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第17話  緊急事態



 朱璃に続き蘭丸が宿を出ていった後、一人残された柚希は夕飯を食べる気にもなれず食堂の席に静かに座った。

 宿の入り口の見える場所を選び、ひたすらそこに視線を向けていた。

 朱璃に敵意に似た鋭い眼差しで睨まれたことも応えたが、それよりも弓に夢中になって咲良の手を離してしまったことを深く後悔した。これでは旅に同行した意味もないと、どんどん自己嫌悪に陥っていく。

 がやがやとしていた食器の音と賑やかな話声もしだいに少なくなり、柚希はふっと窓に視線を向ける。降り続いていた雨は今はやんでいる。

 その窓に面した通りに動く人影を見つけた柚希は反射的に宿屋を飛び出す。直感で、それが咲良だと思った。

 宿屋の外に出ると、ひゅーっと湿った風が音をたてて通りを吹き抜けていく。軒先に灯された灯火の明かりに浮かんで人影は間違いなく咲良で、柚希は慌ててそばに駆け寄った。


「咲良っ、大丈夫だったか? 心配していたんだぞ、いままでどこにいたんだ?」


 息もつかず問いかけた柚希は、暗闇でも分かるくらい咲良の顔色が悪いことに気づいて、はっとする。

 咲良の額に当てた手のひらに尋常じゃない熱を感じて、ぎゅっと眉根を寄せる。見れば、身にまとう衣装はずぶぬれで、所々敗れている。

 尋ねたいことはたくさんあったが、今はすぐに宿の中に連れていくのが先決だと判断して、柚希は無言で咲良の手を引き、宿の部屋へと向かった。



  ※



 咲良は盗賊団の隠れ家から、どこをどうやって宿まで辿り着いたのか覚えていなかった。

 洞窟を出た時は、確かに青羽の背を見て歩いていたが、いつしか視界が歪み、街の端に着いた頃に雨が振りだし、青羽がなにか言っていたような気もするが、咲良の記憶はおぼろげだった。

 朦朧とする視界のまま、咲良は柚希に手を引かれるまま部屋へと向かった。


「咲良、とにかくその濡れた服を着替えて」


 ごそごそと荷物をあさり咲良の服を取り出した柚希は、片手に服を持ち、咲良を衝立の向こうへと押しやる。


「いま、お湯を持ってきてもらえるように頼んで来るから」


 そう言って部屋を出ようとした柚希は、返事がないことを訝しむ。


「咲良……?」


 声をかけて様子をうかがい、そぉっと衝立を覗きこんだ柚希は、はっと息をのむ。

 力なく床に座り込んだ咲良は頬は上気し、額にはびっしょりと汗をかき、苦しそうな呼吸を繰り返していた。


「大丈夫か? しっかりしろっ」


 揺さぶって声をかけるが咲良の返事はなく、柚希はぎゅっと瞳を閉じると、なにかを決意したように瞼を開ける。


「このままじゃ風邪ひく……着替えさせるからな……」


 返事が返ってこないことは分かっていたけど、そう言わずにはいられなかった。

 今は緊急事態だ――

 心の中で何度も唱え、柚希は咲良の腰紐に手を掛けた。

 濡れて体に張り付いた衣服を取りさり、視線をそらしながら肌着も脱がしていく。

 なるべく見ないようにとは思っても全く見なくいで着替えさせることは出来なくて、必然的に視界に入ってしまう咲良の裸――

 幼い頃、何度も一緒にお風呂に入ったことがある柚希にとって、咲良の裸は初めて見るわけではない。だが、幼い頃の記憶よりも目の前の咲良は成長していた。

 どこまでも透き通る雪のように白い肌、華奢な体は静かに横たわり、胸には二つの豊かな膨らみ。

見とれてしまうほど美しい体に、高鳴る鼓動を押さえることが出来ない。

 このまま強く腕の中に抱きしめてしまいたいと思う衝動を必死に押さえ、乾いた布で咲良の体を手早く拭き、真新しい服を着せる。

 さっと合わせた胸元から視線をそらし、腰帯を結んで、細く長い吐息をもらす。

 背中と足に腕をまわして咲良を抱き上げベッドまで運び、静かに横たわらせる。体の上に掛布を掛けた、額に乱れた髪を掻きわける。

 咲良のベッドの側に椅子を引き寄せた柚希は、苦しそうに吐息をもらす咲良の顔を見つめる。


「咲良、ごめん、俺のせいだ……」


 頬を赤く染めた咲良の額に手を乗せた柚希は、咲良がひどい熱を出していることを改めて確認し、苦しげに吐息をもらす。

 離れていた数時間のあいだに、咲良の身に何が起きたのか分からない。だが、自分が手を離さなければ、咲良が熱を出すことはなかったかもしれない――という思いが離れなくて、柚希は自己嫌悪にぎりりと奥歯を噛みしめた。



  ※



 咲良が寝るのを見届けた柚希は一階の食堂へと降り、戻ってきた朱璃と蘭丸に事情を説明する。


「よかった、戻ってきたんだね。咲良ちゃん、雨にうたれて風邪ひいたのか? とにかくどうするかは、今日はもう遅いし明日決めよう。我々も早く着替えたいしね」


 服に着いた雫を払いながら蘭丸がにこやかに言い、柚希は頷き返す。その横に立つ朱璃は、濡れた漆黒の髪で表情を隠し、無言で部屋へと足早に消えていった。



 夜が明け、朝になっても咲良の熱が下がらず、医者を呼ぶことにする。


「うーん、風邪だろうね、普通の。体力が弱ってるからしばらくは無理をしないほうがいいと思うけど、まあ、寝てれば治るだろう」


 そう言い、飲み薬を置いて医者は帰って行った。


「咲良ちゃんが黄山に行くのが目的の旅だから、咲良ちゃんが元気になるまで待つしかないよなぁ~」


 空いたベッドに腰掛けのんびりとした口調で言った蘭丸に、咲良の側の椅子に座っていた朱璃が静かな、だが強い口調で言う。


「咲良の看病は私がしよう」

「えっ?」


 突然の朱璃の言葉に、蘭丸と柚希が同時に聞き返す。


「朱璃様……?」

「柚希、君が大巫女の孫として咲良の世話を任されているのは分かっています。だが、今回のことは君の落ち度だ、私はそれを許さない。これ以上、咲良を君には任せられません」

「それは……っ」


 朱璃の厳しい口調に、柚希は言い返すことが出来なくてぎゅっと唇をかみしめ、悔しそうに瞳を揺らす。


「今日から私はここで咲良の看病をしますから、柚希は蘭丸と同室です」

「朱璃様!? 本気でおっしゃってるんですか?」


 蘭丸はめんどくさそうに顔を顰める。


「本気だ」

「わかりました、朱璃様。咲良のことをよろしくお願いします」


 朱璃の決意に満ちた瞳を見据えられて、柚希は小さな声で言い頭を下げ、気落ちした面持ちで部屋を出ていった。




今年、初投稿です!

完結までよろしくお願いします。

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