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第22話  恐怖と隣合わせ



 咲良が朱璃に看病されている間、柚希は目覚めた時の一度しか、咲良の元に行くことができなかった。

 朱璃に厳しく言われて落ち込んでいたのもあるが、緊急事態とはいえ咲良の裸を見てしまい、雪のように白い肌が脳裏から離れなかった。

 咲良を目の前にして平静でいられなくて、目覚めた時に様子を見た後は、咲良に近づくことも出来なかったのだ、が――

 咲良が旅の続行を決定した今、柚希が咲良を自分の馬に乗せての移動になる。咲良を避けることは出来ない。

 旅装を整えながら柚希は大きな深呼吸を繰り返し、背に担いだ杏の弓矢を握る手に力を入れた。

 部屋を出るとすでに咲良と朱璃は厩に行ってしまった様で、蘭丸と二人で階下へと降りていく。

 厩に行くと、すでに馬に荷物などを括りつけ旅支度を整えた朱璃が振り返る。


「おはようございます」


 その笑顔は、男の柚希から見ても花が綻ぶような気品にあふれた美しさで、呼吸をするのを忘れそうになってしまう。


「おはようございます、朱璃様」

「朱璃様、部屋で待ってて下さいっていったんですけどねぇ……」


 蘭丸が呆れた口調でいいながらも、満面の笑みを浮かべる朱璃を見て、にやにやと頬を緩める。

 朱璃は蘭丸の表情を見て、ふいっと視線をそらす。横を向いた端正な顔が赤みを帯びていることに気づいたのは蘭丸だけだった。

 柚希は……というと、朱璃の更に奥に視線を向けて瞠目する。

 そこには、朱璃の愛馬である白く艶やかな毛並みの馬上に、マントに包まれた咲良がちょこんと座っていたからだ。

 柚希は咲良が体調を崩したのは自分のせいだとずっと悔やんでいた。だから、朱璃の言い分は正論だと思うし言い返せなくて、咲良の面倒も本当は自分がしたかったが、ぐっと堪えて朱璃に咲良をゆだねた。

 それでも――咲良が旅の再開を告げれば、咲良を守るのは自分だと思っていた柚希は、当然のように朱璃の馬に乗っている咲良を見て、言い知れない胸の痛みに襲われる。

 食い入るように見つめていた柚希と視線の合った咲良は、瞬時に頬を染めて視線をそらす。まるで、拒絶のようなその反応に、柚希は愕然とする。

 まさか、具合が悪い時に着替えさせたことを知って、怒っているのか――?

 さぁーっと血の気が引いて、手足が急激に冷たくなる。

 すでに自分の馬を引きだしてきた蘭丸は、呆然と立ちつくしている柚希に気がついた声をかける。


「柚希君、どうかした?」

「いえ、その……」


 咲良に直接聞くことも出来ず、言葉を濁した柚希に気がついた朱璃が、ふわりと春の日差しのような笑みを浮かべる。


「ああ、幼馴染の柚希の役目を奪うようで心苦しいのですが、咲良がどうしても(・・・・・)私の馬で移動したいというのでね、いいですよね? 柚希」


 強調するように言われたその言葉に、一気に背筋が凍る。その言葉を聞いた柚希は自分の予想が確信へと変わっていき、頷くしかなかった。


「はい……」

「さぁ、それでは行きましょうか?」


 気品にあふれた笑みで言われて、柚希も慌てて黒鹿毛の馬を引き出して、ひらりと馬上に跨る。

 その様子はとても精悍なのに、馬上の柚希は肩を落とし、真っ青な顔で唇をかみしめた。



  ※



 朱璃の白馬に乗せられていた咲良は、美しすぎる笑みを浮かべて言った朱璃の言葉に、びくんっと肩を震わせて、心の中で猛反論する。

 どうしてもだなんて、私は言ってないわぁ~~~~……

 強いて言えば、朱璃様が……

 部屋を出る前の出来事を思い出して、見る間に顔が赤くなっていく咲良。



 ここ数日で恒例になってしまった食事時間――

 朱璃に抱きかかえられるように膝の上にちょこんとおさまる咲良は頬を桃色に染めながら、朱璃に食事を食べさせて貰っていた。

 本当はこんなの恥ずかしすぎて嫌なのに、言い方は柔らかいのに逆らうことを許されない威厳に満ちあふれていて、やんまりと丸めこまれてしまう。

 手伝ってもらわなければ食べるのに何時間も掛かってしまいそうで、咲良は渋々現状を受け入れていたのだが……


「あの~、朱璃様……?」


 戸惑いがちに口を開き振り仰いだ咲良に、朱璃は香るような笑みを浮かべて小首を傾げる。


「なんですか?」


 言いながら朱璃は、膝の上に座る咲良を片腕でしっかりと抱きしめ、片手でティーカップを口に運ぶ。すでに食事を終え、朱璃は一人、優雅に食後のティータイムを楽しんでいる。


