第20話:ミラベルの選択 ― 隣に立つ人
その日、
ミラベルは少し遅れて学園に来た。
理由は、特別なものではない。
ただ、朝から胸がざわついていた。
(……昨日の話)
誰かが、
アメリアに「頼みごと」をしたらしい。
それが、ただのお願いではなかったことも。
詳しい内容は知らない。
でも――
(あの人、また“使われそう”になったんだ)
ミラベルは、
無意識のうちに足を早めていた。
◇
昼休み。
いつもの場所。
アメリアは、
窓際のベンチで静かに編み物をしていた。
誰かに囲まれているわけでもない。
注目されている様子もない。
それなのに、
周囲の空気は相変わらず、穏やかだった。
(……変わらない)
だからこそ、
ミラベルは胸が少し苦しくなる。
アメリアは、
いつもひとりで立っている。
誰かを守って、
誰かを癒して、
それでも前に出ようとしない。
ミラベルは、
一歩近づいた。
「……おはよう」
「おはよう、ミラベル」
アメリアは顔を上げ、
いつものように、柔らかく微笑む。
それだけで、
少し安心してしまう自分に気づいて、
ミラベルは小さく息を吸った。
(違う)
(今日は……それだけじゃ、だめ)
ミラベルは、
アメリアの隣に腰を下ろした。
ぴったりと。
間を空けずに。
言葉は、
すぐには出なかった。
アメリアも、
何も聞かない。
ただ、
編み針の音だけが、静かに響く。
やがて、
ミラベルが口を開いた。
「……ね」
「うん?」
「誰かが、あなたに変なこと言っても」
一瞬、
ミラベルは視線を落とす。
「……ひとりで、受けなくていいから」
アメリアの手が、
わずかに止まった。
「ミラベル……?」
ミラベルは、
顔を上げる。
声は、震えていない。
「わたし、強くないけど」
「偉くもないし、役にも立たないかもしれないけど」
それでも。
「あなたの隣に立つくらいなら、できる」
それは、
宣言でも、誓いでもない。
ただの、
選択だった。
アメリアは、
しばらく黙っていた。
やがて、
小さく息を吐いて笑う。
「……ありがとう」
それだけ。
でも、
その声は、どこか柔らかかった。
ミラベルは、
それ以上何も言わなかった。
代わりに、
アメリアの編み物を、そっと支えるように
糸の端を押さえる。
言葉ではなく、
態度で。
前に出るでもなく、
後ろに隠れるでもなく。
ただ、
同じ高さで、同じ方向を見る。
それだけで、
十分だった。
周囲の生徒たちは、
その変化を説明できない。
ただ――
「……あれ?」
「雰囲気、ちょっと違わない?」
アメリアの周りに、
“孤独”がなくなっていることに。
ミラベルは思う。
(守られてばかりだったのは、わたしの方)
(だから今度は――)
支える。
盾になる。
奪わず、
代わらず、
隣に立つ。
それが、
ミラベルの選んだ立ち位置だった。
そしてアメリアは、
初めて気づく。
(……ああ)
(ひとりじゃなくても、いいんだ)
その事実は、
彼女の胸に、
編み物よりも静かに、
けれど確かに、あたたかく残った。




