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悪役令嬢は世界で一番あたたかい糸を紡ぐ  作者: 南蛇井


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第39話:アメリアの決意 ― 逃げない選択

祝賀会の翌朝。


王都は、昨夜の余韻を抱いたまま、静かに目を覚ましていた。

窓から差し込む光はやわらかく、空気は澄んでいる。


アメリアは、ベッドの上で目を開けたまま、しばらく動けずにいた。


胸は、あたたかい。

確かに、幸せだった。


でも――

心の奥に、小さな棘のようなものが残っている。


アメリア(心)

(……幸せなのに)

(どうして、まだ怖いんだろう)


昨夜の拍手。

柔らかな笑顔。

争いのなかった祝賀。


どれも本物だったはずなのに、

「これで終わり」とは、どうしても思えなかった。



顔を洗い、身支度を整え、

アメリアは久しぶりに自分の工房へ向かった。


扉を開けると、懐かしい匂いがする。

毛糸と木と、少しだけ残った洗剤の香り。


棚には、これまで編んできた作品が並んでいる。


その中で――

一番端に、ひっそりと置かれていたもの。


歪んだ目。

不揃いな長さ。

とても上手とは言えない、最初のマフラー。


アメリアは、それをそっと手に取った。


アメリア

「……これ」


指先でなぞると、少しざらつく。

力の入れ方も、目の数も、全部が未熟だ。


それでも、この糸だけは、はっきり覚えている。


アメリア

「逃げるために……始めたんだよね」


破滅が怖くて。

断罪が怖くて。

未来が怖くて。


だから、何も考えずにいられる時間が欲しかった。


編み物は、

生き延びるための“避難所”だった。



工房の静けさの中で、

アメリアは、初めて不安の正体を言葉にする。


アメリア(心)

(わたしは……知っている)


転生者であること。

この世界が「物語」だったこと。

そして、本来迎えるはずだった結末。


だからこそ、

どんなに優しい未来を見ても、

「嘘かもしれない」と疑ってしまう。


幸せなほど、

その反動が来る気がしてしまう。


アメリア(心)

(信じられないんじゃない)

(……信じるのが、怖いんだ)


この世界に、賭けてしまうのが。



アメリアは、ゆっくりと深呼吸する。


逃げ続けることもできた。

目立たず、生き延びることもできた。


でも――

それはもう、違う。


工房の窓から差し込む光の中で、

彼女は、はっきりと言葉にした。


アメリア

「これからは……」


一瞬、声が揺れそうになる。

それでも、止めなかった。


「世界で一番、あったかい糸を紡ぎたい」


逃げるためじゃない。

隠れるためでもない。


「怖いけど……逃げない」

「未来を、ちゃんと見たい」


それは、宣言ではなく、選択だった。


破滅回避でもない。

静かな生存でもない。


――未来を、作る側に立つという選択。



アメリアは、新しい糸を取り出す。


まだ何にも染まっていない、まっさらな糸。


糸車にかけ、

ゆっくりと、手を動かす。


その動きは、これまでで一番自然で、

一番、迷いがなかった。


くるり、と回った糸が、

朝の光を受けて、きらりと輝く。


それはまるで――

彼女が掴んだ未来そのもののようだった。


アメリアは、静かに微笑む。


怖さは、消えていない。

でも、もう背を向けない。


糸は、紡がれ始めた。



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