第27話:感謝されない善 ― それでも続く手
工房の窓は、今日も半分だけ開いていた。
春に向かう風が、糸玉の端をそっと揺らす。
アメリアは膝の上で編み針を動かしながら、ふと手を止めた。
――最近、少し不思議だ。
孤児院からは、定期的に布や毛糸の受け取りの連絡が来る。
騎士団からは、「編み紐を追加で」という事務的な依頼が届く。
療養院には、いつの間にか彼女のひざ掛けが“標準備品”のように置かれている。
でも。
誰も、彼女を呼び出さない。
誰も、直接礼を言いに来ない。
感謝状も、推薦状も、拍手もない。
必要とされている。
使われている。
けれど――そこに、感情の押しつけはなかった。
アメリアは、少しだけ眉を下げる。
「……いいのかな、これで」
誰かの役に立つなら、嬉しい。
それは本心だ。
でも、どこかで思ってしまう。
「何も言われない」という事実に、取り残されたような気持ちになる自分がいることを。
――本当に、迷惑じゃない?
――勝手にやってるだけ、じゃない?
胸の奥に、小さな不安が芽を出す。
けれど、編み針を置こうとしても、手は止まらなかった。
糸の感触は変わらない。
柔らかく、あたたかく、指に馴染む。
完成しかけのマフラーを、そっと撫でる。
「……寒い人が、いるんだよね」
それだけで、十分だった。
誰に褒められなくても。
名前を呼ばれなくても。
評価されなくても。
この手は、今日も動く。
アメリアは深く息を吸い、また針を進めた。
感謝されない善。
報酬のない行為。
それでも続くのは、
それが彼女にとって「やめる理由がないこと」だったから。
世界が気づかなくても。
誰も振り返らなくても。
その小さな手仕事は、今日も確かに、誰かの時間を守っていた。




