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悪役令嬢は世界で一番あたたかい糸を紡ぐ  作者: 南蛇井


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18/40

第18話:アメリアの自覚 ― これは“力”なのか?

夜会の翌日。

アメリアは、いつもの工房にいた。


朝の光が窓から差し込み、

毛糸の影が床にやわらかく落ちている。


――いつもと同じ景色。

いつもと同じ、はずだった。


カチ、カチ、と

編み針を動かしながら、

彼女の心は、昨夜から離れられずにいた。


(……変だった)


夜会で起きたこと。

誰も怒らず、

誰も刺さず、

誰も勝とうとしなかった空気。


自分は、

何をしただろう。


話をまとめたわけでもない。

仲裁した覚えもない。

笑顔を振りまいたわけでもない。


ただ、

そこにいただけ。


アメリアは、

編み針を止めた。


「……わたし、何かしてる?」


声に出すと、

工房の静けさに吸い込まれる。


答えは、すぐに出た。


(してない)


糸を選んだだけ。

座っていただけ。

相手の話を、聞いただけ。


それだけだ。


「……してない、はずなのに」


胸の奥が、

小さくざわつく。


もし、

自分が“何か”をしているのだとしたら。


それは、

編み物の腕でも、

努力の結果でもない。


説明できない何か。


――そんなもの、

怖すぎる。


アメリアは、

強くなりたいわけじゃない。


人を動かしたいわけでも、

世界を変えたいわけでもない。


ただ、

静かに生きたかった。


破滅を避けて、

目立たず、

誰にも恨まれず。


なのに。


(……これって)


頭に浮かんだ言葉を、

彼女はすぐに振り払った。


(“力”だなんて、違う)


力は、

振るうものだ。


選択があって、

結果がある。


自分には、

そんな自覚も、覚悟もない。


「……偶然よ」


そう言い聞かせる。


夜会の空気だって、

たまたまだ。


人の気分だって、

日によって違う。


自分が原因だなんて、

思い上がりだ。


そうでなければ――


(もし、わたしが原因なら)


責任が、

生まれてしまう。


アメリアは、

それを何よりも恐れていた。


編み針を、

もう一度動かす。


カチ、カチ。


一定のリズム。


糸は、

言葉を持たない。


責めない。

期待しない。


ただ、

形になる。


(……わたしは、これだけでいい)


誰かを癒やしているかもしれない、

なんて考えない。


世界を変えているかもしれない、

なんて思わない。


ただ、

今日も糸を紡ぐ。


それが、

自分の居場所だから。


けれど。


窓の外を歩く人々が、

工房の前でふと足を緩めるのを、

アメリアは、まだ知らない。


自覚は、

拒否とともに始まる。


それは、

彼女自身が、

いちばん最後に向き合う“異変”だった。

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