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サッちゃんと玩具箱

作者: Sみかん
掲載日:2026/10/29

 私はサキュバス。正体を隠して平穏な日々を送る一般サキュバスだ。 

 なぜ正体を隠しているかって?そんなのサキュバスにとって正体がバレることはすっごくとっても恥ずかしいからに決まってるでしょう?

 どのくらい恥ずかしいかというと大通りで全裸でサンバを踊るほうがマシなくらい恥ずかしいことなのだ。

 紫に近い濃いピンク色の髪、男女問わず思わず視線に困るようなムチムチな身体、ウインク一つで相手を骨抜きにできる整った顔立ち。

 そして一挙手一投足全てが魅力的な私は常にサキュバスバレのリスクと隣り合わせだと思っている。


 その日は私が今月三つ目?四つ目くらいの職場で心機一転新生活を夢見た初出勤の日だった。

 森人街アクエアのとあるカフェテリアが私の新しい職場だ。

 アクエアはいい。エルフが多く暮らしているこの街はサキュバスにとっても過ごしやすい。

 ま、実は私はアクエア生まれアクエア育ちだから他の街の事情はよく知らないんだけどね。

 エルフとサキュバスは寿命も近く、目立つ長い耳もエルフとそっくりだ。

 だからきっと、私以外のサキュバスもこの街で暮らしているのだろう。

 例えばあの子!

「オナハちゃん!レイヤさん!ここが評判のカフェですよ!」

 桜色の長い髪をしたエルフの少女が得意げにコーヒーのうんちくを開始した。

 たしかリリーティアとかいう冒険者で、街では結構有名な女の子だ。椅子に立てかけてある、白いでっかい花がついた立派な木製の杖がいかにもエルフの魔法使いといった感じだ。

 背もまだ低く体型も子供っぽいが、ぱっちりとした緑の双眸はキラキラと元気に輝いていて、サキュバスの私すら息をのむほど可愛らしい。

 数年もすれば身体つきも大人っぽくなり、きっと相当の美人になる。サキュバスの可能性は十分にある。

「本格的なんだね。ミルクとお砂糖をいっぱいいれてほしいっていったら怒られちゃうかな……?」

 赤い髪を三つ編みにしたエルフの少女が不安げに口を開いた。どうやらオナハちゃんという名前らしい。

 ゆったりとした服の上からでもわかるプロポーションのよさ、優しそうな瞳と溢れる母性。あの子もサキュバスの可能性がある。

「オナハちゃん大丈夫ですよ。メニューにカフェオレもあります。しかもカフェオレのコーヒー豆はカフェオレ用に厳選してるそうです」

 メニュー表を指さして微笑むエルフの少女は冒険者ギルドの受付で見た気がする。この人がレイヤさんだろう。

 落ち着いた栗毛の清楚そうな小柄で華奢な受付嬢は確かに可愛い。冒険で疲れて帰って来たところをあの子の笑顔で迎えられたらきっとほっとするだろう。

 だが色気なんて少しもない。あの子はサキュバスの可能性は0だ。同族だからわかる。あまりにも貧相だ。

 サキュバスっていうのは私みたいに胸がどーんと大きくおしりもふともももむっちりとしていて、それでもウエストはすっきり、面接だけは相手が男なら必ず通るような美人のお姉さんだと相場は決まっているのだ。

 私がレジの前で人間観察をしていると、背後から怒鳴り声が聞こえた。

「ちょっとサッちゃん!ぼーっとしてないで注文取ってきてよ!」

 いけない、恰幅のいいおヒゲがダンディーなカフェのマスターに怒鳴られてしまった。

 私は大慌てでレジの引き出しを閉めると、きゃっきゃとガールズトークに花を咲かせる三人の注文を取りに向かった。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 しゃなりと身体をくねらせ色気を振りまきながら声をかける。

 男女問わず魅了する私の魅惑のボディを前にリリーティアとレイヤの視線が一瞬胸へと行くのを感じる。

 羨望の視線が気持ちいい……!

