第1話:目覚め ― 悪役令嬢の記憶
目を開けた瞬間、違和感があった。
天蓋付きのベッド。
白と金を基調にした天井装飾。
柔らかな陽光が、重厚なカーテンの隙間から差し込んでいる。
――知らない部屋だ。
そう思ったはずなのに、身体は不思議と落ち着いていた。
まるで、ずっとここで眠っていたかのように。
アメリアは、ゆっくりと上半身を起こす。
視界に入ったのは、華奢な指先と、淡い色のナイトドレス。
「……え?」
喉から漏れた声は、聞き慣れないほど柔らかい。
低すぎず、高すぎず――貴族の令嬢らしい声音だった。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
(待って……)
その瞬間だった。
――記憶が、溢れ出す。
石畳の学園。
王太子の隣で微笑む少女。
周囲の非難の声。
「悪役令嬢」「嫉妬」「断罪」という言葉。
そして、画面いっぱいに表示されるエンディングテキスト。
《アメリア・フォン・ローゼンハイン
その罪を以て、国外追放とする》
「……あ」
小さく息が漏れ、指先が震えた。
理解してしまったのだ。
ここは、前世でプレイしていた乙女ゲームの世界。
そして――
(わたし……アメリア……?)
鏡台に映った自分の顔を見て、確信する。
淡い金髪。
整いすぎた顔立ち。
気位の高そうな青い瞳。
間違いない。
彼女は、ヒロインではない。
選択肢を間違えれば救われる“隠し攻略対象”でもない。
ヒロインを妬み、
王太子に執着し、
自分の立場と感情を制御できずに破滅する――
悪役令嬢。
(……嘘でしょ)
喉の奥が、きゅっと締めつけられる。
ゲームの中のアメリアは、いつも苛立っていた。
自分が選ばれないことに怒り、
他人の幸せを認められず、
最後には、誰からも味方を得られなかった。
その結末を、アメリアは知っている。
断罪。
婚約破棄。
国外追放。
――バッドエンド。
「……生き残りたい」
思わず、そう呟いていた。
声は震えていたが、願いははっきりしていた。
(悪役にならなければいい)
(目立たなければいい)
(ヒロインにも、王太子にも、近づかなければ――)
そうすれば、きっと。
ゲームのイベントさえ起こさなければ、
この世界は、何事もなく流れていくはずだ。
アメリアは胸に手を当て、深く息を吸う。
(大丈夫……まだ、始まっていない)
断罪は、まだ先。
今はまだ、物語の序盤だ。
「……静かに生きよう」
誰にも愛されなくていい。
誰にも期待されなくていい。
ただ、破滅しなければ――それでいい。
そう自分に言い聞かせながら、
アメリアは再び、静かな部屋を見渡した。
だが、その胸の奥では、
小さな不安が、確かに芽吹き始めていた。
――この世界は、本当に“ゲーム通り”なのだろうか。
その疑問には、まだ答えはなかった。




