第23話 幼馴染の距離
西の街・山華を出発した一行は、街道沿いに北上し、北西の街・菱華、北の浪華へと順調に旅を進める。街と街の移動は半日以上かかるが、馬に乗り慣れている朱璃達には山華から浪華までは一日で行ける距離である。しかし、馬に乗り慣れていない咲良には酷だろうと、菱華まで移動して一泊し、翌日浪華へと辿り着く。
宿屋の部屋に案内された咲良は、当然のような顔で後に続いて入って来る朱璃を見て、小さなため息をもらす。
移動中もべったりと咲良に張り付いている朱璃は、菱華の宿で、当たり前のように同室になって咲良の世話を焼いていたから、浪華でもそうだろうと、半分は諦めのため息だった。
鉱山からとれる鉱石を加工して市場が賑わう商売の街山華に対して、北西の菱華は豊かな竹林からとれる竹で細工を施す工芸の街だった。山華は細工と商売と両方盛んだったが、菱華は技術の向上とそれを受け継ぐことに重点を置き、品物流通は隣町の山華任せ立った。
そして北の浪華は、王都を守るようにそびえる堅固な山岳からとれる山の幸を生かした料理屋が多く軒を連ねる食の街である。
はじめは、あまりにも毒々しい色合いに食べるのを戸惑ってしまった咲良だったが、一口食べて見ると、口の中でとろんととろける口の中に広がる香りと味に、頬が落ちそうになる。
こんなに美味しい物は初めてなんじゃないかというほど美味しくて、普段小食の咲良も食が進み、ぱくぱくといろんな料理を平らげた。
本来ならば浪華にも一泊のみですぐに国境を越えて黄山に向かうつもりだったのだが、山華同様、朱璃が調べ物があると言い、浪華に滞在することになる。
翌朝、護衛の蘭丸を連れた朱璃は、部屋を出る間際まで、さんざん咲良にベッドで大人しくしているようにと言い含めた。
咲良としては、一日宿屋で過ごすなんて退屈で、街に出て出店で買い食いとかしてみたいと思ったが、山華ではぐれ、しかも体調もまだ万全ではない咲良に対して、朱璃が外出を許可しなかった。
「帰りにお土産を買ってきますから、大人しく待っていてくださいね」
その言葉に半分しかたないと諦めた咲良は、深いため息をついて朱璃と蘭丸と見送った。
二人と入れ替わりで部屋に入ってきた柚希は、山華ではぐれた日以来の二人きりの状況に戸惑いながらも、朱璃がいない間の世話係の許可を得ていたので、ゆっくりと室内を進み、ベッドに腰掛ける咲良に近づいた。
街に出かけてみたいと思っていた咲良は、街に出られないことは残念だったが、それでも、朱璃から解放されたことにどっと安堵のため息をもらす。
「どうした?」
咲良の顔に疲労の色を見てとった柚希は、眉間に皺を寄せて咲良の顔を覗きこむ。
あの日の出来事以来――どんな顔をして咲良に会ったらいいのかと苦悩していた柚希だったが、ほとんど咲良と接する機会もなく旅が再開され、咲良が柚希に対して今まで通りの態度なのを見て、山華の厩で咲良が視線をそらしたのは別に着替えさせたことに対して怒っているのではないと察して、普段通り接することが出来た。
「ううん、なんでもないの。ここずっと朱璃王子が側にいて、気が抜けなかったっていうか、はぁー……」
そう言って、柚希の腕を掴み、頭をトンっとぶつける。
その仕草から、咲良が自分に対して以前と変わりなく信頼を寄せてくれていることを感じて、ここ数日のもやもやも吹っ飛んでしまう。
悩んでいた自分に苦笑をもらした柚希はベッドに腰をおろし、すがりつくように頭を寄せる咲良の髪を優しく梳いて、かきあげる。
「体調はどうだ?」
「…………」
無言の咲良の頭をくしゃりとなでる。
「正直、どうなんだ?」
咲良が大丈夫と言っていても、本当は大丈夫ではないことを柚希は知っていた。咲良自身も、「大丈夫」という言葉では柚希に通用しないことを分かっていて、答えることが出来なかった。
「まだ、少し目眩がするの。長い間起きているのも辛くて……正直、今日も一日休めるなら嬉しいと思っちゃった」
特別急ぐ旅ではないが、そんなにゆっくりとしている事も出来ない。焦る気持ちとは裏腹に、うまく体が動かなくてやるせなかった。
「じゃあ、ゆっくり休め」
ぽんぽんっと優しく頭を撫でられて、咲良は柚希を振り仰ぐ。久しぶりに間近でみる柚希は頼もしくみえて、ふわりと安心感が満ちる。
ころんとベッドに寝転がった咲良は顔の下まで布団を引きあげる。
「柚希がいると安心する……」
ぽつっとこぼした本音に、柚希は瞠目して咲良をまじまじと見つめる。
「なっ……どうしたんだよ……?」
嬉しいのに、素直に褒められると照れ隠しに素っ気ない言い方になってしまった柚希は腕で顔を隠して視線を横にそらす。
「……風邪、ちゃんと治るまで浪華にとどまった方がいいんじゃないか?」
話をそらすように言い、柚希は部屋の中に視線をさまよわせてから横目で咲良を見る。
「浪華を出て北の国境を越えれば、その先は整備されていない険しい道が続くし、鉱山は山道だ。体調を万全に整えてからの方がいいと、俺は思うよ」
「そうかもしれない……けど、ほんとにこの目眩は風邪じゃないのよ」
咲良の身に降りかかる体調不良の原因が耳飾りだと言えたら楽なのだが、そのことを隠している咲良は上手く説得する言葉を持っていなかった。
「風邪じゃないって――」
言ってベッドに腰掛けた柚希が、振り返りざま咲良の肩の横に手をついて顔を傾けたので、急激に顔が近づいて咲良がビクッと肩を震わせる。
柚希は一瞬、大きく目を見開き、それからベッドについた手とは反対の手で咲良の額に触れる。
咲良の顔を覗きこむようにした柚希は、その眉間にぎゅっと皺を寄せて睨むように咲良を見つめる。
「まだ微熱が続いているだろう?」
風邪じゃないと言い張るのは、咲良が意地を張っているのだろうと思った柚希は呆れたため息をついてサイドテーブルの上から濡らしてしぼった手拭いを取り上げて、咲良の額にぺちゃりと乗せる。
ひんやりと伝わる熱が気持ちよくて、咲良は目を細める。
さっき柚希が覆いかぶさるように近づいてきた時、朱璃がしたように額を近づけて熱を計ろうとしたのかと思って動揺してしまった。
自分一人が柚希相手にドキドキしてしまったことに咲良はもやもやする。