ナオと矢城
ナオは自分のベッドの中で、昨夜の雅樹との事を思いだし、少し後悔していた。
「ナオ……。俺……、ナオが欲しい……」
雅樹の優しい指の動きに、ナオの身体は熱を帯び、雅樹の唇に敏感になって行く。
ああ……、あたし……、まだ酔ってんの? なんだかすごく気持ちいい。
ナオの身体も、すでに雅樹を求めていた。
欲望のまま雅樹に抱かれたナオ……。
あたし……、まだ雅樹の事、好きかどうかわかんないのに、雅樹に身を任せてしまった……。最後に飲んだ冷酒がいけなかったかなあ~。いやいや、そんな問題じゃないよ。でも、身体は正直だ……。あの時、あたしは完全に淫らな女になってた。お酒強いと思ってたけど、昨日はやっぱり飲み過ぎたのかな。日本酒はやばい。後からジワジワ酔いがくるから……。やだ、またお酒のせいにしてる。あ~、なんて浅はかなやつ。バカだ。あたしは……。
ナオが勝手に自分を責めてると携帯が鳴った。
矢城くん?
『はい……』
『あ、ナオさん、起きてました?』
『ん……。あんま寝てない……』
『飲み過ぎですか?』
ドキッ!!
『えっ……、そんなんじゃないよ』
『あの、急ですけど、今日、どこかへ行きませんか?』
『どこか?』
『あ……、寝ててもいいですから』
『意味ないじゃん?』
ナオはあまり気分が乗らなかったが、家にいると雅樹の事を考えてしまいそうだから、出かける事にした。
1時間後、矢城が迎えに来た丁度その時、母親が夜勤から帰宅した。
車のドアの前に立っていた矢城の姿を見ると「あら? ナオの新しい彼氏さん?」と声をかけて来た。
「あ! ナオさんのお母さんですか? はじめまして。 矢城と言います。彼氏……になりたい男のひとりです……」
そこへナオが家から出て来た。
「お帰り~。あれ? ご対面しちゃったの? あたし、ちょっと出かけてくるね」
「気をつけてね。じゃ、矢城くん? 頑張ってね! 行ってらっしゃ~い!」
「は? 何を頑張ってなの?」
「さ、さあ……。なんだろうね……。じゃあ行こうか」
矢城は車にナオを乗せ、ゆっくりと走り出した。
「急に誘ってすみません。ナオさんに会いたくて仕方なかったんです…」
「あ……、ありがと……」
「どこか、行きたいとこありますか?」
「えっ? あ……、そ、そうね……。矢城くんは? 行きたいとこあるんじゃない?」
「俺は……、ナオさんと一緒なら、公園でも河川敷でも構わないけど」
「矢城くんたら~、例えが地味過ぎだよー」
「で、ですよね。でも、ほんとの事だから。それに、地味だなんて河川敷さんに失礼です」
「う……、じゃあ、河川敷さんに行く? 失礼しちゃったお詫びに」
「お詫びって! オッケーですよ。あ、じゃあ、土手でも歩きます? 今日は外の方が気持ち良さそうですし」
「うん、うん、いいかも」
矢城は車を走らせ、土手の下の空地に止めた。ナオと上まで上がり、暫く歩いてから、土手の斜面に座った。
「なんかさ、ドラマのワンシーンみたいだね」とナオがはにかむ。
矢城はその横顔を眺めてから、前に向き直すと「実は、聞きたい事があるんです」と真顔で言って来た。
「なあに?」
「ナオさんの片思いの相手さんとは、どうなったんですか?」
ドキッ……!
「どうにもなんないよ。ってか、最初からどうにかなる相手じゃなかったから……」
「あきらめたって事?」
「う……ん。あきらめられないけど、あきらめるしかないってゆうかね……」
「そうなんですか……。だからですか? だから雅樹さんと付き合ってるんですか?」
「えっ! 付き合ってないよ! なんで?」
「でも、雅樹さん、彼女と別れたんですよね?」
「ん? 知ってたの?」
「俺が前、好きな女性の気を引くにはどうすればいいかって聞いた時、雅樹さんは、彼女をほかの男に取られるようなやつに聞くな! って、苦笑いしてました」
「そ、そっか……」
「それからの雅樹さんは、ナオさんと前より親しげになってるし、よく一緒にいますよね? 昨日もずっと一緒だったんでしょ?」
ドクンッ!
「昨日?」
矢城は、少し間を空けてから、ふたりの後をつけてた事を告白する。今までも何度か同じ事をしたと、白状した。だが、いつも途中で引き返し、ずっと追うことは出来なかったと言う。
「すみません……。俺、ほんと情けないヤツですよね…。ナオさんの事好きだから、誰とどこ行くのか気になって仕方なくて。そんな事すれば、余計ナオさんに嫌われるってわかってるのに、じっとしていられなかったんです。でも、昨日のナオさんの楽しそうな顔を見て、俺じゃダメだってわかりました……。あんな笑顔、俺には見せてくれないから……。俺は笑ってるナオさんが大好きだから、その笑顔を見てるだけでほっとするんです」
ナオは恥ずかしかったが、正直に話してくれた矢城に優しさを感じた。
「ありがとう。ちゃんと話してくれて。……。でもね、あたしは矢城くんに好きになってもらうような人間じゃないよ……。だらしないとこや、だらしないとこや、だらしないとこ……」
「ナオさん!!」
「へへっ、ごめん。矢城くんが真っ直ぐ過ぎるからさー。あたしなんかよりかわいい子、いくらでもいるよ。……。でも、嬉しかったよ。好きって言ってもらえて。もっと中身を磨かなきゃだねー」
「俺、前にも言いましたけど、本気で女性に恋したの、ナオさんが初めてなんです。だから、どうしていいかわからず、間違った行動をしてしまったのかも知れません。ほんとにごめんなさい……」
「いいのよ。だってあたし、全く気付いてなかったんだから。尾行されてても気付かないタイプよね。刑事さんも楽勝だわ。フフッ。だから、気にしないで。またやったら、口聞いてあげないけど!」
「ナオさんはいつもそうやって、話を明るくしちゃうんですね。だから好きなんですけど」
矢城はもう二度と陰気くさい事はしないと約束した。
「ナオさん? お腹空きません? 朝から何も食べてないんでしょ?」
「そうだった……。若干二日酔いの気があったから……」
「やっぱりー。じゃあ、胃に優しい焼肉にしますか?」
「オイッ! これ以上闘わせるんじゃない!」
ふたりは車に戻り、街中へ戻ろうとしていた。
急カーブに差し掛かり、スピードを緩めた瞬間、対向車が反対車線にはみ出し、矢城の車と激突。
ふたりは意識を失った…………。