決意
雅樹と付き合い始めたナオは、新しい環境を求めたい気持ちになっていた。
雅樹に相談してみる。
「ねぇ? あたし会社辞めてもいい?」
「はぁ? どうしたんだよ、いきなり」
「ちょっと前から考えてたんだけど、少し離れたとこから雅樹の事見てみたいと思ったし、飯野さんや矢城くんのためにも、あたしはいないほうがいいような気がしてるんだ」
「いない方がいいとか言うなよ。ふたりはナオがいなくなったら寂しがるぜ」
「姿が見えちゃうと、気持ちが離れにくくなると思うんだよね。特に矢城くんの視線が想像以上に痛い……。それに、自分自身のためにもなんか環境を変えたいってゆうかさ……」
「俺の事は? なんで離れたいわけ?」
「やだな〜。離れたいわけじゃないよ。近くにいすぎると、気付かない事もあるし、離れて見て気付く気持ちもあるでしょ? あたしはもっと、違う目線で雅樹の事を知りたいと思ってるんだ。間違ってる?」
「間違ってるかどうかはわかんねーけど、ひとつの考え方なんだろうな〜。ナオがそうしたいなら、いいんじゃない? でも、俺はナオがどこにいても、離さねーからな!」
ドッキュン!
「就職決まんなかったら、俺の家に就職するって手もあるぜ?」
「なにそれ? いきなりプロポーズ?」
「決まんなかったらって言ってんだろ! プロポーズはちゃんと準備してからにすっから安心しろよ」
「え……。なら、決まんない方がいいのかな……」
「オイ! まだ準備不足だ! 焦るんじゃねーよ」
「アハハッ。焦ってんのは雅樹の方じゃ〜ん! ハー、可笑し」
「黙りやがれ」
「……! ……」
ナオは雅樹の唇で黙らされてしまった。
1週間後。阿佐川社長に事情を話し、納得行かない社長を説得した。
飯野は驚き、矢城はしばらくショックを隠しきれずにいたが、ナオの決意が固い事に、渋々納得した様子だった。
――2ヶ月後――
仕事を辞めたナオは、堀河建設の契約社員として、1年だけ働く事になった。
それは父親の口添えに寄るものだったのだが、こんなタイミングで、父親のコネが役に立つとはね。
堀河建設は京都にあり、ナオの家から通うことは不可能な為、単身赴任用の社宅を借りる事になった。
ナオは、1年間とゆう期間は、自分達の関係を冷静に見られるチャンスだからと、反対する雅樹を説得したのだ。
そして今、ナオと雅樹は新幹線の中にいた。
「雅樹……。そろそろ時間だよ」
「ナオ。新しい職場で既婚者に目を向けるなよ。お前には俺がいるんだからな」
「わかってるよー。もう以前のナオじゃないんだから! 雅樹の方こそ、新しい子に好かれないように、彼女いるんだぜアピール忘れないでよね!」
「……んっ……」雅樹の唇が触れる。
「俺が他の女に惚れるわけないだろ?」
「……雅樹ったら。あんたの唇にリップついちゃったじゃない」
「じゃ、もう一回……」
「バカ! もう発車時刻になるってば!」
「俺もこのままナオと一緒に行きたいよ……」
「1年なんてあっとゆう間だよ? その1年は、お互いに自分の気持ちを確かめ合う貴重な時間なんだから。雅樹だって気を引き締めてよね!」
「わかってるよ。毎日電話するからな。必ず出ろよ!」
「何、子供みたいな事言ってんの? メールでいいじゃん? そんなに信用出来ないんだったら、帰って来ないから!」
「冗談だよ。俺だって毎日は出来ねーよ」
「雅樹……。あたしだって不安なんだよ? でもあたし達にとっては大事な1年になるはずだから……」
「ああ。しかし、まさかまた遠距離になるなんて思わなかったな。俺の試練か?」
「会いに来てくれる?」
「なんだよ。改まって。当たり前じゃん」
ふたりはさっきより長いキスを交わす。
発車のアナウンスが流れる。
「ヤベ! 降りなきゃ!」
雅樹があわててホームに出ると、手を振りながらナオを見送った。
ナオは、今までの自分を変えるつもりでいた。
禁断の恋に走らない為にも、ちゃんと雅樹を見つめ直し、雅樹を愛せる自分になって、雅樹からも愛想つかされない人間になりたい。
先の事など誰にもわからない。
目の前の現実を受け入れ生きて行くしかない。
飯野、矢城、雅樹、そしてナオ。
それぞれの気持ちを言葉にした事で伝わった想い。
それが辛い現実だったとしても、後悔するのではなく、前に進めるひと言だったりもするのだ。
ナオがふっーと息を放ち、上を向いた時だった。
「お隣、座らせてもらっていいかな? って、僕の席だからいいんだけど」
「――――!? な、な ん で?」
声の主は飯野だった――――。
実は、新幹線の手配をしたのは飯野だった。雅樹から話を聞いていた飯野は、自分も出張の予定があるから、ついでに手配すると言って、ナオと同じ日に合わせたのだ。車内からふたりの様子を見ていた飯野は、発車してから、雅樹の姿が見えなくなるのと同時にナオに話しかけた。
「僕も出張なんだよ」
これが目の前の現実?
そう言えば、飯野が時々関西方面に出張していた事を思い出す。
「そ、そうなんだ……。げ、元気そうだね……」
「ああ、何とかね。しかし、雅樹から聞かされた時は驚いたよ。ナオちゃんの相手が雅樹だったとはねー。ふたりの男性から想われてるって言ってたひとりが雅樹だったわけか。まあ、雅樹とは最初から仲良かったもんな。結ばれて当然だったのかもしれないけど」
「う、うん……」
理性とは裏腹に高鳴るナオの 鼓 動 ――――。波乱の前兆か?
果たしてナオは、心の鍵を開けずに、雅樹の元へ帰って来る事が出来るのだろうか…………。
信じるしかない。
雅樹を。
飯野を。
そしてナオ自身を。
―完―
『想いが届く時』を最後までお読み頂き、ありがとうございました。
ナオの気持ちが雅樹から離れない事を願い、完結させました。意地悪な人間の登場もなく、淡々と気持ちだけを描く話になってしまいましたが、一部分でも良いので、伝わってくれたら嬉しいです。
最後に、文中の名称は架空のものですが、実際に存在する場合でも、それを引用したものではない事をここに記しておきます。