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第21話  魅惑の王子



 熱は下がったが、咲良が一人で動くのもしんどいということに目ざとく気付いた朱璃は、咲良のすべての世話を買ってでた。

 咲良は大丈夫だと言ったが、事実、自分一人では何も出来なくて、朱璃の申し出を断ることができなかった。

 こんなふうに体中だるくて、体に力が入らない原因は、紅葉のいいつけを破って耳飾りを外したせいだと分かっていたが、咲良はなんとなくそのことを皆に隠していた。

 いいつけを破ったことや耳飾りを盗賊に渡したことを言ったら、盗賊に嫌悪感を抱いている柚希には怒られそうだし、柚希とはぐれて盗賊に会っていたと言って心配させたくなかった。

 だが、耳飾りが原因で体調が悪いと黙っているせいで、原因不明の風邪、初めての旅での疲れ、と騒がれて、具合が良くなるまでは山華で様子を見た方がいいと朱璃に押し切られてしまい、咲良は参っていた。色んな意味で。だって、ねぇ――



  ※



「咲良、さあ、こっちを向いて――」


 耳元で甘い声にささやかれて、咲良はドキドキと震える鼓動にきゅっと目をつぶる。


「あっ、ダメです、朱璃様……」

「可愛い咲良、こっちを向いてごらん」


 優しく、だけど絶対の服従を匂わせる王族特有の威厳にみちた声で言われては、咲良に逆らうという選択肢はない。

 重たい体をゆっくりと動かして振り向いた咲良は、息が触れそうな距離にある端正な美貌に息が止まるほど見つめられて、赤面する。


「やっぱり、恥ずかしすぎますぅ~」


 涙声で訴える咲良に、朱璃はまいったというようにくすりと小さな笑みをこぼして優しく咲良の口元に手を運んだ。

 宿屋の客室、ベッドの上に座った朱璃は、その膝の上に咲良を抱きかかえて、振り向いた咲良の頬に手を掛ける。頬にかかる髪を優しくかきあげながら、側に置いた盆を引き寄せて、一口大に切った桃を手づかみで咲良の口元に寄せた。


「さぁ、あーん」


 一瞬たじろいだ咲良は、覚悟を決めて口を大きく開ける。ぱくりと桃を頬張ったが、その様子をじっと見られている事に気づいて、恥ずかしくてたまらなかった。

 恥らうその様子がいっそう朱璃を刺激しているとは気付かず、咲良は顔を真っ赤にして視線をさまよわせた。

 口の中に入った桃はひやりと冷たくて、熱を帯びてだるい体には心地よかった。

 一度食べてしまえばそれほど抵抗もなく、二個目、三個目と桃を食べさせてもらう。

 約二日間何も食べていなかった咲良は、桃を三口食べて少し元気になった気がして、お風呂に入りたい事を伝えると、朱璃がキラキラの眩しい笑顔を浮かべて咲良をふわりと抱き寄せた。


「わかりました、風邪に効く薬湯を準備させましょう」


 言いながら、抱擁をとき自分をベッドにおろしてくれた朱璃に、咲良は安堵の吐息をもらしたのだが。


「私が綺麗に洗って上げますからね」


 まぶしいほどの笑みを浮かべて言われて、咲良は凍りつく。

 ご機嫌で朱璃は部屋を出ていき、ぱたんと閉まる扉に虚しく手を伸ばす。

 むっ……無理ですからぁ~~~~っ!!!!

 朱璃様に体を洗ってもらうなんて、恐れ多くて……

 ってか、それ以前に裸を見られるなんて恥ずかしすぎる。絶対にそんなこと出来ないっ!!

 ベッドにおろされた格好のまま顔を真っ赤にして固まっていた咲良は、ガチャリというドアノブの回る音に肩を震わす。

 どっ、どうしようっ。朱璃様が戻ってきちゃったぁ――――っ!?

