第18話:アメリアの自覚 ― これは“力”なのか?
夜会の翌日。
アメリアは、いつもの工房にいた。
朝の光が窓から差し込み、
毛糸の影が床にやわらかく落ちている。
――いつもと同じ景色。
いつもと同じ、はずだった。
カチ、カチ、と
編み針を動かしながら、
彼女の心は、昨夜から離れられずにいた。
(……変だった)
夜会で起きたこと。
誰も怒らず、
誰も刺さず、
誰も勝とうとしなかった空気。
自分は、
何をしただろう。
話をまとめたわけでもない。
仲裁した覚えもない。
笑顔を振りまいたわけでもない。
ただ、
そこにいただけ。
アメリアは、
編み針を止めた。
「……わたし、何かしてる?」
声に出すと、
工房の静けさに吸い込まれる。
答えは、すぐに出た。
(してない)
糸を選んだだけ。
座っていただけ。
相手の話を、聞いただけ。
それだけだ。
「……してない、はずなのに」
胸の奥が、
小さくざわつく。
もし、
自分が“何か”をしているのだとしたら。
それは、
編み物の腕でも、
努力の結果でもない。
説明できない何か。
――そんなもの、
怖すぎる。
アメリアは、
強くなりたいわけじゃない。
人を動かしたいわけでも、
世界を変えたいわけでもない。
ただ、
静かに生きたかった。
破滅を避けて、
目立たず、
誰にも恨まれず。
なのに。
(……これって)
頭に浮かんだ言葉を、
彼女はすぐに振り払った。
(“力”だなんて、違う)
力は、
振るうものだ。
選択があって、
結果がある。
自分には、
そんな自覚も、覚悟もない。
「……偶然よ」
そう言い聞かせる。
夜会の空気だって、
たまたまだ。
人の気分だって、
日によって違う。
自分が原因だなんて、
思い上がりだ。
そうでなければ――
(もし、わたしが原因なら)
責任が、
生まれてしまう。
アメリアは、
それを何よりも恐れていた。
編み針を、
もう一度動かす。
カチ、カチ。
一定のリズム。
糸は、
言葉を持たない。
責めない。
期待しない。
ただ、
形になる。
(……わたしは、これだけでいい)
誰かを癒やしているかもしれない、
なんて考えない。
世界を変えているかもしれない、
なんて思わない。
ただ、
今日も糸を紡ぐ。
それが、
自分の居場所だから。
けれど。
窓の外を歩く人々が、
工房の前でふと足を緩めるのを、
アメリアは、まだ知らない。
自覚は、
拒否とともに始まる。
それは、
彼女自身が、
いちばん最後に向き合う“異変”だった。




