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第3話  盗賊団の頭



 咲良は紅葉を守るため、振り下ろされた白刃と紅葉の間にとっさに滑り込む。


「大ばば様っ――」


 迫りくる白刃、続いてくる衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った咲良は、いくら待っても痛みを感じなかった。

 将軍の刀身が振り下ろされる直前、長い髪をなびかせた男が咲良の前に立ちふさがり、将軍の剣よりも早く、光のような剣さばきで将軍の肩を切りつけていた。


「うわぁ……」


 悲鳴が聞こえ、咲良は強く瞑っていた目を恐る恐る開ける。

 瞬間、目の前に広がるのは青みを帯びた漆黒の髪。

 紅葉に切りかかろうとしていた将軍は血のにじむ肩口を押さえ、苦々しそうに唇をかみしめる。


「とっ……盗賊だぁ……」


 遠くの方から聞こえる配下の声に振り返った将軍は、じりじりと後ずさる。一緒に村長の館まで来た配下三人のうち二人は負傷しその場にうずくまり、一人は早くも逃げ出していた。その間にも、長髪の男の元には仲間の盗賊と思われる男が一人駆けつけ、あちこちで配下の悲鳴が聞こえる。

 分が悪いと判断した隣国の将軍は、背を向けて走り出すと同時に、素早く馬の手綱をとり馬上に駆けあがると声を張り上げた。


「退却――っ」



 逃げる隣国の兵を見送りながら、咲良は自分を助けてくれた男の輝く髪に見とれていた。

 咲良自身、濡羽色の綺麗な髪だと言われることはあるが、これほど綺麗な青みを帯びて艶やかに輝く髪を見たことがなかった。


「頭――……」


 刀をしまった長髪の男の側に駆けつけた茶毛の男がなにかを耳打ちする。男がふっと振り返った瞬間、咲良は大きく鼓動が跳ねるのを感じた。

 冷たく見えるほど整った顔立ち、切れ長の瞳は髪と同じく青みを帯びた濡羽色、光の加減で濃さを変え、今は青みをわずかに帯びている。ドキっとするほど澄んだその眼差しの底には、野獣のようなきらめきがあり、気品に満ちた色香を漂わせている。

 息が止まるほど端正な美貌に、呆然と見つめてしまった咲良と視線があった男は、瞳の青みを強くし、わずかに瞠目する。

 見つめ合うように動きを止めた二人を、紅葉は片眉をわずかに上げて見つめた。


「お前が大巫女か――」


 あからさまに疑わしい眼差しを咲良に向けた男に、紅葉が狙われている事も忘れて思わず答えてしまう。


「ちっ、違います、私は巫女見習いで、大巫女はこちらの方ですっ」


 咲良は顔を真っ赤にして紅葉の横にずれ、紅葉は嘆くように言って額に手を当てた。


「馬鹿者め――」


 その言葉に含まれた意味を、咲良が正確に理解するのはずっと後のこと。


「ふーん、このばあさんがね……」


 目をすがめ、濡羽色の瞳を青から黒に揺らした男は、目にも止まらぬ速さで鞘から剣を抜き紅葉の喉元に突きつけた。


「お前が国宝を持っていることは分かっている。命惜しくば、出せ」


 男はその瞳に世界のすべてを憎むような反逆の光を宿し、威圧的に言い放つ。

 紅葉はぴくりと眉を動かし、それから肩をすくめてふぅーっと吐息をもらした。


「こんな老いぼれの命など惜しくはないが、国宝はここにはない」

「ない、だと――? そんなはずはない、朱華の国宝は代々大巫女が守っているはずだ」

「本当にないのだ……。十六年前、国宝を失くした責任をとるために私は王宮を出た。だが当時、大巫女を継ぐに足る力を持つ巫女がいなかったため、そのまま大巫女を続けているにすぎぬ」


 両手を腰の脇で広げ、苦笑する紅葉の言葉はとても嘘を言っているようには見えなかった。

 そんないきさつで、紅葉が王都から離れた小さな村に身をひそめていたと知った咲良は驚きを隠せなかったが、国宝を一度も見たことがなかったのは失われていたからだと納得する。


「本当か――?」

「ああ、本当だとも。だが、証明することは出来ない――。さあどうする? 老いぼれの命をとるか?」


 鋭い視線で見すえていた男は、すっと刀を下ろすと鞘にしまう。


「無駄な殺生は趣味じゃない――」


 不敵な意志を感じさせる瞳に影を落とし、男は静かに言って踵を返して歩き出した。その後に茶毛の男が続く。

 あまりの美貌に見とれ呆然と紅葉と男のやり取りを聞いていた咲良は、はっと肩を震わせて男を追いかけた。


「待って」


 男は止まらずに肩越しに振り返り、瞳の青みを深くした。


「なんだ?」

「あの――、ありがとうございます」


 何を言おうかと一度口をつぐんで俯き、顔を上げた咲良はお礼を言った。男が盗賊で、隣国の兵同様国宝を狙っていたことも、紅葉に刃を向けた事も許せることではない。だけど、そんなことを考えるよりも先に、言葉が口から出ていた。


