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どうも大家です、最近の悩みは住人が死なないこと  作者: 小城穂


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204号室

 死にかけの人間が転がっていたらどうするだろうか。

 この問いが真っ当な場面、例えば道徳教育の場でされていたのなら、生徒たちは救急車を呼ぶとか声をかけるとか、そういう人命救助の方向の解答をするだろう。

 では真っ当でない場面、治安の悪い路地で生活してる人間に聞けば、返ってくるのは身ぐるみ穿いてはらわた引き摺り出して売っぱらう、とかだろうか。


 環境一つでそこまで変わるのは面白いが、俺は別に善悪とか道徳倫理とかそういう話はしていない。

 ただ少し、普通ならどういう心理でどういう行動を取るのかと、考えてみただけだ。


「大家サン、ちょっといいか?」

「……それ何?」

「おぉ、それと来たか」


 アパートの三階、屋上部分に設置した俺の家に、そう言いながら訪ねてきたのは204号室の前多と。

 俺がそれと指した、前多が抱えてる、意識のなさそうな誰かだ。

 前多が肩で胴体を抱える、所謂ファイヤーマンズキャリーという方法で運んでいる意識のない誰か。

 顔は見えないけど、ボサボサの髪が長いから女だろうか、あの髪の様子から切ってないだけの男の可能性も否定できない。

 体の方も肉がついてないというか、痩せているというより全体的に窶れているから、明確な性別の区別が付きずらい。

 マァ性別などさして重要でもないので、知らなくとも問題はないが。


 誘拐にしては益が少なそうだし、いきなり食人に目覚めたにしても食い出がなさそうで、猟奇殺人に興味があるにしてももう少し適してる相手はいるだろう。

 そもそも、そんな理由なら多分俺の元な尋ねてはこない、自分の部屋まで運んでから粛々と、脅迫なり解体なり拷問なりしてるだろう。


「これは204号室の木江サン」

「木江? なんで?」

「階段の途中で倒れてたんだよ」

「それはまた」


 なので一体何を、何が目的で抱えて、ここまで運んできたのかと気になり尋ねてみたら、少しばかり予想外の答えが返ってきた。

 別に、前多が抱えてる骨と皮が木江である事が予想外ではない、不健康で不健全で生きる気がない生活してるからそうなるだろうとは予想できてた、死んではいないのは知ってたから干渉してないが。


「部屋の鍵空いてたから中を覗いたんだが、おおよそ人が生息できる環境じゃなかった」

「人が住んでいる部屋だから、生息はできるだろう」

「そういう話じゃないんだよなぁ」

「どういう話?」

「部屋に入れるに入れられんから、これどこに置いたらいいのかって話しにきた」

「なるほど」


 意外と真面な理由だったので、俺も真っ当に考えてみた。

 別にこのまま前多の部屋に連れ込んでも一向にかまわないし、どっかの川とか、山奥に捨てきてもいいと思う。

 でもそういう事じゃないんだろうな。

 個人的な偏見だったが、前多は倒れてる人間がいたら黙って財布をくすねるタイプの人間だと思っていたので、ちょっと驚いた。


「元居た部屋に戻すといい」

「あの部屋に……?」

「駄目か?」

「流石に意識のない人間をあの部屋に入れるのは……」


 気が引けるって感じの前多は、やっぱり真っ当に見える、顔つきも普通というか善良さのような何かが滲んでる。

 そういえば、今はギャンブルに嵌って破滅一直線の前多は、嵌る前は真っ当に社会の歯車をしていたらしい。

 そこからギャンブルに出会い、真の自分に気付いたとかなんとか、これも一種の覚醒だろうか。

 前多のいう真の自分になったことにより、職を失い、家族や友人知人と縁が切れたし、暴行とか薬物の売買で前科が付いて、返せない多額の借金を色んな所から借りることになったらしい。

 その上でまだギャンブルを愛してるらしいから本当に素質というか、本質的な部分で向いてたんだろうな。


「蛇を思い出せ」

「蛇?」

「自分の毒に倒れる蛇はいないだろ」

「そこまで?」


 納得してないらしい前多。

 マァ確かに、あの部屋は人間より虫の生息に適してそうだけど、実際結構虫が湧いてるし。

 うちのアパートペット禁止なんだけどな、人間はあまり虫を飼う事は一般的じゃないらしいけど。

 別に飼育はしてないからいいのか、勝手に住み着いてるだけだもんな、一緒に生活してるだけだから見逃そう。


 204号室の木江(きのえ)、三年ほど前に入居して以来、殆ど外出していない無職の引きこもり。

 前職は医者だったらしく、色んなストレスに耐えられなくなり、精神を病んで医者をやめ以来引きこもってる。

 部屋はカーテンは常に固く閉ざされて日の光が入らない中、外に出ないせいで溜まっていくゴミだらけの部屋で生活してる。

 何を思ってか知らんけど、偶に深くリスカしては自分で縫合し、ODをキメては全部吐く。

 そんな風に、死にたいって思っては日和って処置してる生活三年も続けてるから、死にそうなのに今日も生きてる。

 潔く死ねばいいと思うんだけど。


「なんでわかったんだ?」

「何が?」

「それが木江だって」

「あぁ、偶に玄関から顔出してキョロキョロしてるから」

「そんなことしてたのか」

「人の存在に気付くとびっくりして顔引込める」

「野生動物?」


 買い物は宅配で済ませてるらしく、よく置き配の荷物が扉の前に置かれてるし、今の時代の人間は引きこもろうと思えばいくらでも引きこもってられるようだ、相応の金銭は必要だろうけど。

 部屋に溜まってるゴミは、流石に建物を定期的に綺麗にするついでに処分している、そのままにしてたら部屋のどっかが腐りそうだし、気付いてないのはODでよく意識が混濁してるからかな。


 そんな万年引きこもりの木江が、部屋の外に出ているという状況に少し驚いたし、その木江を運んでる前多にも驚いた。

 それ以前に、俺は入居するとき顔を合わせたから知っているが、普段引きこもってる木江が倒れててよく本人だと分かったものだが、なるほど偶に顔を外に出してはいたのか。

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