第3話:夜更けの指先 ― 編み物との再会
夜は、静かすぎた。
寮の部屋には、ランプの小さな灯りだけが揺れている。
窓の外から聞こえるのは、遠くの風の音だけ。
アメリアはベッドに腰掛けたまま、
何度目か分からないため息を吐いた。
(……眠れない)
目を閉じると、考えが溢れてくる。
破滅ルート。
断罪。
追放。
考えないと決めたはずなのに、
夜になると、思考は勝手に戻ってくる。
(何か……何か、考えなくて済むこと……)
視線が、部屋の隅に止まった。
小さな箱。
引っ越しの際、なんとなく持ってきてしまったもの。
アメリアは無意識に立ち上がり、その箱を開ける。
中にあったのは――
くすんだ色の毛糸と、使い込まれた編み針。
一瞬、息が止まった。
(……あ)
指先が、勝手に動く。
毛糸を手に取った瞬間、
胸の奥が、ほんの少しだけ緩んだ。
前世の記憶が、ふとよみがえる。
仕事に疲れた夜。
誰にも会いたくなかった日。
何も考えたくなかった時間。
――無心で、ただ編んでいた。
アメリアは、編み針を構える。
ぎこちないけれど、
指は覚えていた。
一目、二目。
糸をかけ、引き抜く。
(……不思議)
頭の中の雑音が、少しずつ遠のいていく。
考えなくていい。
未来も、破滅も、誰かの視線も。
今はただ、
指先と糸の感触だけ。
アメリアの唇から、小さな息が漏れる。
(……考えないでいられる)
誰かのためじゃない。
生き延びるためでもない。
評価も、意味も、目的もない。
ただ、
心を鎮めるための時間。
毛糸はゆっくりと形になっていく。
何になるかも決めていない、
ただの、編み地。
それでも。
胸の締めつけが、少しずつほどけていくのを、
アメリアは確かに感じていた。
(……これなら)
夜は、まだ長い。
でも、この静かな時間があるなら――
アメリアは、初めてその夜を、
少しだけやり過ごせそうだと思えた。
ランプの灯りの下、
編み針が、規則正しく音を立てる。
その小さな音は、
まだ誰も知らない――
物語の始まりだった。




