第2話 運命の日
『良い未来も悪い未来も己の力次第で変えられる。決まっている運命などないのだ――』
そういうのが紅葉の口癖だった。
だから、まさか運命の相手に会うと言われるとは思わなくて、咲良は動揺を通り越して呆けてしまう。口をぽかんとさせていると。
「話はこれで終わりだ」
紅葉は素っ気なく言い、予言の間から咲良を追いだしてしまった。
鼻先でパタンと閉まる扉を呆然と見つめた咲良は、どこをどう歩いて自室まで辿り着いたのか記憶がなかった。気が付いたらベッドの中で仰向けになっていた。
「運命の相手……」
ぽつりとこぼした咲良は、形のない物を掴むような漠然とした気持ちが拭えなかった。
いつか素敵な人と出会って恋をして、母や父のように結婚して子を産んで――
そんな未来を思い描いたこともあるが、いきなりその相手に出会うと言われて、正直戸惑っていた。
どうして大ばば様はあんなことを仰られたのかしら――
不安と少しの期待を胸に、咲良は睡魔の中に落ちていった。
※
翌日、騒がしい物音に、咲良はがばっと身を跳ね起こした。
被っていた毛布を足元まで下げベッドから足をおろすと、そばにあった上着を白い夜着の上から羽織り、部屋の外に出た。
紅葉の館には、紅葉とその孫息子の柚希、使用人が数人と咲良が暮らしている。
個室の扉が並ぶ通路を進み一階に降り、食堂に足を向けたが、そこはがらんと静まり返り、誰の姿もなかった。朝は皆がそろう食堂に、誰もいないことを不審に思いながら、喧騒が館の外から聞こえている事に気づき、外に出て、驚愕の光景に息をのむ。
村の西側から火の手が上がり、馬のいななきや怒声に混じって悲鳴が聞こえる。村の外れにある紅葉の館の近くには人の姿は見えないが、異様な事態に咲良は眉間に深い皺を刻む。
一体、何が起こっているの――?
尋常ではない様子に、咲良は村の西側へと走り出した。
逃げまどう村人とそれを追うように青錆色の外套を羽織った騎兵と歩兵がうろついていた。隣国・蒼馬国の王軍だった。
騎兵の中で、ひときわ豪奢な武具を身につけた男――おそらく将軍が見下すような鋭い視線を投げつけながら叫んだ。
「村長はどこだ――? 大巫女を出せ――。ここにいるのは分かっている――」
村人は怯えながらも東側へとわずかに視線を走らせたのを、咲良は見逃さなかった。
東側にあるのは村長の館。村長はまだ館に――?
きっと大ばば様もそこにいるに違いない――
確信に近いものを感じ、咲良は兵に気づかれないようにゆっくりとその場を抜け出し、村長の館へと向かった。
館の前には、押しかけた村人とそれを宥める紅葉の姿があった。
「みなの者、落ち着くのだ。すでに王都へ知らせを出した。間もなく王軍が救援に駆けつけるだろう」
涼やかな目元に僅かに憂いを宿し、凛とした声音で言う紅葉を、すがるように村人が囲む。
「さあ、私の館の中へっ」
促すように言った村長の声に、わらわらと村人が玄間をくぐる。
人混みをかきわけ、紅葉の元に駆け寄ってきた咲良に、紅葉は一瞬、目を見張り、それから小さな吐息のような声をもらす。
「来たか……」
その言葉は誰に聞きとられることもなく、風にさらわれる。
「大ばば様……っ! これは一体――」
紅葉は面倒そうに眉根を寄せると、形良い唇をきゅっと噛みしめる。
「朱華国の国宝を私が持つと聞きつけて、隣国の兵が襲ってきたのだ」
「国宝……ですか?」
黄山を囲むように世界に存在する四つの大国には、黄帝から下賜された宝が存在する。朱華国ではその国宝を歴代の大巫女が管理することになっているが、紅葉の側に仕えながら今まで一度もその国宝を見たことがなかった咲良は首をかしげる。
秘宝と言われるだけあって滅多に目にすることができないのだろうが、忘れ去られたような存在の国宝。それがなぜ狙われるのか、しかも隣国が欲しがる理由を理解できなかった。
話しこんでいる間に、村人と村長は館の中に避難し、あたりには咲良と紅葉の二人だけになっていた。
その時、荒々しい蹄の音が響き、砂埃が上がり、先程声を張り上げていた将軍が先頭を切り、その後ろに青錆の外套をまとった配下の歩兵三人が続いてきた。
威厳に満ちた瞳で男を睨んだ紅葉に、将軍は冷たい視線を向ける。
「お前が朱華国の大巫女か――」
「隣国の一兵士に名乗る義務はない」
冷たく言い放つ紅葉に対して、馬上の将軍は厳つい体を震わせ、顔を怒気に赤らめる。
「それよりも、直ちにこの村を立ち去るのだ。隣国がこの国に干渉することは許さぬ――」
鋭く言い放つ紅葉に、つき従っていた兵士が戸惑った声を上げる。
「右将軍、どうしますか?」
威厳に満ちた瞳、巫女と分かる衣装を身につけた紅葉は、誰が見ても大巫女であることが分かる。だが、侵略を許さない激しい瞳に睨まれて、兵士は剣をつきつけることを躊躇う。
「よい、捕らえよ――」
「できるものなら、捕えてみよ」
紅葉は凛とした瞳を不敵に輝かせ、言うと同時に兵士達に向かって両手を突きだした。
瞬間、ほとばしる炎が鳥の形をとり、兵士めがけて襲いかかった。
兵士達は炎にまかれ逃げまどうが、そんな中、炎の鳥を交わした将軍は白刃をきらめかせ、紅葉に真横から切りかかってきた。
「この――っ」
側にいた咲良は、とっさに紅葉をかばうように両手を広げ、将軍と紅葉の間に滑り込んだ――