…2
「まさか同じ人間を2度も殺めることになるとはな」
黒く塗りつぶされた視界、未だ覚めきらない夢心地。その声を耳に通して、感知して、認識したとき、命を吹き込まれたかのように全ての靄が晴れる。
何かにぶつかって吹き飛ばされたと思ったら、どうやら偶然にも魔王の帰宅するための馬車だったようで。
馬車から降りるだけで絵画を切り取ったかのような画になる魔王、と呼ぶのはもう違うか、男を睨みつける。顔が近い。前世がラッシュバックしてしまうじゃないか。
「大丈夫ちゃんと生きてるよ」
ちゃんと痛いし、ちゃんと肋も折れてるし。生きている生き物になることには成功しているようで一安心だ。これで死体のまま徘徊する意思のない生き物になる、という可能性もあったのかと思うと、ちょっとばかし骨折したくらいで済んでいるのであれば良すぎるのではないかと思う。といっても、轢かれなかったら無傷だったんじゃないかという気持ちも少しある。
あの最期に胸を貫かれた証拠すら跡形も無くなっているように感じられるし。
「まあ、まだ本当に転生したっていう実感は無いけれどもね」
まるで冬眠みたいな深い不快な眠りから覚めた、ということは感じているんだけれども、身体の使い心地やら視界の高さやら、違和感が一切ないことに少しだけ引っかかるものがある。見た目、まあ容姿についてはあまり興味が無かったというか、結局外の皮でしかないんだからというのもあって、前世と今世で顔や髪色が変わったかどうかすら判断がつかない。いつでもどうとでも変えられるものではあるが基準にはならないだろうし、なにより自分が子供の頃の、それこそ容姿を変化させる手段を持っていない時の記憶なんて、ほとんど残ってなんかいないしな。
もしも別の生き物に転生した、と仮定するならここまで馴染んでいるというのもなんだかなと思うが、生きてはいるし。まだまだ謎は残ってるけれども今解決できるものなんてないだろうし。
だけど、どこを怪我してるかわからないからって髪を掴むのをやめてほしい。前から思ってたんだけど扱いが雑なんだよね、気遣いの方向がちょっと間違ってるっていうかさ。
「ふん、本当は何を言いたいのか全て顔に出ているぞ」
「もちろん感謝はしてるさ。でもさ、君が仕組んだことなんでしょ全部」
禁術を私に教えたのも、発動条件を自分からわざわざ満たしにきたのも、なにより魔獣が活性化していた時期にあの場所魔王城にわざわざいたことも。ちょっと考えればわかることだし、あのひとときの戦いにすらたくさんブラフがあったんだ。全て筋書き通りといったところだろうか、賭けには勝ったのに勝負には負けた気分だ。
「ひとつ訂正をさせてもらおう、そして案内してやろう俺の城をな。」
ああ、そういうことか。私が魔王城だということにしていたあの城ごときで満足してほしくないってことね。
髪を掴まれて引きづられて、大きな荷台のついた馬車に投げ入れられる。見かけの割に狭いし、よく見たら牽いているのは骨馬のようだ。機動力もあるし体力も気にしなくていいし、見た目と座り心地と腐肉しか食べないところ以外は良いんだよね。普及しないのもよくわかる。
そして確かに感じられる気配。
「そこにいるんだよね私」
「さて、なんのことだろうか」
「そこにあるんでしょ私の死体」




