃と蘭丸は紅葉に挨拶する間もなく、蒼馬国の対応に追われ早々と王都へと戻ってしまった。

 別れ際、咲良は朱璃に何度も強く抱きしめられて、複雑な気持ちで二人を見送った。

 その後、すぐに紅葉に呼ばれた咲良は、一人、予言の間へと向かった。


「朱璃王子から報告は受けている――耳飾りを外してしまったのだな」


 乱雑に物が並ぶ円形の予言の間で、紅葉は部屋に入ってきた咲良を見るなりそう言った。

 紅葉の表情はそうなることを分かっていたかのように冷静だったが、その瞳の奥に一筋の憂いを見つけてしまい、咲良はその場に膝をついて頭を下げた。


「申し訳ありません! 大ばば様の言いつけをやぶり、国宝を失くしてしまったこと、すべて私の責任です」


 紅葉はぴくっと片眉をあげて、やれやれと小さなため息をもらす。


「そうか、気づいてしまったか……」


 言いながら咲良の側に近づいて立たせると、部屋の隅に置かれた黒革の応接セットのソファーに座るように促して、紅葉も向かいのソファーに腰を下ろした。


「王子からの報告でミスティローズの力が解放されたことは聞いていたが、まさか国宝のことにも気づいていたとはな」

「耳飾りを外した時は気づきませんでした。でも、朱璃様の話を聞いてもしかして……と」

「して、耳飾りはどうした? 失くしたのではないだろう?」


 紅葉の瞳が強くきらめき、その眼差しを受けて咲良はすっと姿勢を正して、山華での出来事をすべて話した。


「そうか」

「あのっ」


 静かに言って目を瞑った紅葉。咲良は間髪いれずに口を開くが、鋭い紅葉の視線に言葉を詰まらせる。


「あの男のことが好きなのか?」


 まっすぐに咲良を見つめ尋ねてくる紅葉の言葉に、咲良は一瞬、ためらい俯く。


「わかりません……」


 紅葉が言うあの男というのが、青羽を指していることを咲良には分かった。

 あの日、紅葉は咲良と一緒に青羽に会っているから。

 艶やかな髪、切れ長の瞳は髪と同じく青みを帯びた濡羽色、光の加減で濃さを変える。ドキっとするほど澄んだ眼差しの底には野獣のようなきらめきがあり、気品に満ちた色香を漂わせている。冷たく見える整った顔、思い出すだけで息が止まりそうだった。

 咲良は急激に早く打ちはじめた鼓動に、きゅっと眉根を寄せる。


「大ばば様、国宝のことは私が責任を持って……」


 意気込んで言った咲良の言葉を遮るように、紅葉は片手を咲良の前にかざし、首を傾げてその口元に微笑を浮かべる。その微笑みは、年老いた今でもあでやかさに満ちていて、咲良はドキンとしてしまう。


「国宝はいずれ、我々の元に戻る――そういう運命だ」

「運命……」


 ぽつっと呟いて、咲良はその言葉の真意を探すようにまっすぐ紅葉を見つめる。

 それならば、これが私の運命ですか――

 口にしようと思って、やっぱり言うのをやめて、他の言葉を口にする。


「あのっ、それで、私はこれからどうしたらいいのでしょうか? ミスティローズとういのは……?」

「そうだな、咲良にはすべてを知る権利がある。ミスティローズについて私が知っていることを、すべて話そう――」


 紅葉はすっと視線をあげて、窓の外に向ける。燃えるような赤が、闇に染まりつつあった。


「生まれながらに黄帝の庇護を受け、絶大なる神力を宿す乙女のことを聖杯の乙女――ミスティローズと呼ぶことは、すでに知っているな」


 肯定する紅葉の話に咲良は静かに頷く。


「はい。ミスティローズは謎が多く、分かっていることは、神力を必要とする者が現れた時、内に眠る神力を解放し、口づけた相手に強大な力を発揮させる――ということだけだと朱璃様から伺いました」

「そうだ。だが、謎などではない。代々大巫女がその秘密を守ってきている。元々ミスティローズは黄帝の分身ともいえる存在。遥か昔、黄山を囲む四大国は一つの国だった。だが、広大な土地ゆえ内部紛争や周辺国から侵略された。黄帝は国を守るために、自らの神力を四人の乙女に授けた。聖杯の乙女、聖剣の乙女、聖盾の乙女、聖弓の乙女――四人の乙女はその力で内紛を押さえ、周辺国を撤退させ、それぞれの乙女を支援した者達が今の四大国の王族となり国は四つに分割された。乙女の力をめぐって再び戦が起きぬよう、黄帝は乙女の力を封じる神宝を授けた――これが国宝だ」


 咲良が知る国宝の伝説というのが、かなりの部分をはしょって語られていることに驚くが、多くの国民がその一部分しか知らない。つまり、意図的に隠されていることなのだと気づいて、咲良はごくんと唾を飲み込む。


「神力を授かった乙女はその子孫を残し、大巫女となり国を支えた。それが巫女の始まりで、大巫女は乙女の歴史と秘密を受け継ぐ。そして乙女が生まれた時はそれを保護し、大巫女に育てるという役目がある。秘密保持のため、聖杯の乙女はミスティローズと呼ばれるが、王族と大巫女はその秘密を知る。乙女の伝説を調べる、奇特な学者もいるしな。乙女は八百年に一人生まれるとか言われているが、そんなのは噂だ。稀ではあるが、もっと多く生まれている。だが、その大半は内に眠る神力に体力をむしばまれ、若くして亡くなっている。そうならないために、朱華国国宝である耳飾りで神力を封じる、時が来るまで――」

「そうだったのですか……」


 そんな事情も知らずに、咲良はなんて軽はずみに耳飾りを外してしまったのだろうと自分を責める。命が削られると聞いて、少しの恐れはあるが、それでも後悔する気持ちはなかった。

 だって、私はまだ元気だもの。そう思えば、体の内を激しく暴れる神力が、少しおさまったように感じて、苦笑をもらす。

 その笑みをどう受け取ったのか、紅葉は顎に手をあててにやりと笑う。


「先代大巫女はミスティローズだったよ」

「えっ、そうなんですか!?」


 先代大巫女……その言葉に、咲良は矢華村に先代大巫女の孫巫女がいると言っていた話を思い出す。結局、その孫巫女とは会うことはなかったが、そんな身近にミスティローズが存在しているとは思わなくて、驚きを隠せない。


「そうだ、ミスティローズとして大巫女を立派にやり遂げられた偉大な大巫女だった。私はその元で修業し、後を継いで大巫女になった。私も年だし、大巫女を引退するつもりだったが、咲良、お前が生まれて、ミスティローズの元で修業しその存在のことをよく知る私が大巫女を続けることになった」


 そういう理由で、紅葉が今もなお大巫女を続けているのだと知って、咲良はなんだか自分のせいに感じて、申し訳なくなる。

 沈んだ顔で俯いた咲良に、紅葉は軽快な笑い声をたてる。


「そんな顔をするな。これが私の運命だったんだ」


 その言葉が胸にささる。


『良い未来も悪い未来も己の力次第で変えられる。決まっている運命などないのだ――』


 そう言うのが紅葉の口癖だった。その紅葉の言葉から決められた運命だと言われるのは苦しかった。

 決められた運命……

 一度は飲みこんだ言葉が、するっと喉を通り過ぎて出てきた。


「それならば、これが、私の決められた運命なのですか――?」




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