第39話:アメリアの決意 ― 逃げない選択
祝賀会の翌朝。
王都は、昨夜の余韻を抱いたまま、静かに目を覚ましていた。
窓から差し込む光はやわらかく、空気は澄んでいる。
アメリアは、ベッドの上で目を開けたまま、しばらく動けずにいた。
胸は、あたたかい。
確かに、幸せだった。
でも――
心の奥に、小さな棘のようなものが残っている。
アメリア(心)
(……幸せなのに)
(どうして、まだ怖いんだろう)
昨夜の拍手。
柔らかな笑顔。
争いのなかった祝賀。
どれも本物だったはずなのに、
「これで終わり」とは、どうしても思えなかった。
*
顔を洗い、身支度を整え、
アメリアは久しぶりに自分の工房へ向かった。
扉を開けると、懐かしい匂いがする。
毛糸と木と、少しだけ残った洗剤の香り。
棚には、これまで編んできた作品が並んでいる。
その中で――
一番端に、ひっそりと置かれていたもの。
歪んだ目。
不揃いな長さ。
とても上手とは言えない、最初のマフラー。
アメリアは、それをそっと手に取った。
アメリア
「……これ」
指先でなぞると、少しざらつく。
力の入れ方も、目の数も、全部が未熟だ。
それでも、この糸だけは、はっきり覚えている。
アメリア
「逃げるために……始めたんだよね」
破滅が怖くて。
断罪が怖くて。
未来が怖くて。
だから、何も考えずにいられる時間が欲しかった。
編み物は、
生き延びるための“避難所”だった。
*
工房の静けさの中で、
アメリアは、初めて不安の正体を言葉にする。
アメリア(心)
(わたしは……知っている)
転生者であること。
この世界が「物語」だったこと。
そして、本来迎えるはずだった結末。
だからこそ、
どんなに優しい未来を見ても、
「嘘かもしれない」と疑ってしまう。
幸せなほど、
その反動が来る気がしてしまう。
アメリア(心)
(信じられないんじゃない)
(……信じるのが、怖いんだ)
この世界に、賭けてしまうのが。
*
アメリアは、ゆっくりと深呼吸する。
逃げ続けることもできた。
目立たず、生き延びることもできた。
でも――
それはもう、違う。
工房の窓から差し込む光の中で、
彼女は、はっきりと言葉にした。
アメリア
「これからは……」
一瞬、声が揺れそうになる。
それでも、止めなかった。
「世界で一番、あったかい糸を紡ぎたい」
逃げるためじゃない。
隠れるためでもない。
「怖いけど……逃げない」
「未来を、ちゃんと見たい」
それは、宣言ではなく、選択だった。
破滅回避でもない。
静かな生存でもない。
――未来を、作る側に立つという選択。
*
アメリアは、新しい糸を取り出す。
まだ何にも染まっていない、まっさらな糸。
糸車にかけ、
ゆっくりと、手を動かす。
その動きは、これまでで一番自然で、
一番、迷いがなかった。
くるり、と回った糸が、
朝の光を受けて、きらりと輝く。
それはまるで――
彼女が掴んだ未来そのもののようだった。
アメリアは、静かに微笑む。
怖さは、消えていない。
でも、もう背を向けない。
糸は、紡がれ始めた。