「私はもちろんマスターオリジナルブレンドのブラックと日替わりケーキを」

 リリーティアが見栄を張って言う。わかってるぞ、いざ飲んだら絶対小声で「苦っ……」って言うんでしょう。あざといやつめ。

「私はこのハニーカフェオレのケーキセットを……」

 オナハがメニューを指さすとレイヤも小さく手をあげた。

「あ、私も同じのがいいです。リリーティアちゃん、3人でハニーカフェオレのケーキセットにしませんか?」

 レイヤに言われてリリーティアは少し悩んだ後私を見上げた。

「すみません、じゃあ私もブラックではなくハニーカフェオレを」

「はいはーい。ハニーカフェオレをみっつですね」

 私はカウンター越しに立つマスターの前に注文メモを置くと、3人のためにお冷を用意する。

 しかし美少女3人の周りは空気が違うな。眺めているだけで楽しい。

「そうそう!オナハちゃんもレイヤさんもきいた?あの話」

「あの話?」

 オナハが尋ねる。私も面白そうな話に聞き耳を立てながら水を運ぶ。

「サキュバスが出るって話!」

「はっ!?」

 私が水の入っているコップを乗せたお盆を落とす。

「ぴっ!?」

 それに驚いたのかレイヤがびくりと派手に身を震わせる。

「ちょっとサッちゃん!何やってるの!コップ代給料から引くからね!」

「ごめんなさいー!」

 うう、サキュバスという単語にびっくりしてコップを割ってしまった。

「ちゃんと片付けてよ!」

「でもでもぉ、おっきい胸が当たっちゃった事故でぇ」

 マスターの前でくねくねと上半身を揺らす。

 が、マスターは一瞬鼻の下を伸ばしただけですぐ眉間にしわを寄せた。

「早く手を動かせ!」

「うわーん!ごめんなさいー!」

 色仕掛け失敗。私は大慌てでホウキと塵取りとモップを取りにスタッフルームへ向かった。


 慌てて掃除道具をとって戻ると、3人はまだサキュバスの話題で盛り上がっていた。

 生きた心地がしないのでやめてほしい。

「リ、リリーティアちゃん!サキュバスなんているわけないじゃないですかー」

「何言ってるんですかレイヤさん……コソ泥サキュバス捕まえた時の話また忘れたんですか?」

「え!?いやその!ありましたねーそんな事件、いますよねサキュバスうんうん」

 レイヤが遠目から見ても汗びっしょりだ。あの席って日当たりがいいからなぁ。

 私は正体がバレるようなへまはしないが、会話の内容はやっぱり気になるので割れたコップを片付けながら注意深く3人の話に耳を傾けた。

「で、サキュバスなんですけどぉなんと夜な夜な現れては牛乳を飲んでるらしいんです!」

「え!?違いますよ!?牛乳は背と胸を育てるためであってサキュバスだから飲んでるわけじゃないです!」

 なぜか猛抗議をするレイヤ。大丈夫、誰もあなたみたいなちっちゃくて清楚な子をそうは思わないって。

「あははレイヤさんがサキュバスだなんて思ってないですよ」

「はい、レイヤさんはどこからどう見てもエルフじゃないですか」

 ほらね。

 はぁ、わざわざ聞き耳まで立てたのにとてもとてもくだらないうわさ話でしかなかった。

 なによサキュバスが夜な夜な牛乳を飲んでるって。牛乳くらい誰だって飲むでしょ。

 私がしょーもない話にうんざりしていると、マスターからまたまた怒鳴り声が飛んできてしまった。

「サッちゃん!いつまで片付けてんの!いいからコーヒーとケーキ運んで!」

「あ、はぁい」

 私は気を取り直して仕事に戻ることにした。


 カフェの閉店後、暗い店内で初仕事を終えた私は廃棄となるごみを捨てる準備を進めていた。

 フィルターとコーヒー豆、客の食べ残し、あと蓋の開いた牛乳に……ってもったいないわね、蓋は開いてるけど別に傷んでないじゃない。

 私は牛乳を胃袋に廃棄することにした。

 ってなにこれお酒!?牛乳のお酒なんて珍しい~。どうやって作るんだろう?発酵させたらチーズになっちゃうんじゃないの?

「ちょっとサッちゃん!?」

 マスターの怒鳴り声が聞こえる。

「困るよ勝手にこんなことされちゃ!」

「え?え?」

 特に困るようなことはしていないはず。廃棄の牛乳を飲んだだけで……。

 昼、美少女3人組が話していたことを突然思い出した。

『で、サキュバスなんですけどぉなんと夜な夜な現れては牛乳を飲んでるらしいんです!』

 今は夜、私が飲んでいたのは牛乳、困るようなこと……まさか私がサキュバスだと気づいた!?

 サキュバスがいるカフェだと思われると困るってこと!?

