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第1話  はじまりの予言



 青々とした木々が生い茂り、爽やかな風が吹き抜け、色とりどりの花が咲く小道を進む咲良(さくら)は空を見上げて深呼吸をする。

 見えるのはどこまでも澄みわたる青空、葉は太陽の光をキラキラと反射し、まぶしいほどあざやかな色を揺らしている。雪解け水はサラサラと心地よい音を奏で、春を告げる花がもうすぐ満開になる。

 小道の先にある川に着くと、手に持った桶を傾けて水を汲む。それを両手に持ってふらふらと前後に揺らしながら、上機嫌で鼻歌を歌う。


「ふふふ~ん」


 こんなにいいお天気の日は良いことが起きそう――

 そんな予感を胸に、咲良は村へと続く小道を歩きだした。



  ※



 世界を創造し、支配する黄帝がおわす神聖なる黄山。その南に位置する朱華国(しゅうかこく)、首都立華(りっか)と州都小華(しょうか)、その間にある小さな村・知華(ちか)

 そこには、国の宝である宝玉を守る大巫女・紅葉(もみじ)がひっそりと暮らしていた。

 本来、大巫女は王宮の奥深くに住まい、祈祷や占いをして王に助言する役割を持つ。しかし紅葉は王宮を嫌い、首都から離れた知華に住居を構え、時々、王都からの使いに神託し、田舎暮らしを満喫していた。

 巫女であった母を幼い頃に亡くし、母の師であった紅葉に引き取られ育てられた咲良は、紅葉の姿を側で見続け、いつしか、巫女になりたいと願う様になった。

 巫女になり、その力で人を幸せにしたいと思った。

 その夢を叶えるために、今は巫女見習いとして紅葉の元で修行中の身だった。

 修行といっても、一日のほとんどは家事をして終わってしまう。

 水がたっぷりと入った桶を川から村の外れにある紅葉の住まいである館の台所まで運ぶ。桶を台所に置くとふぅーっと大きな吐息をついて、桶を持ち上げ汲んできた水を甕に入れる。桶が二つとも空になると、咲良は腕まくりしていた袖を下ろした。

 ふわりと袖の広がった淡い桜色の短い上着、その下に体の線にそった細身の艶紅のスカートをはき、腰にあざやかな若草と山吹の帯を巻いている。

 頭の上で結わいた髪の毛は、窓から差し込む日差しを受けて青みを帯びて輝き、動くたびに背中でさらさらと流れては光の加減で微妙な色合いに輝く美しい黒髪。

 瞳は大きく、形のよい唇と薄紅の頬が可愛らしい印象を与える。耳には薔薇を模した耳飾りをつけている。

 咲良は空の桶を部屋の隅に置くと、ぐーんと腕を天井に向けて伸ばして背伸びし、めくれた袖から雪のように白い肌が見えた。

 午前中の家事はこれで終わり。咲良は昼食までの時間を森で潰すことにした。

 館の台所を出、目の前に広がる森に一歩足を踏み入れると、爽やかな風が咲良の頬をかすめ、さざめきが聞こえて、耳に手を当て、瞳を閉じて声に耳を傾ける。


“青い獣が……東から……近づいている……花が……”


