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第27話  聖杯の乙女



「聖杯の、乙女……?」


 咲良はベッドの上で上体を起こして、ゆっくりと言葉を繰り返した。

倒れた咲良を矢華村の人に声を掛けて部屋に運び入れた朱璃は、すぐに村長との面会を取り次いでもらい、戻ってきた柚希に咲良を任せ、朱璃と蘭丸は村の被害状況を聞くために村長に会いに行った。

 それから咲良が寝ている部屋に戻ってきた朱璃は、咲良が起きているのを見て、話しができるか本人に確認してからゆっくりと話し始めた。



  ※



「村長に話を聞いてきました。蒼馬に村を襲われたのは今回が初めてだそうで、とりあえず怪我人数人だけで死者は出ずに済んだようです。兵たちはしきりに“巫女”を探していたようですが、先代大巫女の孫巫女は数日前に王都へ使いに出たそうです。柚希に聞きましたが、この村を襲った蒼馬の王軍は知華村を襲った軍と同じということですが」


 ベッドの側に置いた椅子に座った朱璃は咲良の方を向いて尋ねる。


「はい、私も知華村であの将軍を見ました。大ばば様は、蒼馬は国宝を狙っていると言っていました」

「国宝を……」


 考え深げに呟いた朱璃は、顎に手を当てて考え込む。

 古の時代、世界の王である黄帝が黄山を囲む四つの国に下賜した神宝。朱華国ではその国宝を歴代の大巫女が管理することになっているが、その存在を知る者は少ない。王族である朱璃でさえ、国宝を見たことはなく、現在の管理者は大巫女紅葉ということになっているが、それさえ真偽は定かではない。

 そんな伝説上の宝を――蒼馬国だけでなく、盗賊団が狙っている……?

 朱璃は王都を出る時、王から国宝を狙う盗賊の討伐を内密に命じられていた。その時は、国宝を狙っていることにさして疑問を抱かなかった。これまでたびたび盗賊の被害が届けられ、王もやっと盗賊討伐に力を入れ始めたのだと思っていたが……

 そこで朱璃はふっと先程の言い知れる高揚感を思い出して、体に熱が宿る。

 自分の体だとは思えないほど体は軽やかに動き、体中にみなぎる力を感じた。絶対的な力を手に入れた――そんな気分だった。

 燃え上がる闘志に包まれて、どんな相手だろうと倒せる自信と気迫に満ちていた。

 それが――咲良の唇に触れた後の出来事で、触れた瞬間、触れた場所から体に力が流れ込んでくるのを確かに感じた。

 脳裏の片隅で、幼い頃に老師から聞いた伝説の符号とぴったり当てはまって、ビリリと体に電流が走る。


「朱璃様……?」


 黙りこんでしまった朱璃に、訝しげに声を掛けたのは蘭丸だった。長年側に仕えてきて、こんなに困惑した表情を見るのは初めてだった。


「ああ、すまない。話はどこまでしたかな?」


 一瞬前の悩ましげな表情を気品で隠して笑う朱璃に、蘭丸は片眉をあげて告げる。


「蒼馬が国宝を狙っているというところまでです」

「そうだったね。それで、どうやら蒼馬は巫女のいる村を襲っているらしい。このことはすぐに王都に使いを出して、巫女のいる村には警戒するように伝え、警備を派遣します。大巫女にも連絡をしました」

「大ばば様にも?」

「はい、国宝を持っているのは大巫女です知華村が再び狙われる可能性は高いです」

「そんな……っ」

「しかし、それよりも……」


 そこで言葉を切った朱璃は、逡巡し、ゆっくりと言葉をつむぐ。


「咲良も再び襲われる事になるでしょう」

「私が?」

「咲良が……? それはどうしてっ?」


 それまで黙って部屋の隅に立っていた柚希が驚いた声をあげて、朱璃は振り返って悩ましげに眉尻を下げる。


「そなたは――聖杯の乙女かもしれない」


 そう言った朱璃は、なんとも言えない表情で、苦しげに眉根を寄せる。


「聖杯の、乙女……?」


 ベッドの上で上体を起こしている咲良はゆっくりと朱璃の言葉を繰り返す。


「王族の間に伝わる伝説です。生まれながらに黄帝の庇護を受け絶大なる神力を宿す乙女のことを聖杯の乙女――多くはミスティローズと呼ばれることが多いのですが。八百年に一人の割合と言われていますが、実際に記録が残っているのがおよそそのくらい前で、なぜそのような子が生まれるのか、謎は多いです。分かっていることは、ミスティローズは普段はその神力を内に眠らせ、それを必要とする者が現れた時、内に眠る神力を解放し、口づけた相手に強大な力を発揮させる――ということだけ」


 咲良はその言葉にはっとして、自分の唇に触れる。

 その仕草に気づいた朱璃は申し訳なさそうに瞳を揺らして、咲良を見つめる。


「あの時、事故とはいえ、そなたの唇に触れて、私は自分でも信じられないほどの力を身の内に感じて震えが止まらなかった。あれは私の力ではありませんでした――それがそなたがミスティローズだと言われれば納得がいくのです」


 咲良は思いがけない話に驚きを隠せず、濡羽色の瞳を大きく揺らす。

 聖杯の乙女? ミスティローズ……?

 そんなことを言われても咲良には分からなかった。だが、咲良も感じていた。あの時、朱璃と唇が触れた瞬間、体の内を激しく熱いものが駆けあがり、体の奥から力がみなぎるのを。


『聖杯の乙女よ――我が力を解き放ち、そなたを求める者に力を』


 脳裏に直接響く重厚な声が蘇り、あの時ははっきりとは聞き取れなかった言葉が脳にぴりぴりと刺激を与える。

 それと同時に、旅に出る前に紅葉から言われた言葉を思い出す。


『決して耳飾りを外してはいけない。もしも外す時は――……』




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