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第24話  俺だって



 ベッドに寝転がった咲良が目を閉じたのを見て寝るのだろうと思った柚希は、今のうちに夕飯を頼んでこようと思ってベッドから立ち上がった柚希は、くいっと袖を引っ張られて動きを止める。

 振り返って見れば、寝たと思っていた咲良が目を開けて、濡羽色の瞳が寂しげに揺れて、柚希の胸をつく。あまりにじぃーっと見つめられて、その眼差しにとらわれそうになる。


「な、に……?」


 困ったような柚希の声に袖を掴んでいた手をぱっと離した咲良は、遠慮がちにもう一度袖を掴む。

 柚希が行ってしまうと思って、咄嗟に袖を掴んでしまった行動に、咲良自身が動揺する。何か話さなければと思って、頭をフル回転させて無我夢中で口を開く。


「あ、の、ね……朱璃様に、好きだって言われたの……っ」

「そう、朱璃様が……えっ!?」


 冷静に答えた柚希が突然大きな声を出すから、咲良の方がビックリしてベッドから体を起こす。


「柚希?」

「あっ、いや……それなら、村でも朱璃様は咲良に求婚してただろ、今更……」


 自分の気持ちを落ち着かせるためにそう言った柚希だったが、余計に頭が混乱していく。

 朱璃様が、咲良に好きだって言ったのか……?

 村でも花嫁にどうこうって言ってたけど、あれって本気(マジ)だったのかよ……ってか、朱璃様が咲良のことを好き――!?

 考えついた思考に、柚希は頭を抱える。だが、焦る柚希の心情など理解していない咲良は、ぽつぽつと話し続ける。


「村でのあれは冗談だと思ってたのに。愛してる――って真剣な眼差しで見つめられて、とてもからかわれているなんて思えなかった。私は、好きってどういう気持ちから分からないって言ったの。朱璃様はそれでもいいから、少しずつご自分のことを知ってほしいって……」


 そこで言葉を切った咲良は、柚希の正面に回って瞳をじぃーっと覗きこむ。


「ねっ! 柚希は特別な好きって分かる?」

「お、れは……」


 純粋で、曇りのない輝く濡羽色の瞳に見つめられて、柚希は無意識に口を動かす。


「俺は咲良のことが好きだよ――」


 好きだ――

 溢れる気持ちに突き動かされて、想いを口にする。

 切なく焦がれる想いに、柚希の瞳には咲良しか映っていない。だけど。

 こくんと首を傾げて、咲良は不満そうに口をとがらせる。


「私だって柚希のことは好きだけど、それは幼馴染としてでしょう? 朱璃様が言っているのはその好きとは違うのでしょう? 今はその違いがよく分からないけど、ちゃんと誠意を持って答えられたらいいって思うのっ!」


 胸の前で拳を握って、決意を込めて言う咲良に、柚希がぴくんっとこめかみを引きつらせる。

 百歩譲って……

 たぎる想いを打ち明けたのに、それを幼馴染としての気持ちと聞き流されたことは、聞かなかった事にしよう。

 だが、朱璃様の気持ちに答えるつもりだって――!?

 柚希は頭から湯気が出てもおかしくないくらい、腹の中から怒りが湧きあがり、ばんっと咲良の座るベッドを叩く。


「それ、本気で言ってるのか――?」


 突然のことにビックリした咲良は柚希を振り仰ぐ。皮肉気な声、突き刺すような眼差しの激しさに、胸がきゅっと締め付けられる。

 柚希が怒っていることは分かるのに、なにが原因で怒らせてしまったのか分からなくて、咲良は泣きそうになるのをぐっと堪える。


「だって……朱璃様は村を助けに来てくれて……っ」

「それはおばあ様が救援を頼んだから、王族としての責務だろう?」

「私の旅の同行を願い出てくれて……っ」

「それはただ咲良のことが好きで下心があっただけだろう!?」

「でも、本当に朱璃様には良くしてもらって、言葉では言い尽くせない感謝が……」


 咲良の言葉を遮るように、間髪いれずに柚希は咲良の声に被さって、感情的に叫ぶ。


「そんなのっ! 咲良が感じる必要なんてないだろうっ!」

「そんなこと……」

「俺だって……!」


 普段、穏やかな柚希の大声に、咲良はびくんと肩を震わせる。


「俺だって、咲良のことが好きだ! 幼馴染としてなんかじゃなくて、一人の女の子として好きなんだよ――そう言ったら、俺の誠意に答えてくれるのかよっ」


 言うと同時に、それは一瞬の出来事――

 ベッドに上体を起こして座る咲良の上に覆いかぶさるように顔を傾けた柚希は、咲良の肩を荒々しく掴み、呆けたように見上げる咲良の唇に口づけた。触れるか触れないか、その瞬間に、ビリッと電流が走るような鈍い痛みを感じて、柚希は反射的に飛びのいて唇を腕で覆う。

 一方、咲良は、突然の出来事に思考回路が停止する。

 ゆっくりと近づいてくる柚希の顔。間近で見ると睫毛が長くて、その睫毛が震えるように閉ざされていくのをコマ送りのように見つめていた。唇に柔らかい感触が押し当てられて、その瞬間、ぼっと火がついたように顔が真っ赤になる。

 キスされたぁ――!???


「やっ……、柚希のバカァ――!」


 いきなりの出来事に、咲良は顔をリンゴのように染め、瞳を潤ませて激怒する。ぴくっと動かした手に当たった枕を掴んで、柚希めがけて投げつける。

 至近距離でまともに枕を顔にぶつけられた柚希は、予想外の打撃に涙目で抗議しながらベッドから離れる。


「おい……咲良、やめ……っ」


 柚希の言葉が言い終わる前に、二発目の枕が柚希の顔に命中して、ぽてっと鈍い音を響かせて床に転がった。

 幼馴染として長年側にいて咲良の性格を知っている柚希は、今は何を言っても聞いてもらえないと扉に飛びつき、慌てて部屋を出た。勢いよく閉まる扉に、ぼんっと咲良の怒りを表すような音をたてて、三つ目の枕がぶつかりすべり落ちた。


  ※


 結局その日、柚希は咲良の部屋に行くことが出来なかった。

 冷静になって自分の行動を思い返してみると、かぁーっと頭に血がのぼって、自分でもどうかしていたとしか思えなかった。

 朱璃が咲良のことを好きと知って、自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。幼馴染としてしか見られていないことに苛立ち、異性として意識してもらいたいと思って――気がついたら口づけていた。

 顔を染め瞳を潤ませて自分を見つめる咲良の艶やかな瞳を思い出して、それだけで柚希は胸が切なく締め付けられる。

 異性としては意識してもらえたかもしれないが、完全に嫌われただろう、あれは……

 そう思って自分の行動を激しく後悔する。それに――

 一瞬だったが、感じた電流のようなしびれ。あれはいったいなんだったのだろうか……?

 胸に抱いた違和感に首をかしげた。



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