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第15話  幼馴染の憂鬱



 山華の街に着いた翌日、朱璃と快斗と別れた柚希は、咲良を伴い市場に来ていた。

 旅の目的は、黄山に行き巫女の宣旨を受けることだったが、村から出るのが初めての咲良が市場に興味を持ち、見てみたいと思う気持ちはわからなくもなく、柚希は今日くらいいいかと思って市場に向かった。そのことを一時間もしないうちに後悔するとは思わずに――



 市場はにぎわいを見せ、すごい人ごみで歩くがとても大変なくらいだった。好奇心丸出しでらんらんと輝かせた咲良を放っておけば、数分もしないうちに人だかりに埋もれて迷子になるのは予想が出来て、咲良は王都の時と同じようにさりげなく咲良の手を握って歩いた。

 幼馴染から女の子として咲良のことを意識し始めた柚希にとって手を繋ぐことは今までのように当たり前には出来なかった。

 繋いだ指先から愛しさが溢れて、そこに体中の神経が集まる。すご横を歩く咲良に、ドキドキととんでもなく早く鼓動する心臓に気づかれはしないかと不安にさえ思う。

 だが、もちろん咲良はそんな柚希の心境になど気づくはずもなく、幼馴染として慕う柚希の手をきゅっと握りしめ、満面の笑みで市場に視線を向けた。


「あっ、ねえ、あそこにあるのなんだろっ」


 ぱっと顔を輝かせた咲良に強く腕を引かれて人混みの中に通り抜け、一つの出店の前に引っ張られていく。


「わぁ~、きれい……」


 山華名物、八宝彩の小物入れを見てうっとりとため息をもらした咲良の横で、同じように柚希も感嘆に肩を震わせていた。

 だが、柚希の視線の先は小物入れ屋ではなく、その隣の隣の出店に並べられた艶やかな輝きを放つ弓具屋だった。

 磨き上げられた弓に引き寄せられるように、無意識に咲良の手を離した柚希はふらふらと弓具屋に近づく。


「すごい……」


 そこには見たこともないような高価な素材で作られた弓矢がたくさん並んでいる。


「これって、もしかして梓弓? わっ、こっちは紫檀弓!?」


 驚愕に瞳を揺らして絶叫する柚希を見て、店主は落ち着いた表情に柔らかい笑みを浮かべる。


「そうですよ、こっちは黒檀弓さ」

「えっ、黒檀弓まで!? すげぇー、こんなに種類が揃っている店初めてだ……」


 ため息のような声をもらし、そわそわとし始める柚希。


「あの、素引きさせてもらってもいいですかね……?」


 店主の様子をうかがいながら、柚希はダメもとで試引きをさせてもらえるか聞いてみる。


「お客さんはいい体つきをしている」

「えっ、そうですか?」


 突然、自分のことを褒められた柚希は頬を染める。


「ああ、私はこの仕事して長い。弓使いをたくさん見てきたが、お客さんは若いのに相当な鍛錬をしていることは、体つきを見れば一目瞭然。あなたみたいな人に使ってもらえるなら弓も嬉しいでしょう。いいですよ、どうぞ、手にとって」

「あっ、ありがとうございます」


 柚希は照れながら、にっと微笑んだ口元に白い歯を見せて笑い、店先に並んだ弓に手を伸ばした。

 いくつかの弓を手にとり、全体をじっくり眺めたり試引きしたりして、柚希は最後に一つの弓を手にとって、一人頷く。

 それは花梨で出来た紅褐色の滑らかな曲線をえがく弓で、柚希の手にしっくりとなじむ。値段も手ごろで、弓と矢を揃いで買っても旅費に影響はなさそうだった。

 村を出る時、護身用に刀を持っては来ていたが柚希は刀よりも弓の方が得意だった。黄山までの道中、なにか危険があるわけでもないから武器など必要はないが、花梨弓に心が強く惹かれてしまう。


「それはいい弓だよ」


 店主が柔らかい笑みを浮かべて言うのを聞いて、柚希は力強く頷く。


「これくださいっ!」


 決意のこもった声で言い、柚希は花梨弓を購入した。

 にんまりとした笑顔で布で包まれた弓矢を大事そうに握りしめ、背に担いだ柚希は、その時になってようやく、違和感に気づく。

 そうだ、俺、咲良と一緒にいたんだった――

 咲良がいるはずの隣とみてもそこには咲良の姿はなく、さぁーっと顔から血の気が引く。


「咲良……? 咲良――っ!」


 声を振り絞って叫んでみるが、辺りから返事が返って来ることはなくて。柚希はいくつも並ぶ出店に咲良の姿はないかと視線を凝らしながら、何度も大通りを往復した。


「咲良――……」


 あれほど手を離すな、迷子になるなと言っておきながら、自分の方が市場に夢中になり手を離してしまったことを悔いる。


「くそっ……どこにいったんだ咲良……」


 柚希は苦々しく唇をかみしめ、人混みをかき分けながら大通りを駆けた。



  ※



 結局、何度も市場を往復したが咲良を見つけることは出来なくて、西の山に沈みゆく夕陽を背に受けて、柚希は宿屋へと足を向けた。

 朱璃達は夕刻のは宿に戻ると言っていたことを思い出し、ひとまず宿に戻ることにしたのだ。

 宿にはすでに朱璃と蘭丸は戻って来ていて、一階の食堂部分でなにやら話し込んでいた。

 近づいてきた柚希に気づいたのは蘭丸で、次いで朱璃が視線をあげ、くっと片眉をあげる。


「柚希一人ですか? 咲良はどうしましたか?」


 柚希の緊迫した面持ちに気づいた朱璃は、怪訝に瞳を細め、そこに咲良の姿がないことを鋭く指摘する。


「……っ、咲良とはぐれてしまいました」


 自分の失態にぎりっと奥歯を噛みしめ、柚希は苦々しい声を絞り出す。


「はぐれた――?」


 冷ややかな声で朱璃に問われ、何も言えずに柚希は視線を横にそらす。


「少し離れた間にいなくなっていた。市場は何度も探したけど見つからなくて……」

「はぐれたのっていつ?」


 苛立たしげな朱璃とは対照的に落ち着く払った蘭丸がこくっと首をかしげる。


「昼、少し前」

「はぐれてからだいぶ時間が経っていますね」

「咲良ちゃんだってもう十六歳なら一人で宿まで戻って来れるんじゃない? 二人ともそんな心配しなくても平気だって、まあ、柚希君も座って」


 柚希は勧められるままに席に座り、眉根を寄せる。

 村は街ほど広くはないが、それでも咲良は村はずれの川に水汲み行ったりしている。おばあ様の使いで村長の館にも訪れる。だから咲良は方向音痴ではないはずだ――

 そう考えて、柚希は焦る気持ちを落ちつけようとする。

 大丈夫だ、咲良は無事に戻って来る。俺が過保護すぎるんだ……

 握りしめた手元から視線を上げた柚希は、突き刺さる視線にドキッとする。

 温厚で人当たりがよく常に気高さを宿して瞳が、柚希を睨んでいた。




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