203号室
うちのアパートに真面な奴はいない、というか入居させてないが、そのなかでも比較的大人しいのはいる。
この大人しいっていうのは基本精神に問題抱えてることが多いけど、鬱で部屋に引きこもってる奴とか、外に出れてるけど偶にビルの屋上から飛び降りたくなる奴とか。
何で死んでないんだよって感じだけど、屋上まで登ったんならそのまま飛べばいいのに、俺が毎回そのビルの下まで無駄足ふむことになるんだよな。
「それで、ホント凄かったんですよ! ばーんってなって」
「そうなんだ」
こいつはその比較的おとなしい、というよりは優良な部類に入る住人、203号室の横江。
今ちょっと前の旅行先での思い出話をしているところ。
今年で二十歳のフリーター、このアパートの住人とは思えない善良な部類に入る人間だ。
勿論それが優良な理由じゃない、むしろそれだけな奴はさっさと追い出してる。
ジャどういう奴なのか、この横江、善良では有れど頭の出来がよろしくないので、やることなす事全部いい結果につながらないのだ。
一番最近だと、前多には連帯保証人にされて、それで一回闇金の事務所に連れていかれたんだっけか。
後アパートの前で修羅場作ってた奴の言い争いに首突っ込んでたこともあったな、張り倒されて二階の廊下から落ちてた。
「コレ可笑しいなってなったんだけど、なんかゴロゴロしてたらどうにかなって」
「うんうん」
そんな横江、ちょっと前に辺鄙な島に行って、良く分からん儀式の贄にされそうになったって言いたいらしい。
正直説明は一切要領を得ないが、大丈夫、だって俺もその島に居たし。
正直横江本人も自分がどういう状況だったのか理解してなさそうだけど、俺が理解してるのでなにも問題はない。
旅行に行ってくるって報告された時から、絶対何かあるなって踏んでついていって正解だったな。
謎の島の儀式で、ちょっとした怪異の贄にされそうになり、拘束されたけどそのまま転がって逃げる場面は面白かった。
「手の縄が邪魔だって思って、そのままうっかりドンってやったらバキッてなって」
「なるほど」
「大変だぁって思ったらなんかパーンってなったんだ」
「派手だなぁ」
そして、助けようとしてそれっぽい祠に入ってた剣を持ってきた人間が、儀式の結果不十分ながら出てきた怪異と対峙し。
緊張感なく、というか状況を理解してないから手の縄の事を気にしてたらうっかり滑って、ぶつかった拍子に相手が躓いて剣が怪異にぶつかり、そのまま折れて。
助けようとした奴の蒼白の表情を見て、何も分からないけどマズい事しちゃったって思ったあたりで、どういうわけか怪異が光と共に弾け飛んだんだよな。
見てたけど何も分からない。
分からないが、アレが多分ホラゲとかで色んな伝承とか調べて推理して、そして辿り着くべき解決策だったんだろうことは察した。
何も調べず推理もしないで、でも偶然正解に辿り着いた横江は凄いな。
失敗してたら俺があの怪異どうにかしないとだったし、殺すだけならいいけど、アレ魂も喰おうとしてたからな。
俺が先に目ぇ付けてた得物なんだ、手ぇ出されてたまるかよ。
それにしても、今の時代あんな儀式に巻き込まれるとは、何をどうしたらそんな愉快なことになるのか。
普段の様子を見てたら大体想像ついちゃうな。
多分曖昧な内容の頼まれことをされ、良く分からないけど了承し、そのまま贄になったけど、その状況も良く分からず無自覚で暴れちゃったんだろうな。
闇金の事務所にバイト先で押し付けられた、写真を媒体にして呪い殺すタイプの怨霊の写真を見せたり。
大声で先輩の二股について聞いた挙句、ソイツと店長との関係も暴露し、結果堂々と客の前で修羅場が起こってバイト先が潰れたり。
隣の部屋に存在しないジビエのお裾分け貰おうとして、相手の精神状態悪化させたり。
こいつは悪気が一切ないのに人間に的確にダメージを与えるんだよな。
ぜひとも今後もうちに住み続けてくれ、追い出されない上その才能が的確に役立つのはうちくらいだぞ。
出ていっても別に構わないが、その時は死体として出て行けよな。