「ち、違うんです!これには深いわけが……!その……」

 恥ずかしさのあまり頭が真っ白になる。

「明日の仕込みを勝手に飲みやがって!給料から引いておくから覚悟しておけよ!」

「ごめんなさい!!」

 私はマスターの口に牛乳瓶をねじ込むために飛び掛かった。

 マスターも夜に牛乳を飲めばサキュバスだ。その理屈がおかしいことを冷静に説けば、私がサキュバスでない事も納得してくれるだろう。

 驚いた顔のマスターの口に綺麗に牛乳瓶が入った。

 だが慌てていたせいか、私は勢い余って押し倒す格好でマスターに覆いかぶさってしまう。

 ごつん。

 鈍い音を立ててマスターの後頭部が壁にぶつかった。

 動かなくなるマスター。

「マ、マスター……?」

 返事はない。牛乳瓶がふごふごと動くだけだ。

「も、もー冗談やめてくださいよー」

 マスターの身体をゆする。反応はない。

 こ、こうなったら!

「まぁすたぁ~、目をさましてくれたらぁ、おっぱいさわらせてあげちゃおっかなぁ~」

 前屈みになり両腕で大きな自慢の胸をむにっと寄せ、わざとらしく上半身をゆすってみせる。

 これに食いつかない男はいない。

 ゆっさゆっさ。

 反応はない。

 ま、まさか……

「ひ、ひとを殺してしまった……」

 私は誘惑キメポーズのまま顔が真っ青になった。


 ヒトは本当に大変な事が起きると逆に冷静になるらしい。

 外から見えないように落ち着いてカフェの明かりを消す。

 真っ暗でも私はサキュバスなので夜目が効くので問題はない。

 光のないバックヤードを漁ると無事にスコップと荷台を発見することができた。

「これで庭に埋められる」

 バイト初日から申し訳ないとは思う。でも私の平穏な生活のためにはマスターには発見されることなくカフェの庭で眠ってもらわないといけない。

「どうして……どうしてこんなことにぃ」

 私は涙目でスコップを乗せた荷台に死んだマスターを乗せようとした。

「重っ!」

 うまいこと持ち上げて荷台に乗せようと思ったがぽっちゃりしたマスターの身体はちっとも持ち上がりはしない。

 私は諦めてマスターの両足を掴んで庭まで引きずっていくことにした。

 ガチャリ。

「ぴっ!?」

 玄関が開く。

 しまった!玄関をしめてなかった!

 私は慌ててしゃがむと、カウンターの影に隠れる。そして全身を使って倒れたマスターをカウンターの奥へと押し込んだ。

 慌てて隠れてしまったが、考えてみたら「もう閉店ですよ」と親切に店員らしく堂々と追い払えばよかっただけじゃない。

 私はすっと立ち上がるとにっこりとお客様へとほほ笑んだ。

「もう閉店ですよ」

 入ってきた背の高い黒ずくめの服装をしたエルフの男性客は私をじろじろと見ると、にたりと下品な笑みを浮かべた。

「知ってるぜぇ『鍵屋』さんよぉ。噂には聞いてたが本当に女だったとはな」

 カギヤ?私はそんな名前ではなくサッちゃんだけど……

 私の疑問をよそにひょろりと細身の男は、妙に目をぎらつかせた人相の悪いにやけ面のまま続ける。

「噂通りの腕だな。まるで鍵を使ったみてえに一切の痕跡なく鍵を開けるとは」

 開けるどころか鍵をかけていなかったのだけなんだけど……

 そしてレジの方に視線を向けた。

「さあ目的の金をもらったらずらかろぜ。一発ヤらせてくれたら分け前は三対七、もちろんアンタが七でいいぜ、へへへ」

 品のない冗談を言う男の舐めるような視線を感じ、私の本能が空腹を訴える。

 そういえばもう数週間はサキュバスとしての食事をしてないなぁ。

 が、そんなのんきなことを言っている場合ではない。

 たぶんこの人は強盗だ。私は確信した。

 逃げて衛兵を呼ぶ!?ダメダメダメ!マスターが発見されたら強盗は捕まっても私まで殺人罪で捕まっちゃう!

 お金を出して帰ってもらう!?いやまてよ……

 あの人は私を『鍵屋』とかいう仲間だと勘違いしている……

 とりあえず、『鍵屋』という人のふりをしていい感じにあれこれして、最終的にどうにか帰ってもらおう。

「レジならもう開けた」

 まだ鍵をかけていなかっただけなんだけどね。

 私がボタンをぽちっと押すとチンッと小気味いい音を立ててレジの引き出しが開いた。

 それを見て男が口笛を吹く。

「すげえ手際だ」

 男は上機嫌でこちらへと寄ってきた。

 こないで!こっちにはマスターの死体が!

