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第20話:中枢の置換

 “中心”は、すでに形になりつつあった。

 新流通の中に設けられた調整役。

 遅延の補填。

 責任の仮引き受け。

 名目は様々だが、本質は一つ。

(“管理”)

 キャルロットは、その一覧に目を通した。

 関わっている商会。

 資金の流れ。

 決定の経路。

 すべてを、丁寧に辿る。

(……ここ)

 指が止まる。

 一つの商会。

 規模は中程度。

 だが、複数の調整に関わっている。

「見つけたか」

 レオンが背後から覗き込む。

「ええ」

 キャルロットは頷いた。

「“仮の中心”です」


 その商会は、表には出ていない。

 だが。

 問題が起きれば、ここを通る。

 調整が必要なら、ここに集まる。

 つまり――

「ここが止まれば、全体が鈍る」

「露骨だな」

「ええ」

 キャルロットは静かに笑った。

「ですが、潰しません」


「またそれか」

「はい」

 視線を上げる。

「“入ります”」


 数日後。

 その商会に、一つの提案が持ち込まれた。

 表向きは、単なる協力依頼。

 資金の一部提供。

 人員の補助。

 そして――

「“負担の軽減”です」

 キャルロットは、穏やかに言った。

 相手は、疲れている。

 急増した調整業務。

 増え続ける責任。

 すでに、余裕はない。


「……助かるが」

 商会の代表は、慎重だった。

「見返りは?」

「ありません」

 即答。

「少なくとも、表向きは」

 わずかに微笑む。


「ただし」

 紙を一枚、差し出す。

「いくつかの業務を、“こちらで引き受けます”」

 それだけ。

 だが――

 核心だった。


「……つまり」

「はい」

 キャルロットは頷く。

「“代わりにやります”」


 最初は、小さな部分だった。

 書類整理。

 進行確認。

 連絡の仲介。

 誰も嫌がるが、誰かがやらなければならない仕事。

 そこに、入り込む。


 数日。

 さらに数日。

 業務は、少しずつ移っていく。

「これも、お願いできるか」

「こちらも、対応してほしい」

 自然な流れ。

 無理はない。

 なぜなら――

(楽になるから)


「……気づいてるか?」

 レオンが低く言う。

「ええ」

 キャルロットは淡々と答えた。

「“依存”が始まっています」


 やがて。

 その商会は、“判断”すら預け始める。

「この件は、どうするべきか」

「そちらの基準で決めてほしい」

 責任を、手放す。


 その瞬間。

 “中心”は、移った。


「……終わりだな」

 レオンが呟く。

「ええ」

 キャルロットは、静かに頷いた。

 だが――

「まだです」


 最後の一手。

 キャルロットは、正式な書面を用意した。

「これは?」

「“整理”です」


 内容は、単純だった。

 これまで曖昧だった役割を、明文化する。

 誰が調整するのか。

 誰が責任を持つのか。

 そして――

「我々が、“正式に担います”」


「……奪う気満々じゃねぇか」

「ええ」

 否定はしない。

「ただし」

 キャルロットは続ける。

「“相手の意思で”そうなった形にします」


 書面は、受け入れられた。

 拒否する理由がない。

 すでに業務は移り。

 判断も預けられている。

 ならば――

 形式を整えるだけ。


 こうして。

 新流通の“中心”は。

 静かに、入れ替わった。


 一方。

「……なるほど」

 ローデリック侯爵は、報告を聞き終えた。

 わずかな沈黙。

 そして。

「入りましたか」


「はい。“調整役”が、実質的に彼女側へ」

 側近の声。


 侯爵は、しばらく何も言わなかった。

 やがて。

「……見事です」

 小さく、呟く。

 認める声。

 だが――

 その表情に、焦りはない。


「ですが」

 ゆっくりと、視線を上げる。

「“中心に入る”のと、“中心であり続ける”のは別です」


 静かな言葉。

 だが、その意味は重い。


「維持は、攻撃より難しい」


 同じ頃。

 キャルロットは、新たな報告を受けていた。

 中心は、掌握した。

 流れも、握った。

 だが――

(ここから)


 責任は、すべてこちらに来る。

 問題も、矢面に立つ。

 そして。

(狙われる)


 ゆっくりと、息を吐く。

「……ええ」

 小さく呟いた。

「分かっています」


 これは、終わりではない。

 むしろ――

(始まり)


 ペンを取る。

 次の一手は、防御ではない。


「維持しながら、削る」


 静かな声。

 だが、その中に確かな刃がある。


 盤は、ついに核心へと至った。

 そして――

 戦いは、さらに深くなる。

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