「あの、もう食事は終わったので、そろそろ下ろして頂けませんか?」

「私はまだティータイムが済んでいませんよ?」


 他の人が言ったら屁理屈に聞こえる言葉も王子様仕様の微笑みを向けられれば、咲良に反論することは出来なかった。だけど……そう言って、かれこれ三十分以上は経っている。慣れたわけではなくて妥協しているだけで、咲良にとって現状は恥ずかしい以外の何物でもない。

 顔を赤く染めて俯き、なるべく朱璃と視線を合わせないことで平静を保とうと思うけど、頬に触れる逞しい胸、優しく抱きしめながら力強い腕に男らしさを感じて、意識せずにはいられなかった。

 静かなすする音を聞いて、お茶が飲み終わったのだと思い、ぱっと顔をあげれば、ふわりと微笑んだ朱璃が頬に手を添えて、甘く絡んだ視線から逃れられなくなってしまう。


「あっ、あの……っ!?」

「この手を離せば、そなたは私の腕をすり抜けて行ってしまいそうで、離したくないな」


 斜めに見下ろす瞳は切なさを帯びてきらめき、魅惑的な眼差しで強く見つめられて、ドキッとする。

 咲良は自分で分かるくらいも顔を真っ赤に染め、見つめる朱璃の視線からそらすことが出来ない。


「片時もそなたを離したくない――、今日からは私の馬で移動して下さいますね」

「えっ……!?」


 動揺に大きな声を上げた咲良を、ほんの少しの憂いを帯びた瞳で哀しげに見つめる。


「ダメ、ですか……?」


 そう言いながら、咲良を抱きしめる力を強くする朱璃に、咲良はパニック寸前で口を開ける。


「ダメとかそういうのじゃなくて、あの、とにかく腕を離してっ、下ろして……っ」


 三日間つきっきりで看病され、耳元で甘く囁かれて、熱い眼差しで見つめられて、咲良は沸騰直前だった。

 とにかく、朱璃様から逃げなきゃ――

 本能がそう叫んで、ガタガタの体に鞭打って旅の再開を告げたのは、朱璃から距離を取るためでもあった。移動はこれまで通り柚希の馬に乗せてもらうつもりだったし、部屋割も柚希と一緒がいいと思っていた。

 それなのに、そんな咲良の心を呼んでいるのか、咲良が嫌とは言えないように、哀しそうな表情で咲良を見つめた。


「嫌です……、私の馬で移動すると言って下さるまで、離しません……」


 捨てられた子犬のように瞳を潤ませて懇願されれば、これ以上拒絶することは出来なかった。

 とにかく、離してくれるなら――それが一時的なことでしかないとは、この時の混乱した状態では咲良は気付けなかった。


「わっ、分かりましたからぁー、離して下さいぃ……」


 咲良の悲鳴に近い叫びを聞いて、朱璃は腕に込めていた力を緩め、優雅な手つきで咲良を椅子の上に下ろす。


「それでは、行きましょうか?」


 きらきらと眩しいほど輝く笑みを見て、咲良は顔を引きつらせる。ついさっきまで瞳を潤ませて懇願していた人と同一人物とは思えない豹変ぶりに、言葉では表せない恐怖が背筋を駆け廻る。

 そんなわけで、ほど脅しに近い状態で言い含められた咲良は、しぶしぶ、朱璃の馬に乗っていたのだ。

 もちろん、柚希に助けを求めることも考えたが、なんだかそんなことをした日には、お日様の下を歩けなくなるような恐ろしいことが起こりそうだと本能で感じて。

 柚希を見ると助けを求めそうになる口を紡ぐために、柚希からぱっと視線をそらしたのだった。




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