「気が散っちまう。そっちで待っててくれ」

 それっぽい言い訳をしながら、レジの中にあった紙幣や金銀銅貨を乱暴に手近にあった袋に入れると、口を縛って男に投げ渡した。

 ちょっと今の私、できる強盗っぽくてかっこよくなかった?

 男は大人しく私に従って店の中ほどで足を止めると、投げ渡されたずっしりと重量感のある袋を受け取り満足そうな笑みを浮かべた。

「なああんたいっそ俺と組まねえか?俺がターゲットを見つけて侵入経路をチェックする。あんたが障害となるカギを開ける。これからも今回みたいにきっと上手くいくぜ?」

「悪いけど誰かと組む気はないね」

 クールな泥棒ごっこ、ちょっと楽しくなってきた。

「私は証拠を片付けてからずらかるよ。もう貰うものはしっかりもらってあるからね。あんたはさっさと行きな」

 本当にさっさと行ってほしい。私はマスターを埋めなきゃいけないの。

「冗談きついぜ。まだ本命があるだろうがよ」

「本命?」

 私が疑問を口にすると男の顔が険しくなった。

「金庫だよ金庫」

 あー、なるほど。

 やっぱり本職は着眼点が違う。その発想はなかった。

「まさか俺を追い払って一人で全部懐に入れようとか考えてねえだろうなぁ?」

「まさか」

 私の全身から冷たい汗が噴き出た。

 私は慌ててその場にしゃがむ。カウンターのレジの下にダイヤルのついた立派な金庫がある。もちろん金庫は鍵が開きっぱなしなんてことはない。

 鍵はマスターが保管しているのだろう。だが、鍵があったとしてダイヤルの番号なんてわかるわけがない。

「金庫なんて初耳だ。本当にあるのか?」

「アンタの足元だよ。仕事を依頼するときに地図を送っただろうが」

 そう言われては足元を確認するふりをせざるを得ない。

「悪い、見落としていた。確かにあるな」

 隣でぐったりとして白目を剥いたマスターと目があったら本当に見落とす人がいる可能性はある。

 ぅぅ、マスターそんな目で私を見ないで……

「金庫破りの『鍵屋』様の本領、見させてもらうぜ」

 私は金庫の前に座り込むと、真剣な顔でダイヤルを回しながら耳をそばだてた。

 音の違いから正しいナンバーを推測するのだ。

 人間、本気になればゾーンに入って些細な音の違いも分かるようになるかもしれない。

 まずは時計回り。

 カチカチカチカチ……

 全部同じ音。

 じゃあ次は反時計回り。

 カチカチカチカチ……

 全部同じ音。

「……くそっ。王都の最新式か。随分と羽振りのいい店みたいだ」

 口から出まかせである。

「はぁ!?ふざけんじゃねえぞ!?」

 殺気に満ちた顔をした男が大股でこっちに寄ってきた。

「前金あんだけぶんどっておいて『できません』はねえよなぁ?」

 ひぃぃ!やめてこないで!こっちにはマスターの死体が……

「完全にこっちの落ち度だ。レジの売上は全部あんたにやる。それでどうだ?」

「前金の半分もねえだろうが!!」

 男が怒鳴る。そしてついに私の傍に来ると胸倉をつかんできた。

 こわいこわいこわい!すごい怒ってるこの人!私悪くないのに!

「おい!そんな大声出したら人がくるだろ!」

「こねーよ!そういった下準備をしてるからな!」

 私のつるぷる魅惑の唇に唇が触れてしまうのではないかと思うほど顔を近づけた男は、わたしを乱暴に投げ捨てた。

 思わず私は小さく悲鳴を上げて床に倒れる。

 こういう時もスカートから太ももをのぞかせちらりと下着が見える角度で倒れるよう気を付けるのは、悲しいかなサキュバスの習性である。

 私がとてもセクシーに倒れているにもかかわらず、男はあろうことかカウンターの下で座り込んだ。

「あっ?どう見てもただの普通の金庫じゃねえ……か」

 その金庫の隣にはマスターの死体がある。

 男がそれに気づかないわけがなかった。

「おい、このおっさん。まさか殺し……」

 私はレジを両手で掴むと男の後頭部へと振り下ろした。

 チンッという小気味いい音と共に男はマスターの死体に重なり合うように倒れてしまった。

 殺してしまったなら一人も二人も変わらない。

 そう思っていたが、いざ手を下すとさーっと血の気が引くのを感じた。

「ひ、ひとを殺してしまった……二人も」


 私はカフェの裏庭で穴を掘っていた。

 スコップを地面に突き刺し、縁に足をかけて体重をかける。そして取っ手をぐっと引いて土を掘り起こし、横へ積み上げていく。

 土を掘るという行為は想像以上に重労働だ。大小さまざまな石があたりなかなかスコップは刺さらないし、土は重たいしでそう簡単にはヒトを二人埋められるような穴は作れそうにはない。

