表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は世界で一番あたたかい糸を紡ぐ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/40

第36話:祝福の世界、信じられない未来

王都は、穏やかな光に包まれていた。


通りを歩けば、誰かが笑っている。

編み物を肩に掛けた人々が行き交い、露店では柔らかな色の毛糸が並ぶ。

争いの話題は減り、ため息よりも、深呼吸の音が多くなった。


――世界は、うまくいっていた。


「アメリア様のおかげで」

「あなたの編み物が、私を救ってくれた」


そんな言葉が、遠くから聞こえてくる。

直接向けられることは少ない。

けれど空気の中に、確かに混じっている。


善の象徴。

癒やしの人。

争わない奇跡。


アメリアは、その輪郭を、他人事のように眺めていた。



夜。


工房の灯りは落とされ、窓の外には静かな月。

ベッドに横になっても、眠りは訪れない。


目を閉じると、昼間の笑顔が浮かぶ。

助かった兵士。

安心して眠る子ども。

穏やかな街。


――なのに。


アメリアは、そっと起き上がり、机の上の糸に手を伸ばした。

指に絡ませた瞬間、ずしりと重さが伝わる。


「……重い」


呟いた声は、誰にも届かない。


以前は、糸に触れれば心が静まった。

考えずにいられた。

ただ、編めばよかった。


けれど今は違う。


糸の向こうに、人の人生がある。

心がある。

命が、ある。


アメリアは手を止めたまま、糸を見つめる。


アメリア(心)

(……こんなに、うまくいくはずがない)


胸の奥が、ひやりと冷える。


(だって私は……知ってる)


前世の記憶。

物語の結末。

断罪され、追放され、すべてを失う未来。


(物語は、優しくならない)

(油断した瞬間に、全部ひっくり返る)


人々が信じている未来を、

アメリアだけが信じきれない。


祝福されるほど、怖くなる。

期待されるほど、逃げ場がなくなる。


「……わたし、何してるんだろう」


糸を持つ手が、わずかに震える。

癒やしは完成した。

世界は、もう前に進んでいる。


それなのに――


アメリアだけが、物語の外に立ち尽くしていた。



窓の外で、風が木々を揺らす。

遠くで、誰かの笑い声がした。


アメリアは糸をそっと置き、胸元を押さえる。


(怖い)

(こんな未来、知らない)


知らない未来は、希望であるはずなのに。

彼女にとっては、闇だった。


灯りを落とした工房に、静寂が満ちる。


――癒やしは完成した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