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想いが届く時  作者: 茉月
14/16

 ナオは、雅樹と矢城に気持ちを伝えようと思いながらも、なかなか言い出せずに数日が経過していた。


 その日の夕方、飯野が帰社すると、作業中の従業員の三田が声をかける。


「飯野さん、お疲れのところすみません。今日、矢城が私用で早仕舞いしてるんで、ちょっとお手伝い願えますか? もう少しで片付くんですが……」


「おう。今行く」


 そうか、そういえば矢城くん、明日妹さんの結婚式だとか言ってたな。

 雅樹はもう少しかかりそうだし、帰ろうかな~。お母さん今日は夜勤だっけ?

 などとぼーと考えながら、ダラダラと帰り支度をしていた時だった。作業所から叫び声が聞こえて来た。


《飯野さん! しっかりしてください! 飯野さん!》


 飯野さん?


 ナオが慌てて作業所に行くと、飯野が床に倒れ込んでいた。


「飯野さん! 飯野さん!」返事がない。


「救急車! ナオ! 救急車を呼べ!」雅樹が叫ぶ。


「は、はい!」


 救急車は数分で来た。


「雅樹、悪いが、飯野くんの荷物を持って一緒に乗ってくれ。私は早苗さんに連絡をとる。残った者は、心配だろうが、作業だけは終わらせてくれ。私も手伝うから。雅樹、病院から様子を連絡してくれないか?」


 社長が皆に指示する。


「わかりました!」


「あ、あたしも病院に行きます! 行かせてください!」


「ああ、頼むよ」


 雅樹とナオが救急車に乗り込む。


「飯野さん、しっかりして!」


 ナオは不安で半泣き状態だった。




 ――病院――


 検査が終わり、点滴を打たれた状態で病室に運ばれて来た飯野。


「ご家族の方は?」医師が尋ねる。


「あ、間もなく見えるかと思います。俺達は会社の者なんですが、飯野さんの容態をお聞きしてもいいですか?」


「ご安心ください。貧血を起こされたようです。だいぶ疲労がたまっている様子ですから、2・3日ゆっくり休ませてあげてください。今は薬でぐっすり眠っていますから、明日になれば、だいぶ回復するはずですよ。ご家族の方が見えたら、私から話しておきますからね。お大事にしてください」


「ありがとうございました」


二人は頭を下げた。


「はぁ……。良かった……。何でもなくて……」ナオは病室の椅子に座り込む。


「俺、社長に連絡してくるから」


「うん」


 雅樹が病室を出て行った。


「飯野さん、びっくりさせないでよね……。どうなる事かと思ったよ……。やっぱり一人暮らしは大変なの? 神経が疲れちゃったのかな……。あたしに何か出来る事ないの? たまには甘えたっていいのに……」ナオは眠っている飯野に向かって独り言をつぶやきながら、そっと手を握った。


 ビクッ!


 飯野の手が、一瞬握り返したような気がした。


 そこに雅樹が戻って来た。慌てて手を引くナオ。


「社長もほっとしてたよ。でも、ほんとにびっくりしたよな。ガタガタって音がしたから振り向いたら、飯野さんが倒れてるんだもんなー。何の冗談かと思ったよ」


「ほんとよね、どんだけ疲れてたのよ」


 その時、ドアが開く音がした。


 スーッ、ガタンッ。


 女性がひとりで入って来た。ノックもせずに。


「あなた……」


 奥さんだ。

 二人がベッドから離れる。


「倒れたって言うから、びっくりしたじゃない。もう、心配させないでよ……」


 彼女は飯野の顔を撫でると、安堵の表情を見せ、二人の方へ顔を向けた。


「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした……」


「いえ、いえ。迷惑だなんて、全然ですよ。大事に至らなくて良かったです。俺達も安心しました。じゃあ、俺達はこれで失礼します」


「ありがとうございました」


 二人が病室を出て歩き始めると、再び飯野の妻が追って来た。


「あ、あの……」


「はい?」


「雅樹さんと、えっと……」ナオの顔を見る飯野の妻。


「あっ、……美坂です」


「みさか、さんね……。お二人にちょっとお聞きしたいのですが、仕事はそんなに大変だったのでしょうか?」


 二人は顔を見合わせる。


「そうですね〜。まぁ、仕事ですから大変には違いないですけど…。飯野さんは今までずっと忙しかったですし、それなりにペース配分出来る人でしたから、特に忙しくなったわけでもないとは思うんですけどね。ただ、最近ちょっと痩せたかな、とは思ってましたけど……」