 それでもやるしかない。あの二人の死体が見つかったら私の人生はおしまいだ。

 私は全身を汗でびしょびしょにしながらも穴を掘り続けた。

 一応、万が一死体が見つかっても大丈夫なように工作はしている。

 強盗の手には牛乳瓶を握らせており、マスターの両手にはレジを抱えさせている。

 それだけじゃない。

 強盗の懐にあった財布を私は頂戴している。

 マスターが強盗の財布を奪った。怒った強盗がマスターに襲い掛かった。そして相打ちに……というシナリオだ。

 埋める前に見つかったとしても私のシナリオ通りに誤認してくれる可能性がまだある。

 あと財布は迷惑料でもある。あんまり入ってなかったけど。

「ふええ……どうしてこんなことになっちゃったのぉ……」

 どうにか人を一人埋められそうな穴にはなってきた。

 まずは一人埋めてしまおう。

 マスターより軽そうな強盗からだ。

 私は建物の中に戻ると、男の身体を荷台に乗せて裏庭のベランダまで運んだ。

 ベランダには小さな木の階段が裏庭に伸びており、荷台は使えないのでここからは両足を掴んで引きずっていく。

「ごめんなさいごめんなさい。でも強盗なんてするから自業自得です」

 殺してしまった命にお詫びをしながら私は穴の傍まで男を運んだ。

 そして男を両手で穴に転がし入れる。

「ふう」

 度重なる重労働で吹き出した額の汗をぬぐう。

 これであとは土をかぶせるだけだ。

 私はえっほえっほと掘り起こした土をスコップで戻していく。

 ガチャリ。突如背後で扉が開く音がした。

「ひぃぃい!?」

 私は悲鳴を上げながら背後を振り返った。

「マ、マスター!?」

 そこには死んだはずのマスターが赤ら顔で立っていた。

「サッちゃぁん……」

「よ、よかった生きてたんですね!?私信じてました!」

 ふらふらとした足取りでこちらに近寄ってくるマスター。酔っぱらってる?

 そういえばあの牛乳、お酒だったっけか……

「あ、危ないですよマスター!さあ部屋に戻りましょう!」

 マスターが生きていたことは嬉しいが、これ以上こちらにこられて強盗の死体を発見されるとマズイ。

 私は大慌てでマスターに駆け寄るが、マスターは階段を千鳥足で降りると私を押し倒すように倒れた。

「きゃっ!?」

 マスターの体重を支え切れず私は簡単に押し倒されてしまう。

 やぁん、大胆なんて普段なら喜んでなすがままにされているが、今は一刻も早く強盗を埋めないといけない!

「サッちゃん……君は死んだ僕の妻とそっくりなんだ」

「は、はい?」

 酒臭い息が顔にかかる。目はとろんとしており、どこか遠くを見ているようだ。

 この目は……私の魅了能力で理性を失っている!?

 私は魅力的過ぎるので時たま、自分が意図せず男の理性をドロドロに溶かしてしまうことがあった。

 でもでもでも!よりによってこんな時に!

「頼むよサッちゃん!寂しいんだよ!俺を慰めてくれよ!」

 言いながらマスターは私のメイド服のブラウスに手をかけた。そして丁寧にボタンを一つずつ外していく。

「ダメです!ダメですよマスター!あとでいくらでもキモチイイ夢みせてあげますから!」

「今がいいんだ……」

「私はよくないんですー!」

 死体の隣で楽しい夢をみせられるほど私は肝が据わっていない。

 ちらりと穴の方を向くと白目を剥いた男と目が合う。

 こんなところで始めちゃったら、どこかで絶対マスターに死体をみつけられちゃう!

「そうだマスター!ベッド!ベッドにいきましょう!こんな場所で服脱いだら風邪ひいちゃう!」

「目をさましたらおっぱいさわらせてくれるんだろう?」

「なんでそこはしっかり聞こえてるんですかぁ!?」

 私はどうにかマスターから逃れて追い払おうと必死にもがく。

 むりむりむり、マスター重い!こんなの逃げられない!

