↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

一周忌

作者: 夏乃緒玻璃
掲載日:2026/07/27

 見知らぬ男が横に座った。


 かなりの痩身だが、顔を見ればまだ若い。

 祖母の親族なのだろうか。


 目が合ったので、軽くお辞儀をした。

 ――それが、良くなかった。

 男はすっと身を寄せ、小声でボソボソと話しかけてきた。


 住職の読経が始まったが、男は黙らなかった。

 関わってはいけない種類の人だったようだ。

 周囲を見回すが、誰も助けてくれそうにない。


 大事を出すわけにもいかない。

 仕方なく私は、男の話を黙って聞いていた。


 ◇◇


 僕はお経が怖いんですよ。

 法事で聞くことになる読経、おりん、木魚の音、全部

 悪霊なんでしょうかね、僕


 いや冗談ですが、あの独特の響きとかがね

 色んな呪縛、束縛から逃げ続けて生きてきたのに

 死んだらあれに捕まって、呪いのように


 先祖代々の墓とかに

 好きでもない親族と一緒に埋められるのかと思うと

 悲しく怖くて、たまらなくなるんですよ


 ウチは古い家柄で、色々うるさくてね

 しかも僕はあまり望まれていなかった妾腹でね

 まあ相続権なんかは最初から無いわけで


 それで今度は母方の再婚にあわせてね

 そっちの親族になったものの、結局継父の一族ですよ

 そんなの居心地いいわけないですよね


 だから、冠婚葬祭とか――親類が集まる場所もね

 もう本当に大嫌いでしてね、逃げ回ってましたよ

 私は自分で生計も立ててるわけですしね


 まあそれでも、祖母だとかの比較的身近な親族のね

 葬式やら通夜にはやはり顔は出すしかないですよ

 で、そういう時に聞かされる、お経が怖い


 あれ、なんであんなに響くんでしょうね

 魂ごと、別の世界に連れて行かれそうになりますよ

 しかもなんですかあの、よくわからないけど、内容


 死んだら全ての人が仏になるとか、怖いですよ

 僕を捨てた実父や、僕を虐めた継父も仏になって

 僕が死んだらまた会わなくちゃいけないんですかね


 あれを聞いていると

 お前はどこに逃げたって、最後は一族の墓に

 連れ込まれて 引きずりこまれるんだぞって


 そんな風に聞こえてくるんですよ

 僕の周りには、見えない檻があるような

 そんな恐怖に襲われて、叫びたくなるんです


 おかしいですかね

 あたたかい、普通の家庭に育ったならば

 そんな事は感じないんでしょうか、ねえ


 ◇◇


 男は、ようやく話を終えて沈黙した。

 そしてまだ読経が続く中、いつの間にか姿を消していた。


 なんと失礼な、とは思ったが、おそらく病気なのだろう。

 住職は気づいていただろう。

 申し訳ないが、私が謝罪する様な事でもない。

 それにしても、お経が怖いとはデリケートな事だ。


 あとで、誰かに――あの男の事を聞いてみよう。

 読経が終わったら。

 しかし、見事なまでに周囲に知り合いがいない。

 知らない顔ばかりだ。

 やれやれ、とんだ一周忌になった。

 ***も変に顔が広いから――。


 おや、どうした事。

 ***とは誰だ。

 いや、そもそも、今日は誰の一周忌だった?


 読経は終わらない。

 慌てて周囲を見るが、見知った顔は一人もいない。

 立ち上がり、ここから出るべきだ――。

 何かか告げていたが、しかし足が痺れて動けない。


 そうだ――遺影。

 正面の遺影を見れば、誰の一周忌か思い出せる筈だ。


 そう思い、視線を向ける。


 そこには先程の痩せた男の陰気な顔の遺影があった。


 ああ、そうか。

 それは私の顔でもあった。


 あまりに長い間、読経を聞いていたので忘れていた。


 私は、実父の家系の墓にも継父の家系の墓にも入るのが嫌で、ずっとここにいた。

 自分自身の影に向かって、恨み言をボソボソとぼやきながら……。


 読経は、まだ終わる気配がなかった。


 完



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。