第17話:貴族の夜会 ― 争わない中心
王都の夜会は、
音楽と笑顔で満ちている――はずだった。
実際には、
言葉と言葉がぶつかり合う場所だ。
家格。
縁談。
利権。
扇の裏で測られ、
微笑みの奥で刺し合う。
それが、貴族の夜会。
その日も、本来なら
いくつもの小競り合いが生まれるはずだった。
――なのに。
「……?」
最初に違和感を覚えたのは、
誰だったのかは分からない。
ただ、
会場の一角だけ、
妙に静かな場所があった。
アメリアは、そこにいた。
壁際。
豪奢なシャンデリアの光から、少し外れた場所。
目立つ色のドレスでもない。
誰かと熱心に話しているわけでもない。
ただ、
控えめに立ち、
相手の言葉を受け止めている。
――それだけ。
にもかかわらず。
いつもなら皮肉を投げる貴族が、
言葉を選び直している。
探りを入れるはずの質問が、
途中で丸くなる。
「あら……最近、夜は冷えますわね」
本来なら、
続くはずの裏の意味が、続かない。
相手は頷き、
それで会話が終わる。
(……おかしい)
誰かがそう思っても、
声には出せない。
なぜなら、
不快ではないからだ。
勝った気もしない。
負けた気もしない。
ただ、
争う必要がない気分になる。
アメリアは、
自分の周囲で起きている変化に気づいていない。
内心では、
むしろ居心地の悪さを感じていた。
(……早く、帰りたい)
社交は苦手だ。
視線も、空気も。
けれど、
逃げる理由もない。
だから、
その場にいる。
それだけ。
近くにいた年配の貴族夫人が、
ふと呟いた。
「……不思議ね」
隣の令嬢が首を傾げる。
「何がですの?」
「いいえ……ただ、
ここにいると、言葉を選ばなくていい気がするの」
理由は、説明できない。
魔法でもない。
策略でもない。
アメリアは、
誰の味方でもない。
誰を持ち上げてもいない。
それなのに、
彼女を挟んで立つと、
刃が抜けない。
夜会が終わる頃、
誰かが勝ち、誰かが負ける――
そんな空気は、どこにもなかった。
ただ、
穏やかな疲労だけが残る。
アメリアは、
馬車に乗り込むと、ほっと息をついた。
「……やっぱり、夜会は苦手」
その呟きが、
今夜いちばんの本音だった。
一方で。
参加者の多くが、
家路につきながら、同じことを思っていた。
(なぜだか、いつもより疲れていない)
理由は、
誰にも分からない。
説明できる者も、
名付ける者もいない。
ただ、確かに。
その夜、
争わない中心が、
そこに存在していた。




