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第13話  自覚



「大丈夫かい……?」


 山賊の気配が辺りから消えたのを確認してから、快斗は青羽に気遣わしげな声をかける。

 竜司が姿を消した方角を睨み据えていた青羽は、快斗の声に、ゆっくりと瞬きし、苦しげに眉根を寄せる。


「ああ、俺は大丈夫だ。それより……」


 そこで言葉を切り、右腕に抱きしめたままの咲良に視線を向ける。


「俺をかばって、こいつが怪我をした。早く、手当てしてやらないと……」

「隠れ家につれていくのかい……?」


 その声に批判的な色はにじんでいなくて、ただ静かに問いかける快斗に、青羽は無表情のまま頷く。


「放っておくことはできないだろう……」


 言って苦笑した青羽の表情はどこか儚げで、普段の威圧的な雰囲気からは想像も出来ないほど人間らしい表情で、快斗は息を飲んだ。



  ※



 口に押し当てられる柔らかい感触に、咲良はまどろみに中からゆっくりと覚醒する。

 瞳を開けると、端正で陰りを帯びた切なげな表情が間近で自分を見つめていて、一瞬、夢かと思う。

 だけど、ふっと笑みをもらした瞬間走った肩の痛みに顔を歪め、これが現実なんと自覚する。


「気がついたか……?」


 少し掠れた低い声に尋ねられて、咲良は上半身を起こしながら辺りを見回して首をかしげる。

 見覚えのない室内は薄暗く、ひんやりとした空気が漂う。岩で出来た天井と壁はでこぼことして、壁の数か所に掘られた場所に灯火が置かれ、揺れる光が室内をほのかに照らしている。調度品は咲良が寝ている質素なベッド、青羽が座っている椅子、中央には手作りだと見てとれる机、扉の側に小さな棚が置かれている。


「はい、ここは……?」


 言いながら、咲良は気を失う前の出来事を思い出して、勢いよく青羽を振り仰ぐ。その瞳は痛々しげに揺れていた。


「あっ、怪我はしてないですか――?」


 飛びつくように青羽の腕を掴んで体中を見回した咲良は、そこに大きな傷を見つけることはなくて、ほっと胸をなでおろして泣き笑いを浮かべる。


「よかった……」


 青羽を守ることが出来てよかった。

 その気持ちが言葉としてもれてしまっていることに咲良は気づかず、安堵の表情を浮かべる咲良を見て青羽はぎゅっと眉根を寄せる。


「どうして俺をかばった? なぜ、他人のためにそこまで必死になれるんだ――?」


 険しい表情を浮かべた青羽の瞳が泣きそうに揺れているように見えて、咲良はきょとんと首をかしげる。

 なぜ――その理由は簡単だった。


「私、両親がいないんです。でも寂しくはありません、大ばば様や村のみんなが可愛がってくれて、たくさんの幸せな気持ちをもらって。私もそんなふうに誰かを幸せな気持ちにしたい、誰かの役に立ちたい、そう思うようになって巫女になりたいと思ったんです。だから、あなたの役に立てて嬉しいですよ」


 くすりと微笑んだ咲良は、直後、肩の痛みにきゅっと眉根を寄せて、肩に手を当ててうずくまる。


「まあ、まだ見習いですが……」


 痛みを誤魔化すように苦笑する。



 山の中腹にある洞窟の中の隠れ家に咲良を連れてきた青羽は、すぐに肩の傷口の治療をした。出血は止まったが、竜司の刀を正面からまともに受けている。大男でも一晩はうなされるようなその傷が、華奢な体の少女にとってどれほどの痛みなのか青羽には分かっている。

 それなのに、自分の怪我を気にするよりも先に、二度会っただけの他人のことを気にしている咲良のことが理解できなかった。

 自分をかばって咲良が怪我を負った時、青羽は言い知れぬ感情が体の内から燃え上がり、それまで押さえていた理性を焼き尽くした。

 惹かれている――

 認めまいとしてきた感情を認めざるを得なくて、だけどそんなことよりも、咲良が自分をかばったことが衝撃すぎて苦しかった。

 両親を知らないのは青羽も同じだった。だが、誰かの役に立ちたい、そんな風に考えたことはなかった。

 盗賊団として生きる為に誰かを傷つけ奪うことはしても、自分以外の誰かを思って動いたことはなかった。すべては自分のため――


「あんたはすごいな……そんな風に考えたことはなかった」


 青羽はなんとも言えないような、泣き笑いのような表情を浮かべる。


「咲良……」

「えっ?」


 ぽつんと漏れた咲良の言葉に、青羽は片眉を上げる。


「あんたじゃなくて、私の名前は咲良です」


 そう言って咲良は恐々といった様子で青羽を見上げる。


「あなたの名前は――?」


 いまだ青羽の腕を握っている咲良は、息が触れそうな距離にある端正な顔に見とれなが尋ねた。

 息が止まるほど美しい濡羽色の瞳はその底に反逆の炎を燃やして、見つめられるだけで恐怖に身が震えた。だけど今は――

 自分のことを知ってもらいたい。相手のことを知りたい、もっと近づきたい。

 胸の内に芽生えた好奇心が勝って、わずかな恐怖心を押しのけて、咲良は尋ねずにはいられなかった。

 青羽はわずかに片眼を見開き、浅く、ほんのわずかに笑う。

 咲良はなぜ笑われたのか分からなくて、くるりと瞳を好奇心に揺らして青羽をまっすぐに見つめた。


「俺の名前は青羽だ、咲良」


 そう言った青羽は自分の腕を掴んでいた小さな手をとり握りしめると、そっとその甲に口づけを落とす。上目使いに見上げ、咲良がかぁーっと頬を赤く染めるのを見て、その瞳にうっとりするほど甘い光を帯びる。

 好きだ――

 心を占める感情に、青羽の瞳が急速に青みを深くする。

 魅惑的な瞳にくいいるように見つめられた咲良は、きゅっと胸を締め付けられる。射止めるようなその眼差しに、体の底から湧きあがるしびれに目眩がする。

 手の甲から、肘、肩と、どんどん咲良に近づいてくる口づけに、すべてを奪われそうな感覚に急に怖くなる。

 自覚した気持ちと甘い香りに引き寄せられて、膨れ上がる激情のまま口づけを繰り返した青羽は咲良の耳たぶに歯をたてて甘噛みし、そのまま吸い寄せられるように咲良の唇に近づき、ふっと動きを止めた。

 このまま、すべてを自分のものにしてしまいたい――

 溢れだす感情に突き動かされていた青羽は、目の前で強く目を瞑り、体を強張らせている咲良に気づいて、ゆっくりと咲良から体を引いて距離をとる。


「このままさらってしまいたい気分だがな……」


 皮肉気に囁いた青羽の言葉は掠れすぎていて、咲良の耳に届くことはなかった。




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