「そうですか……。やっぱり私のせいですね……」


「えっ? 奥さんのせいだなんて……。何でですか? 何か……あったんですか?」


「雅樹、止めなよ。飯野さんは無事だったんだから、そんな事……」


「いいんです。……。実は私……、暫く家を出ていて、主人とは顔を合わせてなかったものですから……」


「それはつまり……、別居……中……?」


 ナオは逃げ出したかった。


「まぁ……、そうですね……。別居って言っても、実家に帰っていただけなんですけど。私があの人を追い詰めてしまったのかも知れません……。先生にも言われてしまいました。軽い栄養失調状態ですから、スタミナ付けてあげてください、って。今時、いくら軽いって言っても栄養失調だなんて、有り得ませんよね? 食事も喉を通らない程だったんでしょう……。私もいい加減、意地を張るのは止めようと思います。また皆さんにご迷惑はかけられませんもの。……、あ……、栄養失調の事は秘密にしておいてくださいね。お恥ずかしい事ですから……。本当に……ご心配をお掛けしました。これからも主人の事、よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」二人は同時に頭を下げた。


 飯野の妻は病室へ戻って行った。



「驚いたな。別居中だったなんてさ。奥さんにバレちゃったってわけか……。飯野さん、正直だからな。はぁ〜、今日はなんだか心臓が疲れたな〜。予想外な事が続いてさ」


「…………」ナオは動けないまま。


「ナオ? 大丈夫か? ちょっと座るか?」雅樹が待合室の椅子に座らせる。


「そんなにショックだったのか? 別居してた事が」


 小さく首を横に振るナオ。


「あ、もしかして知ってたんか?」



 コ、ク、リ。



「そっか……。ナオは飯野さんの事は何でも知ってるんだな……」


「逆だよ……」


「逆?」


「あたし……、飯野さんの事、なんにも知らないんだ。仕事の顔と酔った顔と……優しい手の温もりだけ……。プライベートはなんにも知らない……」


「知る必要あんのか?」


「……ふっ……。そうだね……。あたしね、初めてだったんだ~。奥さんと位置付けられた人と直接話たのって」


「位置付けられた人?」


「今までも妻帯者の人と付き合った事あるけど、奥さんの存在は言葉だけだった……。好きになった人の奥さんに会うって、こんな気分になるんだなぁって、今更気づかされたよ…」


「こんな気分て?」


「なんて言ったらいいんだろ? ……敗北感? 別に勝負してたわけじゃないけど、これ以上深入り出来ないってゆうか、強制終了させられた感じ。……。だけど不思議と嫉妬してない自分に驚いてる。なんで……かな?」


「踏ん切れたんじゃねーか?」


「う~ん……。飯野さんの奥さんがいい人だからかな? 飯野さんを見る優しそうな眼差し……。大人しそうだけどしっかりしてるようにも見えるし……。あの人なら安心して飯野さんを任せられるって思えたのかも……」


「おまえ何様のつもりだよ―。奥さんなんだから、任すも何もねーだろうよ」


「ふ……。だよね。なんかね、飯野さんが奥さんの事、2度は裏切れないって言った意味が、なんとなくわかったような気がするんだ……」


「あきらめ……られそうか?」


「まだわかんない。でも、なんだか心の中がスッキリして行くのがわかる……。今までには感じた事ない気持ちになってる……。それに、あたしの気持ちも飯野さんに負担をかけてしまったのかも知れないし……。ホントはね……。雅樹と矢城くんに伝えたいと思ってた事があったんだ。……でも、言わない事にした。自分の心に留めて置こうと思う……」


「なんだよそれ。気になるじゃんか!」


「自分の気持ちの事だから……。でも前を向いてるから大丈夫だよ」


 雅樹はナオを見つめると「俺、待ってっからな……」と呟くように言った。


「うん……。あっ! あーーーー!」ナオが急に雅樹に向かって叫んだ。


「な、なんだよ」


「待ってる、で思い出した! 雅樹、あんた、矢城くんに言ったでしょ! あたしと寝たこと!」


「はぁ? 言ってねーよ! 言うわけないだろ!?」


「矢城くんが教えてくれたんだから!」


「矢城が? 俺、いつそんなこと言った…………あっ――――! やべっ! あん時……」


「ったく。信じらんないよ。人として最低ー!」


「いや、あのさ、あん時は俺、焦ってたんだよ。矢城がナオに近づけば、ナオの気持ちが矢城に向いて行くんじゃないかって。だから、その……、つい、俺の方がナオを知ってるって言っちまったんだ。悪かった……。俺、ナオが好き過ぎて、自分のことしか考えてなかったんだ。どうかしてたんだよ。ホントに悪かった! 謝る! ごめん!」


「もう〜。矢城くんにだけだから、許してあげなくなくもないけど?」


「もっと大人になるから、勘弁してくれよ……」


「ぷっ、雅樹が口が軽いのは、親しい仲間内だけってわかってるから。もう、いいよ」


「軽くねーよ! ……まぁいいや。ナオにわかってもらえてればそれでいい。俺、マジだから。ナオの事。気長に待つからさ。もっと余裕のある人間になるよう努力すっから!」


「ありがとう。じゃあ、気長に待っててよ。気づいたら、じいさん、ばあさんになってたりして」


「待たせ過ぎだろ!」ふたりは笑いながら病院を後にした。






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