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第12話  だれかのために



 青羽の後を追って酒場の外に飛び出すと、日はすでに西の山に沈みはじめ、辺りを赤く染めていた。

 早く追いかけなければならないのに、通りと見回しても青羽の姿はなく通りのどちらに行ったのかも分からなくて、咲良はためらう。

 急く気持ちとどこに行けばいいのか分からない戸惑いに、どんどん鼓動が速くなり、息が苦しくなる。

 その時。

 さやさやと優しい風が頬をなでていき、くすりと小さな笑い声が聞こえる。


“山だ……あなたが探している人は山に向かった、急ぎなさい”


 心に溶け込むような澄んだ優しい声音が脳裏に響き、ぶわりと鳥肌が立つ。

 咲良は反射的にぱっと振り返り辺りを見回したが、夕陽に照らされた通りには咲良以外の人影はなかった。

 咲良は恐る恐る両耳に両手をあて、囁くような声を出す。


「もしかして……風の精霊……?」


 すると、優しい風が吹き抜けて、くすぐるような笑い声が聞こえる。


“そうだ、やっと気づいてくれたのだな。私はずっとあなたに話しかけていたのだよ、巫女”

「巫女……?」


 咲良は戸惑いがちに言葉を発し、首をかしげる。

 私に言ったんだよね――?

 そう思っても、答えてくれる人の姿がなくて困ってしまう。


“さあ、急ぎなさい――”


 ぶわりとひと際大きな風が吹いて、夕陽の沈みゆく西の山に消えていった。

 咲良はどきどきと高鳴る胸を押さえて、大きな濡羽色の瞳を見開く。

 今まで何度も聞こうとして聞こえなかった精霊の声。初めて聞こえた、しかも自然の多い森ですらほとんど聞きとることが出来なかったのに街で聞いたことに驚きを隠せなかった。

 どうして突然聞こえるようになったのかしら――

 そんな疑問を抱いて立ちつくしていると、急かすように咲良の周りに風が吹いて、咲良は勢いよく頭を左右に振って西へと駆けだした。



 巫女見習いでも、神力が使えなくても、いま自分にできる精一杯で青羽の力になりたいと思った。

 そうして思いついた、自分にできる唯一のこと――

 咲良はもつれそうになる足を必死に動かして通りを抜け、山道を駆けあがった。

 村から出たことのなかった咲良は山道を登るのも、こんなに必死に駆けたのも初めてのことだった。そこまでして咲良を突き動かすのは、人を幸せにしたいという気持ち。誰かのために、青羽のために何かをしたいという強い気持ちからだった。

 何度も転びながら、咲良はひたすら走り続けた。

 どのくらい走っただろうか。息が苦しく、肩で呼吸を繰り返しながら重い足を必死に動かしていた咲良は、視界の先でうごめく複数の人影を見つける。

 暮れかかる夕闇の中で、集団に囲まれている青羽と快斗。快斗は三人の山賊に囲まれ、じりじりと間合いをとり、青羽は一人の男を昏倒させた弾みに体勢を崩して、そこをつくように別の男が襲いかかって来る。

 咲良は走りながらあっと息を飲み、間一髪で青羽が男を倒したのを見て安堵する。だが、うずくまる青羽の背後にゆらりと立つ人影に、咲良は無我夢中で足を動かした。



  ※



 地面に片膝をついた肩であらく呼吸を繰り返していた青羽は、背後に感じた殺気に反射的に振り返った。

 そこには頭上で縛った赤茶毛を風になびかせて立った竜司が、刀を振りあげたところだった。

 青羽は咄嗟に動くことも出来ず、襲いくる衝撃に備えて体を強張らせた。

 振りあげられた刀は勢いよく青羽の胸めがけて振り下ろされた。だが、青羽の体に刀が当たる直前、なにかが青羽と竜司の間にすべりこむ。

 ザシュッという何かを切り裂いた鈍い音が響いて、青羽は漆黒の瞳を大きく見開いた。

 その視界にさらりと揺れた豊かな濡羽色の髪が意志を持ったように広がり、そして次の瞬間、小さな体が地面に転がった。その肩からは鮮血が流れ出していた。

 切りつけられたはずの青羽には傷もなければ痛みもない。

 竜司の刀が振り下ろされる瞬間、青羽と竜司の間に咲良が飛び込み、青羽をかばうようにして立ちふさがった咲良が竜司の刀を受けたのだった。


「――っ!?」


 思いもかけない事態に青羽は瞳を大きく揺らし、胸をつかれる。


「なっ……」


 竜司も自分が切りつけたのが青羽ではないことに気がついて、驚きの声をあげ、わずかに肩を震わす。


「おい……、おいっ!」


 雪のような肌は今は青白く、吸い込まれるような濡羽色の瞳は閉じられている。青羽は怒りと悔しさに、地面に倒れる咲良を揺さぶり何度も呼びかけた。


「おいっ……」


 長い睫毛が震えて、濡羽色の瞳がわずかに開き、その視界に青羽をとらえてふっと揺て、笑みを浮かべる。


「よかった……あなたが無事で……こんな私でも役に立てて……」


 伸ばされた手が青羽の頬に触れ、ひやりとしたその手の冷たさに青羽は切なげに顔を歪め、瞳に青みを帯びて咲良を掻き抱いた。


「なんで他人のためにそこまで必死になれるんだっ」


 青羽の悲鳴のような掠れた叫びに、山賊を蹴散らした快斗が駆けよって来る。


「青羽……どうなってるんだ……」


 快斗は目の前の状況が理解できなくて、ぎゅっと眉根を寄せる。青羽は瞳に苛立ちをにじませ、咲良を右腕に抱きかかえたまま左手で刀を強く掴うとその切っ先を竜司につきつけた。


「俺と決着をつけたいなら一対一で勝負しろ。今からでもかまわない、だが――俺はお前に負ける気はしない」


 静かに激しく萌える怒りの感情を秘めた威圧的な青羽の言葉に、竜司はぞくりと背筋を震わせる。

 満身創痍の青羽、立つことも出来ないこの状況では、だれが見ても竜司の方が有利だった。だが、青羽の体の内からみなぎる闘志、ぴりぴりとした緊張感に飲まれて、不覚にもひるんでしまった自分が悔しい。

 苦々しげに唇をかみしめた竜司は、周りで竜司の様子をうかがっている仲間に気づいて、ちっと舌打ちする。


「勝負は延期だ、今回はお前を逃がしてやる」


 戦ったら負けるかもしれない――そう思ってしまった敗北感を隠して、尊大に青羽に言い捨てる。


「行くぞ」


 そう言って歩き出そうとした竜司は、ふっと青羽を振り返る。

 竜司から一瞬も視線をそらさずに見据える青羽の瞳は、すべてを憎むような鋭い光がぎらりと反射する。その瞳が複雑に青みを帯びていて、心臓を握り潰されたような衝撃が走る。


「竜司、お前がしたことは許さない――」


 脅威を与える鋭い眼差しに睨まれて、竜司は目をすがめて青羽を見つめ、無言のまま茂みの中へと消えていった。




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