 普段ならカモがネギしょってきた!と大喜びで襲われるけれども今はそれどころじゃない。

 ブラウスを脱がされ、肌に直接冷たい夜風が触れる。

 もう仕方がない……夢に偽装する余裕はないけど、このくらいならサキュバスだってバレないよね?

 私はマスターのほっぺたを両手で挟み込むと首を伸ばしてその唇を奪った。

 サキュバスの唇は男を魅了する武器であると同時に捕食器官でもある。

 キスの心地よさに逆らえる男はほとんどおらず、ゆっくりと生命力を唇へと捧げてしまうのだ。

 それを私は全力で行う!マスターが失神するまで!

 マスターがうめき声をあげながらも表情をとろけさせながら私のキスを受け入れる。

 本来であればちょっぴり倦怠感を覚える程度しか生命力は吸えないはずだが今日!私は!サキュバスの限界を超える!

 ずぞぞぞと音を立ててマスターの唇を全力で吸い上げた後、ちゅぽんと音を立てて唇を離す。

 お腹が満たされ全身に力が巡る。

 すごい、相当の生命力を唇からいただいた感覚がある。

 そうだ!私はやればできる子!おなかいっぱい元気いっぱい!

 なんだかお腹が満たされたら強盗の死体も、酔っぱらったマスターも全部なんとかできるような気がしてきた!

 そう張り切る私にマスターの身体が力なく完全に覆いかぶさってくる。

 重っ!完全に脱力してるヒトの身体って重っ!

「マ、マスター?気持ちよかったですかー?」

 返事はない。

「マスター?」

 私はマスターの身体の下からどうにか這い出してやっとこさ立ち上がる。そしてマスターを見下ろす。

 マスターは全身をビクビクと痙攣させ、完全に白目を剥いており顔は真っ青で血の気がない……

「ま、まさか……」

 足から力が抜け、私は思わずしりもちをついてしまった。

「生命力を吸いすぎちゃった……?」


 リリーティア・レニヤロロラは受付嬢のレイヤを寮に送り届けながら雑談を楽しんでいた。

 冒険者ギルドでひと事件あり、受付嬢のレイヤも帰宅がすっかり遅くなってしまっていた。

「あ、昼に行ったカフェってここでしたね」

 カフェの前を通ったリリーティアはハニーカフェオレのおいしさを思い出してうっとりとした表情になる。

 が、何かに気づいたように足を止めて店の方に向き直ると急に表情を険しくした。

「こんな時間に鍵もかけてないし、店内には誰もいない。不用心なお店ですね」

 リリーティアは目ざとくわずかに開いたカフェのドアに気づいたようだ。

「まだお掃除とかしてるだけじゃないかしら」

 レイヤが小さく首をかしげるがリリーティアは杖を握り直してテクテクとカフェの方へと向かっていった。

「明かりもつけずにですか?確かに私達エルフは夜目が利くけれども明るい方が当然みやすいですよね?」

「え!?」

 なぜかレイヤが驚いた後に大慌てでうんうんと頷いた。

「はい!夜目効きます!エルフですから!」

 そんなレイヤの様子を気にもせずリリーティアは続ける。

「それにカウンターにあったレジも見えない。レジごと片づけるお店なのでしょうか?そんなわけはないと思います」

 カフェへと向かうリリーティアは、恐々と自分についてきているレイヤに気づき振り返った。

「送ってる途中なのにごめんなさい、レイヤさんは念のため衛兵さんを呼んでくれますか?様子を見て何もなければそれでよし、何かあったらまあなんとかしますよ」

「でも、危ないですよ!万が一強盗とかいたら……」

 心配そうなレイヤにリリーティアはにやりと自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。

「もし強盗がいたとして、レイヤさんは『玩具箱』が素人の強盗に負けると思っているんですか?」


 私、サッちゃんは途方に暮れていた。

「どうしてこうなっちゃったのぉお!」

 私は大声で泣きながらゆさゆさとマスターの身体をゆすった。

 私の全力のキスによるエナジードレインの結果、マスターは見たことのない表情ですっかり衰弱しきっていた。

 気絶させるつもりではあったがここまで追い込むつもりはなかった。

 もう一度キスをして思い切り息を吹き込めば起きるだろうか?

