第10話 盗賊の秘密
四つの大国にはそれぞれ黄帝から下賜された国宝が存在し、朱華国ではその国宝を歴代の大巫女が管理することになっているが、十数年前に失われていた――
その失われた国宝を今になって隣国や盗賊が狙っている。
国宝にどんな価値があるのかを知らない咲良は、なぜそこまで必死に探し求めているのか不思議でならなかった。
金銭的な価値を求めているのならば、国宝以上にもっと金目のものはたくさんある。むしろ、神聖な宝としての価値以外、どんな利用目的があるのかすら分からなかった。
「どうして国宝を探しているの?」
あまりにも直球で投げられた質問に、振り返った青羽と快斗は瞠目して咲良を見つめた。
思ったことをすぐに口にしてしまうのは咲良の良いところでもあり悪いとところでもあるが、ぐだぐだ考えるよりも聞くのが一番確かな方法だと、本能で知っているのだ。
こんなにも裏表なくまっすぐに聞かれると、警戒心をなくして素直に答えてしまいそうになる。
「それはだね……」
つい親切に教えてしまいそうになった快斗ははっと口をつぐみ、それから苦笑して青羽に視線を向ける。
困ったように眉尻を下げ、肩を落として首をかしげる。お手上げだとでもいうような仕草に、青羽はくっと俯くと皮肉気な笑みを浮かべて咲良を優しく睨んだ。その瞳にあざやかな光が浮かび上がって、咲良はドキっと胸が高鳴った。
「あんたは本当にまっすぐだな」
端正な顔に一瞬、もどかしげな影が浮かび上がってすぐに消え、青羽はちょっと息をついて咲良をまっすぐに見つめた。
「――いいだろう、教えてやるよ。なぜ俺達が国宝を探しているのか」
咲良は息を飲んで青羽の言葉を待ち、青羽の横に立っていた快斗は片眉をあげて心配そうに青羽を見、それから近くの椅子を引き寄せて静かに腰を下ろす。
椅子の深く腰掛けて座る青羽は腕組みをし、艶やかな髪をさらっと揺すって静かに話し出した。
「半年前、うちの頭が病に倒れた。医者に診せても医学の心得のある者に診せても原因は不明、半年間ずっと昏睡状態だ。なんとか病を治す方法がないかと探している時に、隣国で国宝の噂を聞いた。黄帝が与えた国宝には神力が宿り、特に朱華国の国宝はどんな病でも治すことができる力があるという言い伝えがあると――」
青羽はそこで言葉を切り、ぎゅっと手を握りしめる。少し目を細めたその顔はせつなげで、でもかたくなで、何かを胸の中に強く抱えているような強さがにじんでいた。
「だから知華村に大巫女がいると聞いて行った、国宝を手に入れるために。国宝さえあれば頭を助けることが出来るかもしれない……」
その言葉の中には藁にもすがるような思いつめた響きがあり、咲良の胸をつく。
沈黙を破ったのは、カタンという椅子の音。
快斗が立ち上がり、咲良にゆっくりと近づいてきた。
「頭は今は昏睡状態だが、いつ危うい状態になるか分からない。だから一刻も早く助ける方法を見つけなければならないんだ。そのために青羽は頭になり、みんなをまとめて国宝を探している。君、大巫女に仕えているんだろう? なんでもいいから国宝について知っていることがあれば教えてくれないかい?」
青羽ばかりに見とれていて、この時初めて快斗をまっすぐ見た咲良は呆然としてしまう。
少し長めの髪はとても柔らかそうな茶色で、顔立ちは彫が深く整っていてとてもハンサムだった。
青羽は触れた者を切りつけるような鋭く妖艶な美しさだが、快斗は誰からも好かれるような爽やかな印象を受ける。
あまりの美貌に思わずため息をついてしまった咲良は、はっとして口を開く。
「役に立てればどんなにいいかっ。でも……私は巫女見習いの半人前なんです、国宝についてはなにも聞いたことがありません」
咲良は勢い込んでいい、だんだんと肩を落として小さな声になっていく。青羽は濡羽色の瞳に一瞬、憂いを帯び、それから鮮やかな黒に染めてすっと立ち上がり、歩きながら言った。
「国宝について何も知らないならば、これ以上あんたに付き合っている暇はない」
その声は突き放すように冷たく拒絶を示していて、咲良は胸が痛かった。青羽の必死な想いを知り、どうにか頭を助けてあげたいと思った。
それなのに、すべてを憎むような反逆の瞳に睨まれて、居すくまって、後を追うことも出来なかった。
震える体を必死に抱きしめて、こぼれそうになる涙をぐっと堪える。
パタンっと閉まる扉の音が室内にやけに大きく響き、瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
巫女になろうと思ったのも、その力で人を幸せにしたいと思ったからで、それなのに自分は未だ半人前で精霊の声さえ聞けず、誰かの役に立てたことがない。それどころか、誰かに助けられてばかりだった。
隣国の兵に襲われた時も、黄山への旅も、いつもいつも助けられている。不甲斐ない自分が悔しくて、だからこそ、いま自分にできる精一杯で人助けをしたいと思った。
青羽のために何が出来るか分からなかったけど、咲良は青羽の力になりたかった。
不確かな未来、だけど確かに咲良の胸の内に小さな気持ちが芽生える。
その気持ちに突き動かされるように、震える足に力を入れて立ちあがろうとして、踏ん張りきれなくてソファーから転げ落ちて尻もちをつく。痛みに顔をゆがめて、両手を床につっぱって立ち上がると、咲良は駆けだした。
※
酒場を出た青羽は、山華の街を囲む山へと足を向けた。
青羽は咲良を絡まれる男たちから助けたことを後悔していた。
ただあの時は、気が付いたら男を殴り咲良を助けていた。名前も知らない一度会っただけの少女なのに、視界に彼女を捕えた瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。
蝶が花の甘い香りに誘われるように、青羽も目には見えない何かに惹きつけられるように咲良をその腕の中に抱いていた。
自分のことを知りたいと言った咲良に、気まぐれで勝手にすればいいと言ったが、国宝のことを聞きだすのではなく、逆になぜ自分達が国宝を探しているかを教えてしまい、やりきれない気持ちだった。
頭が病に倒れ動揺する仲間をまとめるために頭代理に名乗りを上げ、病を治す方法を探して数ヵ月間駆けずり回ってきた。
頭のため、仲間のため、自分が今何をやらなければいけないのか、そのことを忘れたわけではないが、どうしようもなく咲良のことが気になって、切なく痛む胸に気持ちが揺れてしまう。
盗賊になったことを後悔はしていないが、汚いことばかりしてきた青羽には咲良のあのまっすぐな眼差しが眩しすぎて、妬ましくて、苛立った。
こんな気持ちになるならば、あの時助けなければ良かったとひどく後悔をしながら、街の明かりを背に受けながら、山道を登り始めた。