 ぱっと瞳を開けた途端、はっきりと耳に聞こえていた声がさざめきに代わり、ざわざわと耳をかすめていく。

 咲良は不穏な空気をはらむ森の精霊の声に眉をしかめ、ぱたんっとその場に座り込み、両手を大きく広げて後ろに寝転がった。


「だめだわ……なんのことを言っているのかさっぱり……」


 巫女は星の動きを読み、精霊の声を聞いて未来を占う。そのためには、星を読む知識はもちろん、精霊の声が聞けなくてはならない。

 巫女になるには生まれ持っての素質か、訓練次第ではその力を得ることができる。

 咲良は巫女の母を持つため、巫女としての素質はあると紅葉に言われている。星を読むのも得意だ。いかんせん、精霊の声を上手く聞き取ることが出来ないでいた。

 何度も自然の中で集中し精霊の声を聞く訓練をして、最近、やっと森の精霊の声が少しだけ聞き取れるようになった。それでも、何を言っているのかまでは分からなかった。

 仰向けに寝転がった咲良はふぅーっと大きなため息をつき、そのまま瞼を閉じる。

 耳に心地よい風の音、揺れる木の葉は歌うようで、うとうとと眠くなってしまう。

 もっと頑張って修行しなければと思う反面、そのうち巫女になれればいとのんびり考えていた。



  ※



「……くら、咲良っ!」


 自分の名を呼ぶ声に、咲良はぱちっと瞳を開ける。

 目の前に広がるのは青い空で、それを遮るように黒い影が落ち、咲良はがばっと身を起こす。瞬間。

 ゴン――っと鈍い音が響く。


「きゃっ……」

「いってぇ……」


 黒い影の正体は幼馴染の柚希(ゆずき)で、寝入ってしまった咲良の顔を覗きこんだ拍子に咲良が身を起こし、柚希のおでこと咲良の頭が直撃したのだった。

 お互いにぶつけた所に手を当て、苦痛の声をもらす。

 涙目で頭をさする咲良は、横に片膝をついて立つ柚希を片目で見上げる。


「ごめん、柚希」

「大丈夫だけど……こんなとこで昼寝か?」


 額に当てていた手でそのまま少し癖のある栗毛の髪をかき上げた柚希は肩を落として、透き通るその瞳に気遣いの色を帯びる。


「なにか悩みごとか……?」


 心配そうに眉をひそめて柚希に尋ねられ、咲良は瞠目する。それからふっとこぼれるような笑みを浮かべて、首を横にふった。


「なにも! 悩みごとなんてないよ。そんな心配そうな顔しないでよ」


 ぽんぽんと柚希の肩を叩いた咲良は、にこにこと笑みを浮かべたまま立ち上がり、スカートについた草を払う。


「それならいいけど……」


 そう言いながらも、納得してはいない様な柚希にちらりと視線を向ける。

 二つ年上の柚希は紅葉の孫にあたり、咲良にとっては幼馴染というよりも兄のような存在だった。

 生真面目なこの幼馴染は、幼くに両親を失くした咲良をいつも気にかけ心配してくれる。

 咲良が言えなくて抱え込んでしまう悩みにも、柚希だけは気づいてくれる。

 優しく頼りになる柚希に無用な心配をかけまいと、咲良は笑顔で歩きだす。

 言葉を切っていた柚希は咲良の後を追いかけながら、戸惑いがちに言葉を続けた。


「おばあ様が、昼飯食べ終わったら予言の間に来るようにだって」

「大ばば様が? 予言の間に……?」


 おばあ様とは大巫女・紅葉のことで、この村の住人は大抵、大ばば様と呼んでいる。

 紅葉は一日の大半を予言の間で過ごし、星の動きを読み予言し、王都の使者への神託もここで行っている。


「ああ、咲良に事づけるように頼まれた」

「でも確か、今日は王都からの使者がお見えになって、予言の間には一日中詰めているはずじゃ……」

「使者は昼過ぎには帰るって。だから昼飯が終わったら――って言ってるんじゃないか?」


 言って柚希は黄褐色の瞳に影りを帯びる。


「なにかやったのか――?」


 問いただすように静かに尋ねる柚希に、咲良はあわてて首を横にふる。


「なにも……なにもしてないわっ」


 本当に呼び出される理由など何も思いつかなくて、咲良はぎゅっと眉間に皺を寄せた。

 青空が……今日はいいことが起りそうって思ったのに……

 まだまだ巫女として修行が足りないってことかしら――

 咲良は内心で大きなため息をついた。



  ※



 昼食を済ませた咲良は食堂を出て長い通路を進んだ先にある扉を開ける。そこは本館から孤立した円柱型の塔の中で、内壁をめぐるようにして螺旋階段が続き、長い階段を登りきると踊り場に出る。

 咲良は踊り場にある一つの扉に静かに近づき、扉の中の様子をうかがい、ごくんと喉を鳴らす。

 この先にあるのが予言の間――

 予言の間には何度も足を踏み入れた事はあるが、こんな風に呼び出されて行くのは初めてのことで、不安と緊張で鼓動がどんどん速くなっていった。

 意を決して扉を叩き、部屋の中に足を踏み入れる。

 室内は石造り、天井は半球型、部屋の中央には星を読む大きな円盤が置かれ、その下には古文字が書かれたふかふかの絨毯、部屋の四隅には小さな卓が置かれている。壁には細長い窓がいくつもあり、露台が部屋の周りに続いている。

 円盤の側にいた紅葉は部屋に入ってきた咲良に気がつくと、ふっと手を止めて、側に座るように促した。


「咲良、来たか――」

「はい、大ばば様。ご用事と伺いました」

「ここに座りなさい」


 咲良は言われた通り紅葉に近づくと、円盤のすぐ側に腰を下ろし、上目使いに紅葉を見上げた。

 紅葉は白髪の混じる栗毛を背中に流し、先の方を濃紺のリボンで結わいている。身を包むのは白と深紅の巫女装束、その上からあざやかな藤色の袍を羽織っている。

 年老いてもなお精彩を放つ相貌は、若い頃は天女のようだと例えられるほどだった。

 わずかに長い睫毛を揺らした紅葉は、円盤の上に置かれた小さな石を拾い上げ、東から南へと位置をずらす。


「今日は特別に予言を授けよう」

「予言……ですか?」


 戸惑いを露わに聞き返す咲良に、涼しげな視線を向けた紅葉は間をおかずに先の言葉を続ける。


「明日、お前は運命の相手と出会うだろう――」


 運命の相手――

 思いもよらない言葉に、咲良は驚きで大きく目を見開き、身動きもとれなかった。




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