 だめだ吸うことはできても出すことはできない。

 万が一マスターが死んでしまって死因を調べられたら……

 サキュバスの犯行であることはすぐばれるであろう。

 そしてさらにそれが私の犯行だとバレてしまったら……

 平穏な人生の終了とサキュバスバレによる羞恥の日々の開始である。

「やーーだーーー!」

 私は泣きながらマスターの身体をゆすった。

「痛ぇ……何が……起こった?」

 また背後、掘った穴の方から声がする。

 土塗れの強盗が片手で私がぶん殴った後頭部をおさえながらゆっくりと起き上がっていた。

「生きてた!?よかった生きてた!?」

 元々消すつもりだった強盗だったが、もう生きててくれただけでうれしい。

 あとはマスターさえ復活してくれれば万事解決だ!

 私は無罪!誰も死んでない!

「その!聞いてください!マスターが生きてたんです!でもまた死にそうで!」

 マスターを助けるためならもう強盗の手も借りたい。

 私は強盗に助けを求めようとした、が……

「てめえ……俺まで消そうとしたのか?」

 男は私の言葉に耳を貸さず、懐に手をつっこみ何かを取り出した。

 ナイフだ。

 あ、これやばい奴だ。殺されちゃう。

 マスターの心配より自分の心配をしないといけないパターンだ。

「ひぃぃい!誤解!誤解なんですぅ!」

 本当に誤解だから困る。

 ……消そうとした部分は誤解ではないけど。

「まず私はただの店員で『鍵屋』でもなんでもないんですぅ!」

「それがどうした!?ぶっ殺す!」

「落ち着いて!落ち着いて!それよりマスターです!マスターが死んだらあなたも疑われちゃいますよ!」

「一人も二人も変わんねえ!」

「そんなことなかったです!二人目は一線超えちゃった感が胸にずんってくるんですよ!?」

「くそっ!マジで殺しをやってやがったのかこの女!」

「仕留め損ねてますぅ~!」

 私が泣きながら必死に誤解を解こうと強盗と平和的に言葉を重ねるが、まるで状況はよくならない。

 じりじりとこちらへにじり寄る強盗。

 その目は強い殺意で満ちており、説得はできそうになさそうだ。

 ただのサキュバスの私はナイフを持った男に対抗する方法なんてない。

 サキュバスの力を使ったところで、できることは起こった出来事を夢の中の出来事だと思わせる事だ。

 私を刺した事を強盗が夢だと勘違いしても、刺された私は現実だから何の意味もない。

 考えろ…考えるんだサッちゃん!

 はっ!?サキュバスの力!?

 突如、ピンチを乗り切る閃きが電撃のように私の脳を貫いた。

 私はマスターに脱がされかけ、ブラウスから下着が覗いている胸を両手で支えるとゆさゆさと持ち上げてみせた。

「ねぇん、強盗さん、おっぱいさわっておちつこう?ね?」

 ぱちんとウインク。

「ぶっ殺す!!」

「どうしてええええええ!」

 ナイフを振り上げ飛び掛かってくる強盗。

 男の人はみんなおっぱいが好きなはずなのにぃ!

「やーーだーーー!」

 私が悲鳴を上げたその時だった。

「とうっ!」

 小さな影が鋭く強盗の脇腹につっこんだ。

 それが少女の放った飛び蹴りだと気づいたのは、少女が容赦なく強盗の頭部に長い杖を振り下ろした後だった。

 強盗が小さくうめき声をあげて意識を失う。

 こ、この子も人を殺してしまったのでは!?

「大丈夫?お昼の店員さんだよね?」

 少女……リリーティア様はそう言いながら気絶した男の手からナイフを取り上げると男の身体をパンパンと触ってボディチェックをする。

 そして懐とズボンに手をつっこむとさやに入ったナイフを数本取り出して、自分の鞄の中に放り込んだ。

「ありがとうございまずぅう……」

 私はぺたんとその場に座り込み思わず声をあげてわんわんと泣いた。

「……殺したマスターを埋めて、店員さんをナイフで脅して乱暴をしようだなんて」

 リリーティアが心配そうに私とマスターをちらちらと見た。

 あれ?もしかしてすごく都合よく勘違いしてくれてない?

 私はさも被害に遭いましたと言う雰囲気を出しながらブラウスを着直した。

「あ!あのマスターはまだ生きてるかもしれないんです!」

 リリーティアは倒れているマスターの身体をしばらくペタペタ触った後、彼女が胸からぶら下げている指輪を両手で包み込み目をつぶった。

 すると指輪を包んだ手の指の間から光が漏れ、マスターの全身が淡く光った。

 何の魔法かはわからないが、なんだか気分が悪くなる。

 が、マスターの顔色はみるみるうちによくなっていったのできっと回復魔法だったのだろう。

「マ、マスターは治ったの?」

「応急処置はしたけれど……私はお医者様じゃないから」

 リリーティアは申し訳なさそうに答えた。

「衛兵もじきに来るのでその時にマスターさんは病院に運んでもらいましょ」

「うう……よかったぁ……」

 え?病院?