「助けて下さって、ありがとうございます」


 男はぴたっと歩くのをやめ、体ごと振り返って咲良をまっすぐに見据えた。その瞳に不敵な光を浮かび、ふっと皮肉気な笑みを浮かべる。


「助けた訳じゃない、大巫女に死なれては国宝のありかを聞き出せないからな」


 冷たく言い放った男に向かって、咲良は深々と頭を下げた。


「それでも……あなたがいなければ、私も大ばば様もすでにこの世にいなかったでしょう。だからそのお礼です」


 純真で汚れを知らず、どこまでも澄みきった瞳を見て、男はぎゅっと奥歯を噛みしめる。濡羽色の瞳に深い青を映し、一瞬、苛立たしげな光をきらめかせる。

 それから、咲良の二の腕を強く引き寄せると同時に頬を斜めにかたむけ、深く熱いキスを落とした。

 自分の唇に熱い感触を感じた咲良は大きく肩を揺らす。ビリッと背中にしびれが走り、炎を注ぎこまれたように胸が焼けるような気がした。体の中でなにかが大きく膨れあがるような衝撃に襲われる。

 見開いた視線の先で魅惑的な青みを帯びた瞳でくいいるように見つめられて、誘うような甘い光がきらめいた。

 咲良は甘い気持ちが胸に渦巻き、とろけるような包容感に満たされて、くらくらと目眩がしそうだった。

 永遠にも感じた時間がふっと止み、男が咲良から体を離した。

 すっと離れていく色っぽい唇を、精悍な体を恋しく感じ瞳を潤ませた咲良に、男はすべてを憎むような反逆の瞳をきらめかせ、冷やかに言い放つ。


「礼なら、これくらいしてくれるものだろう――」


 ゆるぎない瞳の中に、うっとりするほどつややかな光が浮かび上がり、咲良はその眼差しに魅いってしまい、息をのむ。

 その時。

 村の方から猛々しい馬のいななきが聞こえ、男はぱっと振り返る。その後ろで呟いた紅葉の声に舌打ちをし、さっと表情を引き締める。


「ようやっと、救援の王軍がついたか……」


 安堵の吐息をもらした紅葉を振り返った一瞬の隙に、盗賊は風のように姿を消していた――



  ※



 目当ての国宝はなく、王軍が駆けつけてきたときいて、青羽(あおば)は速やかに退散するように仲間に伝えた。

 知華村を襲撃した盗賊達はちりじりに村を抜け出し、西の丘で落ち合うことになっていた。

 青葉は漆黒の長髪を揺らしながら村の側に繋いでいた馬に駆け寄り、ぎゅっと手綱を握りしめた。

 一刻も早く村から離れなければならない状況で動きを止めた青羽を訝しむように、茶毛の男が馬にまたがりながら声をかける。


「青羽、どうした――?」


 呆然と立ち尽くしていた青羽はぴくっと肩を揺らし、ゆっくりと馬を引きながら数歩歩き馬にまたがる。


「いや……なんでもない……」


 言いながら青羽は目元をわずかに赤くし、唇にそっと触れる。

 そこにはまだやわらかな唇の感触が残り、火傷しそうな熱を帯びていた。



 キスをしたのはからかうつもりだった――

 盗賊の自分に向けられた純真な眼差しが眩しすぎて、羨ましくて、憎らしくて――

 キスでもすれば動揺するかと思った。それなのに、動揺していたのは自分の方だった。

 軽い口づけのつもりが、甘い香りに引き寄せられて、もっともっとと欲していた――

 冷静を装いキスは礼の代わりだと言ったが、胸の中に荒波のようにうずまく情熱に支配され、たぎる想いをもてあまし、やるせなかった。

 キスなんて初めてじゃないし、女を抱いたことも何度もある。それなのに、こんなに苦しく切ない気持ちになるのは初めてで、青羽はぎゅっと唇をかみしめる。

 この気持ちが恋情だとしても、そんなことに気を取られている場合ではない。なんとしても、朱華国の国宝を手にいれなければならない理由があった――

 馬首を西の丘に向け、手綱をさばいた青羽は肩越しに知華村を振り返った。

 その長い睫毛が落とす影の中で、濡羽色の瞳があざやかな青みを帯びてきらめいた。




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