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想いが届く時  作者: 茉月
15/16

想いは届く

 飯野は、みんなに心配をかけてしまった事を詫び、菓子折りを配りながら、自己管理に努めます。と苦笑いした。


「しかし、こんな小規模な会社なのに、いろいろあるなあ〜。他のみんなも気を付けてくれよ。何かあっても、今まで通り協力して補ってやって行くしかないからな。宜しく頼む」と社長が頭を下げた。


 矢城は、大騒ぎになっていた事など全く知らなかった為、自分だけ除け者になった気分だと言って、ちょっと不機嫌気味だった。


 しかし、ナオは矢城がその場にいなかった事は幸いだと思っていた。飯野の妻との事がバレずに済んだからだ。話が逆戻りして、ややこしくなるとこだった。




 その日の夜。ナオは飯野にメールするのを躊躇っていた。

 自分の気持ちをちゃんと伝えたいと思いながらも、なんて告げればいいのか迷っていたのだ。


 その時。


 ブーッ、ブーッ、ブーッ――――。携帯のバイブ音が鳴る。



 着信? うわ! 飯野さん――。なんたるタイミング。



『はい……』


『あ、僕だけど』


『うん……』


『心配かけてごめんね。それと、病院まで来てくれて本当にありがとう……。直接伝えたかったから電話しちゃったけど、今、大丈夫だった?』


『うん……。大丈夫だよ。飯野さんの方こそ大丈夫なの?』


『ああ……。今、息子と残りの荷物を取りに行ってるとこだから』


『そっか……。良かったね、奥さん達が戻って来てくれて』


『ナオ……、僕はこれから家族と――――』


『飯野さん! それ以上言わないで。あたしね、飯野さんの事、今でも大好きだよ。だけど、その気持ちは心にしまって鍵をかけようと思うの。その鍵を開けなくて済む事を願ってね……。これからは自分の道を探しながら歩いて行こうと思って。少しずつ想い出に変わって行くようになればいいかなって思ってる。同じ職場だから、ちょっと照れ臭いけど、頑張って仕事するから見守っててくれる?』


『もちろんだよ。でも、困った時とか辛い時とかあったら、頼っていいんだからね。たまには飲みにも誘うかも知れないし』


『うん……。あたし、飯野さんに出会って、ちょっとだけ大人になれた気がするの。だから、もう暴走はしないと思うよ』


『ハハハ……。僕が止めるから大丈夫だよ。ナオちゃんは直ぐに顔に出るからな~』


『やだ! 気を付けなきゃ!』


『ナオちゃん? 僕も君への思いは変わらないよ。ナオちゃんの幸せを心から祈ってるから。お互いに守るべきものを大切にして生きて行こうね。本当にありがとう』


『お礼を言うのはあたしの方だよ。感謝してます。ありがとう。やだ……。泣きそう……』


『僕も……。じゃあ、泣かないうちに切ろうか? 笑顔のままがいいからね』


『うん。じゃあ……またね。おやすみなさい……』


『おやすみ……』



『『ツ―、ツ―、ツ―』』



 これでいいんだよね? 飯野の声を聞いて、やっぱりナオは堪えきれずに泣いた。だが、以前流した涙とは意味が違っていた。


 ナオの想いは、心の中で繋がったのだ。たとえそれが一時の事であっても、飯野の心の中にナオがいる事が嬉しかった。





 後日、ナオは自分の気持ちを雅樹に伝えた。


「ちゃんと最後まで聞いてね」


「ああ、わかった」


「あたしの雅樹への気持ちは、まだはっきりしたものじゃないんだけど、雅樹の言葉に助けられたり、一緒にいる時の安心感は友達以上だと思ってる。 雅樹は待つって言ってくれたけど、もしかしたら、雅樹に好意を持つ女性(ひと)が現れるかも知れないし、雅樹だって他に好きな女性(ひと)が出来るかも知れないじゃない? それはあたしにも言える事だけど、今、一番近くであたしのそばにいて欲しいって思うのは、やっぱり雅樹なんだ。

 でも、あたしの中にはまだ飯野さんがいる。多分、ずっと……。だけど、ただそれだけ。あきらめるとか、忘れるとか考えてない。そんなあたしでも雅樹は受け止めてくれる? 友達から恋人に発展するのかわからないけど、付き合ってから見えてくる事もあると思うんだよね。どうかな?」


「どうかな? って……。つまり、俺は、ナオの彼氏に昇格したって事でいいのか?」


「昇格って! ちゃんと聞いてた? あたしはまだ雅樹が好きかどうかわからないんだよ?」


「付き合うってさ、お互いの事をもっと知りたいって思うからだろ? 他に好きな人が出来るかどうかなんて、そん時は考えないさ。今の気持ちが大事。違うか? 俺はナオが飯野さんを想ってる事を承知の上で好きになったんだ。だから、俺のナオに対する気持ちはそん時からずっと変わってないぜ?」


「――雅樹」


「実はさ。ちょっと前になるんだけど、真由から連絡があったんだ……」


「えっ! ……」


「一週間日本にいるから、会えないかってさ」


「で? 会ったの?」ナオはなんだか胸騒ぎを覚える。


「ああ。まあ、旧友に会う気分だったけどな。真由はなかなか海外生活に慣れない上に、旦那が忙しくて自分の事ちっとも構ってくれないだとか、愚痴ばっかりこぼしてたよ。そんな事聞かされたところで、俺にどうしろってゆうんだよな? 何にも出来る事なんかねーよ」


