第6話:ミラベルとの出会い ― 最初の関係性
午後の図書室は、いつもより人が少なかった。
高い窓から射し込む光が、棚の背表紙を静かに照らしている。
アメリアは奥の席に座り、膝の上で小さな編み物をしていた。
本を読むふりをしても、
文字が頭に入らない日はある。
(……今日は、少し落ち着かない)
だから、指を動かす。
考えなくていいように。
心が波立たないように。
毛糸が、規則正しく編み針にかかっていく。
そのとき。
「……それ、手作り?」
控えめな声が、すぐそばで止まった。
アメリアは、びくりと肩を揺らし、顔を上げる。
立っていたのは、同じ学年の令嬢だった。
淡い金色の髪。
整った顔立ちなのに、表情はどこか硬い。
どこかで見たことはある。
けれど、話したことはない。
(……ミラベル・フォン・リーネル)
記憶が、静かに名前を拾う。
社交界では有名な家柄。
けれど、最近はあまり人と関わらない――
そんな噂もあった。
アメリアは慌てて、編み物を膝に隠しかけてから、やめた。
「……はい。時間つぶし、です」
嘘ではない。
誰かに渡す予定も、
評価されるつもりもない。
ただ、今はこれが必要だっただけ。
ミラベルは一瞬、言葉に詰まったように視線を落とす。
「……綺麗」
小さな声だった。
感嘆というより、
独り言に近い。
アメリアは、どう返せばいいのか分からず、指を止める。
沈黙が落ちる。
図書室の静けさが、二人の間に薄く張りつめた。
「……あの」
先に口を開いたのは、ミラベルだった。
「それ、誰かにあげるの?」
アメリアは、少し考えてから首を振る。
「いいえ。今のところは」
「……そう」
ミラベルは、それ以上踏み込まない。
「……寒いと、手が動かなくなるから」
ぽつりと、理由を置くように言う。
自分のことなのか、
それとも、編み物のことなのか。
アメリアには分からなかった。
「……そうですね」
無難な返事。
会話は、そこで終わるはずだった。
けれど。
ミラベルは去らなかった。
少し迷うように立ったまま、
編み物とアメリアの顔を交互に見る。
「……それ、見てると」
言葉を探すように、息を吸って。
「……落ち着く気がする」
アメリアの胸が、わずかに跳ねた。
(……あ)
この感じを、知っている。
誰かが“救われる”直前の、
まだ言葉にならない揺らぎ。
でも――
アメリアは、何もしなかった。
微笑みも、励ましも、差し出さない。
ただ、静かに頷く。
「……そうなら、よかったです」
それだけ。
ミラベルは少し驚いた顔をしてから、
ほんの一瞬だけ、肩の力を抜いた。
「……ありがとう」
礼を言われるほどのことは、していない。
そう言いかけて、
アメリアは口を閉じた。
代わりに、また指を動かす。
ミラベルは、向かいの席に腰を下ろした。
本を開くでもなく、
ただそこにいる。
二人の間に、名前も約束もない。
でも確かに、
“関係の芽”だけが置かれた。
(……この子)
アメリアは、編み針を動かしながら思う。
(助けなきゃ、いけない人……なのかな)
すぐに、その考えを振り払う。
助ける、なんて。
そんな資格はない。
そんな未来も、保証されていない。