 混乱状態で考えもまとまらない咲良は、ゆっくりと開いた扉から、湯気をたてた桶を持った従業員がぞろぞろと部屋に入り、部屋の奥、衝立の向こうの大きな湯桶にどんどんと流しこんで行く。

 にこりと端正な美貌に笑みを浮かべた朱璃が最後にやってくる。嫌だけど王子様に向かってそんなことは言えないしどうにも逆らえなくて、咲良は小動物のように小さくなってぶるぶると体を震わせる。

 その様子を見て、気品漂う漆黒の瞳の中に、切なげな影が浮かび上がる。


「咲良、さあ、お風呂に入りましょうか」


 優しく咲良の背中と膝の裏に腕をまわすと、有無を言わせる間もなく軽々と持ち上げてしまう。

 朱璃にお風呂に入れさせてもらうのは嫌だったが、長身の朱璃の胸の高さに抱きあげられて、高さに驚き思わず朱璃の首に抱きついてしまう。

 首に回された腕と肌にぴたりと触れる濡羽色の髪から、ふわりと甘い香りが漂い酔いしれる。

 このまま離したくない――

 強い思いが胸にあふれて、愛おしくてたまらなくなる。

 咲良を抱き上げる腕に力を込めた朱璃は、衝立を越え、ふわりと咲良を下ろす。


「……っ」


 身構えて目をつぶっていた咲良だったが、さぁーっと人の気配が動くのを感じて、恐る恐る目を開けると、そこには朱璃の姿はなく、宿屋の従業員と思われる女性が二人立っていて、咲良と視線が合うと頭を下げた。


「私が洗ってあげたいが、咲良とはまだ知り合ったばかりです。今日のところは我慢して、従業員の方にお手伝いを頼みました。私は隣の部屋に行くので、疲れない程度に心おきなく湯を楽しんで下さい」


 気遣いの伝わる優しい声音が室内に甘く響き、遠ざかる足音がして、パタンと扉が閉じた。

 ふぅーっと安堵の吐息をもらすと、横に立っていた二人の女性がお互いに顔を見合わせていた。


「素敵な方ですね」


 微笑んで言われて、咲良はかぁーっと顔が赤くなる。

 その言葉だけで、朱璃がどんなに咲良のことを思っているのか伝わってきて、胸をつく。胸が苦しくて、どうしてこんな気持ちになるのか分からなかった。

 もう一度ため息をついた咲良は、とにかく考えるをやめようと思った。

 この数日で、いろんなことが起こり過ぎている。少し冷静になって頭を整理しないとだめかもしれない。

 とにかく今は、お湯でさっぱりしようと思い、二人に手伝ってもらいながら、朱璃の用意させた薬湯を満喫した。


  ※


 ベッドに座って上体を起こした咲良は、手のひらを握ったり開いたりして、一人頷く。

 全体的にだるいのは変わらないが、少しは動けるようになったし、何日も山華にとどまっているわけにはいかない。

 咲良の体調不良の原因は風邪ではなく、神力の宿る耳飾りを外してしまったことが原因で、いくら休養しても回復は見込めない。というか、疲労がたまるばかりだった……

 咲良はそぉーっとベッドの横に座り、輝かんばかりの笑みを浮かべて本を読んでいる朱璃に視線を向ける。

 朱璃の視線は膝の上に広げた本に向けられ、左手でページを捲り、右手は咲良の手をしっかりと握りしめている。

 咲良が目覚めてから三日、朱璃は言葉通り咲良につきっきりで世話をしてくれた。お風呂と着替えだけは、宿の従業員の女性が手伝ってくれたが、それ以外は四六時中側にいて、咲良の手足となってくれた。食事を食べる時は朱璃の膝の上、腕の中に抱きしめられながら食べさせてもらい、何かしてほしいことがあればなんでも聞いてくれた。夜はもちろん同じ部屋で就寝し、朝も咲良より先に起きてあれこれとしてくれた。

 もちろん朱璃には言葉では言い表せないほど感謝をしているが、常に甘い笑みを浮かべ、とろけるような甘い言葉を耳元でささやかれては、咲良の心臓が持ちそうになかった。

 育った村では年の近い異性は柚希くらいで、あとは父親くらいの年齢か、四、五歳の子供だった咲良は、男性に対する免疫がなくて、戸惑ってしまう。

 普通にしているだけでも、息も止まるような端正な顔立ちの朱璃がずっと側にいられては、気の休まる時もなくて、精神的にまいっていた。

 自分で立ち上がることもできなければ、元気だという証明も出来ず、咲良は大人しくすこしでも動けるようになるのを待っていた。

 そして、よろめきながらもベッドを降りることができた咲良は、朱璃達に黄山への旅を再開することを告げた。




あまあま、こんなかんじでしょうか~

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