「ま、まって!病院ってことはなんでマスターが衰弱しちゃったか調べられちゃうの!?」

「そりゃそうじゃないですか?」

「こ、困ります!」

「困る?」

 一瞬、リリーティアの目に鋭い光が宿った気がした。

 やだやだやめて!こんな場所でサキュバスバレしたら二度と街を歩けなくなっちゃう!

「あのその!いろいろ大人の事情がありまして!ほらそうだ!実は私はマスターと大人の関係で色々探られると死んじゃったマスターの奥様も天国で悲しんじゃって!」

 ひぃいいい!何言ってるかわかんなくなってきちゃった!

 私がワタワタと両手を振り回して言い訳をしていると、ぱさりと私のスカートのポケットから何かが落ちた。

 お財布。キラカワにデコった私のとボロボロの強盗の革財布とで2個が落ちたのだ。

「可愛いお財布と渋いお財布ですね。2個使い分けてるんですか?」

 にこりと笑うリリーティアだが目の奥が笑っていない。

 もしかして私が強盗から財布を奪ったと思ってる!?

 いや後ろめたさがそう感じさせているのかもしれない……ううん、やっぱり笑ってないのでは!?

 とにかく!とにかく自然に!

 工作のために盗ったのであって、お金目当てではないんだ。堂々とするのよサッちゃん!

 私はあわわわわと口を両手で覆っていたが、深呼吸して自然な仕草でその二つをポケットにしまうと

「違うんです!悪意があって盗んだんじゃないです!説明すると長くなるんだけどね……」

 リリーティアは困った顔で、しかし容赦なく私の脳天に杖を振り下ろした。

 ごちん。頭の中で鈍い音が響く。

「よくわかんないけど、この人も衛兵さんに突き出しておいた方がよさそうね」

 意識を失う前にこんな声が聞こえた。


 マスターは妻の背中を追いかけていた。

 ピンク色の少し派手な情熱的な長い髪、エルフ離れした見事なプロポーション、生涯かけて守り切ると誓った悪戯っぽい笑顔。

「まってくれ!どうして逃げるんだ!」

 マスターが問いかけると、妻はくるりと振り返ってニッと笑った。マスターの胸がどきりと高鳴る。

 そして次の瞬間頬に鋭い痛みが走った。

 妻に頬をひっぱたかれたのだと気づくのには少し時間がかかった。

「浮気者めー」

 妻はマスターが好きだった悪戯っぽい笑顔でそう言うと、マスターの肩をとんと押した。

「こっちにはまだ来ちゃダメ。ちゃんと反省してからじゃないと会ってあげないんだから」

「待ってくれ!」

 マスターはガバッと起き上がった。

 ここはカフェの裏庭。

 なぜか自分はそんな場所で眠っていたらしい。

「よかった、目が覚めたんですね!」

 目の前には妻ではなく、杖を手にした小柄な少女が立っていた。

 マスターはその少女に見覚えがあった。たしか『玩具箱』リリーティア。森人街アクエアの冒険者ギルドでは指折りの実力者で街ではまあまあ有名人だ。

「その、お嬢さん……状況が呑み込めなくて……」

 頭が痛い。どこかにぶつけたのだろうか?後頭部の痛みと、あと二日酔いのような頭痛、そしてまるで命を直接吸い取られたかのような倦怠感で今にも倒れそうだ。

「それが……どうやらあなたは強盗に襲われたそうです」

 少女がちらりと横を見ると、衛兵に黒ずくめの恰好をしたいかにも悪人面の男がしょっぴかれていた。

「ちげえよ!あの女がやったんだ!」

 その男が叫んだ。

 男の視線の先には一人の女がいた。

「違います!事故なんです!殺意はなかったんです!」

 衛兵に拘束されたアルバイト、サッちゃんが抗議する。

「は?」

 状況が呑み込めず間抜けな声を漏らしてしまった。

 瞬間、ぱっとマスターの脳内で夜の出来事がフラッシュバックした。

「あ、あのですねマスター。出所するまで数日お休みをいただきますね」

 サッちゃんは、衛兵に引っ張られながらもぱちんと可愛らしくウインクしてみせた。

「お前はクビだ」

「なんでええええええ!?」

 アクエアの夜空にサッちゃんの嘆きが吸い込まれていった。

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