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想いが届く時  作者: 茉月
10/16

雅樹と矢城

 ナオが意識を取り戻したのは翌日の夕方だった。


 病室には母親と、珍しく父親の姿があった。ふたりの後方に雅樹もいる。3人は、ナオが意識を取り戻した事に安堵の表情を見せた。


 頭と腕、足に包帯が巻かれ、腕には点滴が打たれていたが、傷は浅く、異常がなければ、2週間程の入院で済むらしい。

 ナオは暫く痛みに耐えていたが、大事な事に気づく。


「矢城くん……。ねえ! 矢城くんは!? 彼はどこ?」


 3人の表情が曇る……。口を開いたのは雅樹だった。


「矢城は……、まだ意識が戻らないんだ。……。矢城の方は俺が様子見に行くから、とにかくナオは自分の事だけ考えろ!」


 母も頷く。


「意識が……戻らない? そんな……。大丈夫よね? あたしが生きてるんだもの……」


 ナオは祈った。それしか出来なかった。



 3日後、意識を取り戻した矢城の第一声は「ナオさんは無事ですよね?」だった。


 矢城は右頸骨を骨折し、全身打撲したものの、命に別状はないとの事。


 相手の運転手は即死だったそうだ。


 警察官の話によると、事故の状態から見ても、命がある事が奇跡。ナオに関しては、軽い怪我で済んだ事が信じられないとの事だった。衝突後の運転処理が、命の明暗を分けたとも言っていた。

 恐らく彼女を助けようと、必死に軌道修正をしたのだろうと……。



『ああ……。神様……。ありがとうございます。私達を守ってくださって、心から感謝いたします……。矢城くん、ナオを守ってくれてほんとにありがとう』


 ナオは涙を流し、震えながら手を合わせるのだった。



 矢城は、自分の不注意で、ナオや会社に迷惑をかけてしまった事を謝罪した。家族にも心配かけてしまった事に、自分を責め、一時はかなり落ち込んでいた。だが、矢城はスピードも出しておらず、落ち度は全くなかった事に、誰も矢城を責めず、励ましてくれていた。

 ふたりの関係を冷やかす者もいたくらいだ。




 半月後、ナオが退院。


 矢城はギプスがはずれたとしても、リハビリが必要な為、数ヶ月かかりそうだ。


「ごめんね、先に退院する事になっちゃって……」


「何謝ってるんですか! ……。ほんとに良かったです。ナオさんが元気になって…。それだけで俺は……生きて行けます」


「矢城くん……」


「俺もリハビリ頑張りますから!」


「あたし、仕事上がりに毎日来るから。一緒に頑張ろう?」


「そんな気を使わなくていいですって! 俺、こう見えて、結構鍛えてんですよ。回復力には自信ありますから」


「でも、ひとりで頑張るより、誰かいた方が、もっと頑張れるでしょ?」


「今以上に頑張れって言うんですかー?」


「そ! 早く元気になって欲しいもの」


「ナオさん……。俺の為に無理しないでください。そんな事されても、俺、嬉しくないですから。それに、ナオさんだって完全復帰したわけじゃないんですからね!」


「わかってるって。無理しなきゃいいんでしょ?」


 ナオは両親と一緒に病院を後にした。



 ナオを見送った雅樹は矢城と病室に戻った。


 雅樹は、ようやく矢城と話す事が出来た。


「リハビリはキツいな」


「ええ……。ナオさんにはあんな事言っちゃいましたけど、かなりしんどい気がするんですよね……」


「おまえ……、強くなったな。力だけじゃなく、気持ちの方も」


「ナオさんのお陰です」


 雅樹は、事故以来聞けないでいた、矢城の気持ちを確かめるように話始めた。


「矢城はさ、なんであの日、ナオと一緒に居たんだ?」


「俺が……誘ったんです。前の日に雅樹さんと一緒にいるとこ見ちゃったから……。軽く焼きもち妬いたんです。俺もバカですよね……。だからバチが当たったんですかね?」


「んなわけねーだろ? おまえは、ナオが好きなんだよな? いつからだ?」


「多分……、ナオさんが来た時からです。初めて見た時から、ときめいてました。最初は、雅樹さんといるナオさんを見てるだけで満足だったんです。でも、段々思いが強くなって、短い時間でも一緒にいたいと思うようになったんです」


「そうか……。おまえが言ってた好きな女性(ひと)って、ナオの事だったんだな……。ナオには気持ち伝えてあるのか?」


「ええ……。告白しました。でも、ナオさんは俺の事、異性として扱ってないと思いますよ。かわいい子を見つけろ的な事言われちゃいました……。ナオさんは、片想いの彼をあきらめて、多分…、今は雅樹さんに気が向いて来てると思うんですよ」


「片想いの彼? 知ってたのか?」


「どんな男性(ひと)なのか知りませんけど、あきらめなきゃならない人だって言ってましたし……」


「それで、なんで俺に気が向いてるって思うんだ?」


「雅樹さんといるナオさんの笑顔は本物です。心から素で笑ってます。俺はその笑顔を見ていられれば、それで満足です。だから、この事故で、その笑顔が奪われなくて、ほんとに良かったと思ってるんです」


「その笑顔を自分のものにしたいとは思わないのか? おまえの前でも、素で笑って欲しいとは思わないのか?」


「思いましたよ! だから何度も誘いました! でも、ナオさんは、ずっと俺を見てくれてませんでした。俺の前で笑う笑顔の奥には、なんとなく寂しさが残ってるんですよ。だから、俺じゃダメだと思ったんです。ナオさんの相手は俺じゃないって……。まあ、そんな事最初からわかってましたけど」


 矢城はさばさばした表情で話した。


 雅樹は、ナオを思う矢城の気持ちは本物だと感じた。自分だってナオが好きだ。しかし、窮地に追い込まれ時、矢城のようにナオを守る事が出来ただろうか? ナオの気持ちも確認しないまま、自分の欲望だけでナオを抱いてしまった俺は、恋愛ごっこしてるだけなんじゃないか?


「事故にあった時ってさ……、何か考えたか? 何か思う事あったか?」


「ん~、目の前に突然車が見えましたからねー。ナオさんにぶつかったらおしまいだと、必死でハンドルを切った記憶はあるんですけど、あんま覚えてないんですよー。気がついた時はベッドの上でしたから」


 矢城はまたもや淡々と話す。


「だよな……。でも、おまえのお陰でナオは軽いケガで済んだんだ。命の恩人だよ」


「違いますよ! 俺のせいでナオさんを危険な目に遇わせてしまったんです! 俺は疫病神ですよ!」


「そんな自分を責める事言うな! おまえは悪くない! ぶつけた相手が、おまえらに命を預けたとは思えないか? 彼が全責任を負ってくれたんじゃないのか? とにかくふたりとも生きてる。それだけで十分だ」


「雅樹さん……。やっぱり雅樹さんは男らしいですね……。俺なんかが敵うわけないです……」


「いや……。俺は矢城の方が強いと思ってる。ナオに対するおまえの気持ちは、恐らく……俺より強い……」


「ダメですよ! 雅樹さんにはちゃんとナオさんを守ってもらわなきゃ困ります! そんな弱気にならないでくださいよ!」


 雅樹は苦笑いしながら、また来るからと言って、病室を出た。



 俺がナオを守る……。出来るのだろうか?


 雅樹は、自問自答しながら家路を急いだ。




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