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第28話  気高き薔薇の香り



『決して耳飾りを外してはいけない。もしも外す時は――何があっても後悔しないと思えた時だけだ』


 体調が悪いのはいつからだった――?

 こんなふうに、口づけて異変が起こったのは――?

 すべて、耳飾りを外した時からだった。それは分かっていた。咲良の体は生まれた時から著しく体力がなく、神力の宿る耳飾りで体力を安定させていると聞いたから。だが、それは嘘だったのだ。

 耳飾りは神力を宿していたのではなくて、私の体の内に眠る神力を押さえていた――?

 あの耳飾りはもしかして――?

 脳裏に浮かんだ考えに、一気に血の気が引いていく。その時になって、紅葉の言った言葉の本当の意味を理解した――



  ※



 考え込んでいた咲良から離れて、朱璃は蘭丸と今後の事について話していた。だから、顔を青ざめさせている咲良に気づいたのは、柚希だけだった。

 口元を両手で覆って目を見開く咲良にゆっくりと近づいた柚希は、何と声を掛けようか迷う。

 咲良がミスティローズだと言われても現実味がなかったが、柚希は菱華の街で咲良に口づけた時、ビリッと電流が走るような鈍い痛みを感じたことを思い出して、ざわざわと胸が騒ぎだした。

 確かにあの後、数十分くらいだったが体が妙に軽かったのを覚えている。

 本当に咲良がミスティローズなのか――?

 それでもやっぱり信じられなかった柚希だが、ふっと上げた視線の先に見つけてしまったのだ。

 生まれた時から常にしていた耳飾りが、咲良の左耳に見当たらないことに。

 咲良、耳飾りをどこに――……?

 そう考えて、いままで断片的だった情報が一つに繋がる、その真実に衝撃を受けて、そっと咲良から目をそむけた。



  ※



 黙りこんでいた咲良に、蘭丸と話しこんでいた朱璃が声をかけた。


「大巫女ならばミスティローズについて詳しいことを知っているかもしれません。ここはひとまず知華村に戻ってはどうでしょうか?」

「えっ?」


 突然の提案に、咲良は振り仰いで朱璃を見上げる。


「ミスティローズについて情報がない今、咲良を守りきることは難しいと思うのです。それに……巫女装束を着ていた咲良を蒼馬の将軍は見ています、必ず接触を計ってくるはずです」


 朱璃の言っていることは一理あって、そうするのが正しいのだろうと思った。だが、ミスティローズとしての力を解放してしまったのは、咲良自身の招いたこと。

 旅に出る前に紅葉から忠告を受けたにも関わらず、その道を選んだのは咲良だったから――

 咲良はゆっくりと首を横に振って、決意の満ちた瞳で朱璃を見つめる。


「知華村には、黄山に行った後に戻ります。大ばば様も私が巫女の宣旨を受けて戻ってくることを願っているはずです」


 朱璃は何か言おうとしたのをやめて、ゆっくりと頷き返す。


「わかりました、咲良が決めたのならばそう致しましょう」


 そう言って、朱璃と蘭丸は王都への使いを出すからと行って部屋を出て行った。



 パタンと閉まる扉の音を聞きながら、部屋に残された咲良と柚希の間に沈黙が広がる。

 咲良は昨日、柚希に無理やりキスされたことを怒っていた。今日から柚希の馬に乗ってはどうかという朱璃の提案も速攻で却下したくらい。夕飯の時も、朝食の時も、柚希とは一言も口をきかなかった。

 こんなのは子供っぽいって分かっているけど、そんな自分に対して何事もないように冷静な態度をとる柚希がますます怒りに火をつけていた。

 なんなの、柚希はっ! なんか好きとか言ってたくせに、この態度。やっぱりあれはからかっていたの!? 許せないっ。私からは絶対に、柚希とは口きかないんだから。

 ぷんぷんと怒りをあらわにしながら、咲良はちらっと扉の側に立つ柚希に視線を向ける。

 柚希はこちらに背を向けて、なにか考え込んでいるようだった。

 もし……柚希から誤ってきたら、許してあげるけど……

 そう心の中で呟いて、咲良は柚希をじぃーっと見つめた。瞬間、体を反転させて振り向いた柚希と視線があってしまい、咲良はドギマギする。

 淡い栗色の瞳は真剣な光を宿し、強くきらめいて咲良はドキドキと鼓動が速くなる。

 一歩一歩ゆっくりと足を動かして咲良のベッドまで近づいてきた柚希は、ベッドの上に座る咲良をじぃーっと見下ろす。


「咲良――」


 その声があまりに憂いを帯びていて、胸が締め付けられる。


「なっ、なに?」


 返事の声がついどもってしまう。


「耳飾りはどうした?」


 その言葉に大きく鼓動が跳ねる。

 柚希は言いながらはすっと腕を伸ばして咲良の左耳に触れる。触れた場所から熱を帯びて、咲良はかぁーっと顔が赤くなるのを自分でも感じて、柚希と視線を合わせているのが辛かった。

 まっすぐに自分を見つめる涼やかな瞳は、すべてを見透かしているようでドキドキする。


「えっと……」


 柚希は、咲良が親の形見だと言われて生まれた時から耳飾りを常に身につけていることを知っている。下手な言い訳は通用しないことを感じて、誤魔化すのをやめて、思い切ってすべてを話すことにした。

 山華の街で盗賊を見かけて追いかけて行ったこと。盗賊が何のために国宝を探していたか。紅葉の忠告と、国宝の代わりにと耳飾りを一つ渡したこと――

 柚希は咲良が話す間、ベッドに腰掛けて言葉を挟まずに静かに聞いていた。

 咲良の口から盗賊の名を聞いた時は驚いたが、咲良が耳飾りを外すと体調を崩すということを分かった上で盗賊に耳飾りを渡したと聞いて、胸が苦しくなる。


「なんでそんなに他人のために頑張るんだよ……」


 ぽつっと漏らした声は切なく掠れて、それが情けなくて柚希は視線を落とす。

 なんでなんて聞かなくても、柚希には分かっていた。

 咲良が紅葉や村人によって笑顔になれたように、誰かの幸せをいつも願っていることを。そのために巫女を目指していることも。

 ゆっくりとあげた視線の先で、咲良は頬を染めてどこか遠くを見ていた。恋しそうに瞳を揺らすその表情を見て、咲良が誰のことを考えているのかさえ、手にとるように分かってしまい、柚希は気づかれないように小さな吐息をもらす。

 いつからそんな顔するようになったんだよ……

 恋しくて仕方ないって、そんな表情みたら応援するしかないじゃないか。

 咲良自身、まだ気づいていない恋心に気づいてしまって、柚希は泣きそうに顔を歪める。

 幼馴染として側にいすぎて咲良のことをなんでも分かってしまうことが、この時ばかりは苦しくてやめたくなった。それでも。


「……そんなお前が好きだけどさ……」


 呟いた声は風の音よりも小さくて、咲良の耳に届くことはなかった。




ついに咲良は自分がミスティローズだと知ってしまいました。

そして密に柚希二回目の告白……


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