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第19話  目覚め



 高いところから落ちるような衝撃に、咲良はびくっと肩を揺らして、何かを強く握りしめた。

 朦朧とする意識の中、今さっき自分を見つめた鋭く重厚な赤い瞳を思い出して、ざわざわと背中が震える。

 あれは誰だったのだろう――

 そう思いながらも、心の奥底では誰なのか咲良には分かっていた。絶対的な威圧感を放つ赤い眼差し、世界が称えるようなあざやかな黄金の輝き。

 これから自分が向かおうとしている場所を再認識させられて、重たい瞼をゆっくりと持落ち上げる。

 視界には見慣れない天井が映り、すぐに宿屋の客室だと思い至る。

 ああ、私、帰って来たのね――

 今日一日で起きた出来事が遠い過去のように思い出され、胸がじくじくと痛む。

 自分を見つめる青みを帯びた魅惑的な眼差し。力強く抱きしめられ、すぐ側に感じた逞しい体。何度も触れあった唇に――

 咲良はそっと指を這わせてから、耳飾りのなくなった左耳に触れてくすりと苦しげな笑みをもらす。

 こんな気持ちは初めてだった。紅葉のいいつけを破ったのも初めてのこと。

 胸に溢れる温かな気持ちに涙が出そうになって目を強く瞑り、体を起こそうとして、体が石のように重く動かないことに、その時やっと気づく。

 体がだるく身じろぐこともままならない。それと同時に、体の奥から力がみなぎるような、不思議な解放感に包まれる。

 きっとだるいのは耳飾りを外してしまったせいね――

 旅の出発の前、紅葉から呼び出された咲良は、耳飾りを決して外してはいけないと言い聞かされていた。

 物心がついた頃から身につけていた耳飾りは、亡くなった母親の形見だと言われてきた。だが、出発前に聞いた話は、幼い頃に聞いた説明と少し違っていた。

 咲良の体は生まれた時から著しく体力がなく、神力の宿る耳飾りで体力を安定させているという。だから決して耳飾りを取ってはいけない――そう言われていたのだが。

 青羽のためになにか力になりたいと思って、咲良ができることがこれしか思いつかなかったのだ。


『決して耳飾りを外してはいけない。もしも外す時は――』


 紅葉の凛とした言葉が脳内に響き、咲良はぎゅっと瞳を瞑る。

 気休めかもしれない、初めはそう思ったが、耳飾りを外してから感じる体のだるさが耳飾りの神力を裏付けているようで、自分の体調よりもそのことの方が嬉しかった。

 後悔なんてしていない。青羽の力になれて幸せだった。

 ゆっくりと体を横に向けて、なるべく体力を使わないように起き上がろうとした咲良は、左手の温かな感触に違和感を覚える。

 そういえば、目覚めた時に何かを握り、ずっと繋いでいるようだった。

 視線だけで手の先を見れば、咲良の寝ているベッドに上体を預けるようにして椅子に座った朱璃が静かな寝息を立てていた。


「あ、かり、様……っ!」


 思いもよらない人物に、咲良は動揺して声が掠れてしまう。

 その声に気付いたように、朱璃がゆっくりと身を起こし、目を見開いて自分を見つめる咲良を見て、うっとりとするような甘く優しげな微笑みを浮かべる。


「咲良……気が付いたのですね……」


 心底安心したと言うような朱璃の声に、咲良は自分がどれほど心配を掛けてしまったか悟って、申し訳なくなる。


「あの、私……」

「市場で柚希とはぐれたそなたは雨にぬれて宿で倒れたんだよ。酷い高熱を出して一日うなされていた……」


 そう言った朱璃は、自分の事のように辛そうに眉根を寄せて、繋がったままの咲良の手を愛おしそうに包み込んだ。

 起き上がろうとする咲良を背中に腕をまわして手伝った朱璃は肩を支え、咲良の顔の側で顔を斜めに傾け近づいてくる。

 突然のことに目を瞬いた咲良は、コンっという優しい音に、かぁーっと頬が赤くなる。朱璃の額が咲良の額にぴったりと合わされ、すぐ目の前に艶やかな漆黒の瞳がきらめきを宿して、ドキドキせずにはいられなかった。

 そんな咲良の様子に気づきもせず、朱璃は考え込むように瞳に真剣な光を宿し、小さな吐息をもらしながら、咲良から離れて椅子に座り直す。


「熱はだいぶ下がったようですね」


 安心したように言った朱璃は、いつもの気品に満ちた笑みを浮かべる。


「なにか少し食べますか? 薬があるので、食べられるなら少しでも胃に入れた方がいいですよ。それとも着替えますか? あっ、冷やした桃があるのでそれも持って来させましょうか?」


 優しく問いかける朱璃に、咲良は部屋の中をきょろきょろと見回して首を傾げる。


「あの……柚希はいないんですか?」


 その問いに、なんの疑問も持たずに朱璃は平然と答える。


「彼なら私の部屋にいますよ」

「えっと、みんなで交替で看病していただいてありがとうございます。でもこれ以上は朱璃様にご迷惑をかけるわけにいかないので……えーっと、柚希を呼んでもらえますか?」


 言葉を選びながら、咲良は遠慮がちに言う。

 高熱を出して丸一日寝ていたというだけあって、咲良の服は汗でべとべとして気持ち悪く、まず着替えをしたいと思った。だが、浮き上がるのも一人ではできない今の状態では誰かに手伝ってもらうしかない。

 柚希になら迷惑を掛けてもいいというわけではないが、とてもじゃないけど王子様相手にはこんなことお願いできないと思った。

 朱璃の様子をうかがいながら言う咲良に、朱璃はなんともいえない複雑な気持ちになる。

 咲良には、まず一番に自分を頼ってほしかった。咲良の看病をしたのは自分なのに、開口一番に柚希の名が出てきた事が気に食わなかった。

 自分だったら市場で咲良の手を離したりはしないし、絶対に一人にはしない。雨の中知らない土地を歩きまわさせて、風邪で倒れるようなことにはさせなかった。

 幼馴染と言うだけで咲良から絶対の信頼を受けて、同室を希望された柚希を羨ましいと思うと同時に憎らしくも思う。

 ここまで私情で心を揺らしたのは初めてで、朱璃自身戸惑っていたが、感じたままにこの気持ちを育てると決意した時から、朱璃には後悔はなかった。

 不安げにこちらを見つめる咲良の腕を強く引き、朱璃は逞しい腕の中に閉じ込めるように強引に抱きしめる。

 突然腕を引かれた咲良はベッドから落ちそうになり、朱璃の服の上からでは分からなかったがほどよい筋肉の着いた逞しい胸に抱きとめられて、息をするのを忘れそうだった。


「咲良――愛しています。まだ出会ったばかりでこんなことを言っても信じてもらえないかもしれない、それでも、出会った瞬間からそなたに強く惹かれている。この想いは決して偽りではない」




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