「会ったのは……、1回きり?」


「当たり前だろ? 俺たちは別れた時で終わってるし、真由に会っても何も感じなかったしな。それだけ気持ちがナオに向いてるって思った瞬間でもあったんだ。真由は、俺を誘えば抱いてくれるとでも思ったのかも知んねーけど、俺はもう真由に愛情は感じてないからな。だからはっきり断ったよ。俺には好きなやつがいるから、俺に何か期待するんだったら、連絡するのはやめろ。ってな」


 ナオの心拍数が上がる。



 雅樹ってちょっと軽い男だと思ってたけど、めちゃくちゃ男らしいじゃん! 何? この胸の鼓動は。もしかしたら、あたしは雅樹の本当の姿を知らないだけなんじゃないの? 真由ちゃんも雅樹の強いとこと、優しいとこ知ってたから、長いこと付き合ってられたんじゃない? あたし、雅樹の事好きになってるかも知んない。



「ナオ? どうした? 真由の事話したのがまずかったか?」


 ナオが首を横に振る。


「あ、そっか、元カノに会ったのが気に入らないのか?」


「違う……」


 ナオは何をどう言えばいいのか混乱してきた。とゆうより、心が何処に行ってるのかわからなくなっていた。

 その心の動揺は、真由の事を聞いた瞬間に、はっきりした事を意味するのだ。


「変なやつだな~。いつもなら、もっと言い返してくるじゃんかー」


「変……なんだよ……あたし。雅樹が真由ちゃんに会ったって聞いた瞬間、ここが痛くなった……」ナオは胸に手を当てる。


「胸が痛くなった? なんだよそれ。――ん? もしかして、ヤいてんのか? ナオが俺にヤキモチ? って、事はつまり――俺に気が向いて来たって事か? マジで? な? そうなのか? そうなんだよな?」


「何ひとりで納得してんのよ!」


「違うのか?」


「違わないかも……。あたし、ほんの数分で、雅樹に落ちたかも知んない……」


「それはないね! 今までがあってこその数分だよ。ナオの気持ちを確かめる数分。俺さ、隠し事出来ないだろ? 真由の事だって、今日じゃなくても話してたと思うし。結果的にはそれがナオの気持ちを動かしたってわけだよな? スゲーな。人を想う気持ちってさ、いつ届くかわかんないもんだな」


「雅樹……。あたし……、もっと雅樹の事知りたい!」


「もう隠し事なんかないぜ? 合コンにも行ってねーし」


「そーじゃなくて。なんてゆうか……、いろんな事だよ!」


「これから知ればいいんじゃね? 俺もまだナオの性感帯、ちゃんと把握してねーしな」


「! せい――。アトデイジメテヤル……」ナオは唇を尖らせて呟く。


「ん? 今なんて?」


「あたしも知らないって言ったのぉ!」



 ふたりの関係は、友情から愛情に変わろうとしていた。





 翌日、ナオは矢城に気持ちを告げた。


「そうか……。やっぱり俺じゃ役不足だったんだね…。でも雅樹さんなら仕方ないか。ナオさんも雅樹さんに気持ちがあるなら、俺は引き下がるしかないね…。でも俺は、ナオさんを好きな気持ちは変わらないから。初めて本気で好きになった女性だし、俺を変えてくれた人だからね。自分に少しでも自信がついたのはナオさんのお蔭だと思ってるし」


「あたしのお蔭なんかじゃないよ! 矢城くんには強い意志が潜在してたんだよ。その力のお蔭で、あたしは命を助けてもらったんだもの。感謝してもしきれないのはあたしの方だよ」


「それは違うと思うなー。ナオさんには強い生命力があるんだよ。見えない力が守ってくれてるのかも知れないし。俺はきっと、その手助けをさせられただけな気がする」


「させられたって……」


「だから、もう、俺に助けられたとか思わないで。俺もあの事故がなければ、弱い人間のままだったと思うしね。俺の強さを引き出してくれたのはナオさんだから、ナオさんに出会えて、ほんとに良かった。まだしばらくは引きずりそうだし、簡単にはあきらめがつかないとは思うけど、ナオさんに迷惑はかけないようにするから、このまま好きな気持ちでいる事だけは許してくれる?」


「許すだなんて、そんな事……。それほどまでに想ってもらえるなんて、恐縮しちゃうよ~。ありがとう……。気持ちに応えてあげられなくてごめんね。でもあたし、矢城くんの事、好きだよ。それは愛情とは違う意味だけど」


「わかってるよ。そう言ってもらえるだけで、生きていけるよ」


「大袈裟だなあ~」


 ナオが飯野を想っていたように、矢城もナオを想っているのだ。ナオは、矢城の気持ちが手に取るようにわかるのと同時に、飯野の気持ちも少しだけわかった気がした。


「あ、そうだ。ひとつだけ謝っておかなきゃ」


「何を?」


「ナオさんを犯しちゃった事」


「――! ―― 」


「自分の嫉妬心と欲望だけで、ナオさんを自分のものにしようとした事は、やっぱり謝るべきだと思って…。ごめんなさい。今更許してはもらえないかも知れないけど……」


「……矢城くん……。その事は、ふたりだけの秘密にしておいて欲しいの……。これからもずっと。だから、ほんとの事言うね…」


「ほんとの事?」


「矢城くんは、気持ちだけじゃなく、身体の方も自信持っていいと思うよ。あたし達は合意の上だった……。そうでしょ?」


「ナオ……さん――。ありがとう…。俺の想いはその時間だけ届いてたって事なんだね……。ナオさん、ほんとにありがとう。秘密どころか、一生の想い出としてしまっておくよ」



 矢城は、ナオを抱き締めたい衝動を必死に堪えたのだった。





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