104号室
住人の一人が泣きながら廃ビルの屋上に登ったので、無駄だろうなって思いながらそのビルの下が見える位置まで来た。
えぐえぐ涙を流し、服の袖で目元を擦る姿は悲劇のって付きそうだ。
「うぁ……、ぁ」
104号室の春瀬、女、二十代後半。
今日は好きな人にフラれたらしく衝動的に死のうと近くのビルに入ったようだ。
同棲してた家から持ってきたボストンバックとスーツケースまで持ってきてるんだけど、重くないのかな。
否、今日はというか、今日もが正しいか。
割と何かあるたびに自殺を使用と決心しては直前まで準備して、結局何もしない春瀬。
一言で言うならファッション自殺志願者だ、とってもややこしい、というか紛らわしいのでやめて欲しい。
飛ぶなら飛ぶ、切るなら切る、吊るなら吊る、準備したんならちゃんと最後まで全うして欲しい。
「ひどいよぅ」
フェンスをよじ登りながら泣き言を漏らす春瀬。
因みに、好きな人とは言ったが別に恋人ではない、春瀬の中では恋人だったのかもしれないが。
数回顔を合わせただけで、会話すらしてない男の住所調べて合鍵を作り、勝手に住み着いてだだけだ。
なのでここ数週間はうちのアパートに顔見せてない。
本人曰くの同棲、料理もするし掃除もする、一応バレないようにコソコソしてるらしいけどその隠密技術はどこから来ているんだろう。
そして今回も、フラれたというよりは家主に存在がバレて、ストーカーとして通報されそうになったのをフラれたと解釈した感じ。
通報しようとしたところでうっかり相手の男の頭をぶん殴り、泣きながら荷造りして出てきたところだ、殴られた男は生きてた。
「ヒグっ、どうしてだよぅ」
フェンスの向こう側、屋上の縁に立って両手で顔を覆いながら嘆く春瀬、わかりやすく悲しそうだ。
実際本人に泣く権利は全くないし、むしろ相手の男を恐怖で泣かせてる側だけど、見てる分にはとても悲しそうだ。
その癖、悲劇のヒロインみたいな顔で泣いて、メンタルボロボロっぽい感じの行動できるのは本当に、どういうメンタルなんだろう。
否、本人は心底傷ついてるかもしれないけど、本心から嘆き悲しんでるのかもしれないけど。
でも本当に悲しむ資格も嘆く資格も傷つく資格も欠片たりともない、むしろどうしてそこまで被害者ズラできるんだ。
何時もの事だけど、ちょっと本気で分からないんだよな。
この春瀬、最初は川本のストーカーとしてうちのアパートに侵入したので間違いなく常習犯だ。
一体いつからやってるのか、川本と部屋の扉の鍵をピッキングツールで開ける手つきは実にこなれていた。
当たり前だが、別に川本の恋人とかそういうのだったわけじゃない、一回声かけられて惚れたらしい。
せめて口説かれてから惚れろって感じだが、川本の綺麗な顔見て狂った挙句ストーカーになる人間は多いので、多分正常な反応なのだろう。
そしてストーカーとなった春瀬、勝手に部屋に住み着いた、そして川本は頭の螺子がちょっと緩かったので勝手に住み着いた人間もスルーしてた。
料理作ってくれるし、家事全部やってくれるし、金くれって言ったら借金してでも用意してくれるし。
どこまでも都合のいい人間が、どこからともなく沸いてきたからラッキーって思ってたのかもしれない。
ある意味お似合いだな。
けれど、そんな関係も長くは続かず、ある日他の女と遊んで帰ったら泣きながら待ってた春瀬にそのまま襲われた。
頭を壁に叩きつけて死にかけてた、一見腕は細いというか、そこまで筋肉ついてるようには見えないが、どういう腕力してるのだろうか。
それで死なないのが川本だけど。頑丈だなホント。
川本が殺されかけたことが六回あると言ったが、その内の一回はこいつが犯人だ。
付き合ってたわけでもないのに、浮気なんてっ!と怒りをあらわにしてた、そこで川本は、初めてもしかしてちょっとヤバい子なのかもって思ったらしい。判断が遅いな。
春瀬の方は一回殺そうとして満足したのか、そのまま(勝手に)同棲してたのを(勝手に)解消して別の部屋借りに来た。
長く同棲してたから、元の部屋を解約しちゃってたらしい、よく殺しかけた相手と同じアパートに住めるなって感じ。
そして川本も自分を殺しかけた女が同じアパートに住んでるのに気にしてない。
今じゃ顔合わせれば挨拶して世間話するような関係だ。本当にお似合いだったんじゃないかな。
「ふぅ……よし満足!」
一通り泣いて、満足したのか再びフェンスをよじ登って内側に戻る。
切り替えが早いというか、自分はこれだけ悲しんだんだぞっていうポーズをとってるだけに見える、でも本当に悲しんで吐いたから嘘ではないんだろうな。
感情豊かというか、感情表現が有り得ないくらい素直な奴。
「よいしょっ」
すっきりしたらしい春瀬は、スーツケースを開け、中に詰め込んでたもの。
さっきまで(勝手に)同棲してた相手を取り出して、フェンスの上に乗せて靴を脱がせ、そんな掛け声と共にそのまま地面に落とす。
殴った時はまだ確かに生きていたが、春瀬本人はうっかり殺っちゃったと思ったらしく、そのままスーツケースに詰め込んでここまで運んできた。
そして自殺に見せかけるためにこの屋上から落とした、しっかり靴まで揃えて、靴の下に遺書っぽい封筒も敷いてる。
準備がいいというか、絶対初犯じゃないんだろうなって感じの動作、俺的には何人殺そうがありって感じだけど、一切の迷いがないなホント。
そのまま帰路に就いた春瀬を見送りながら、五階立てビルの屋上から落とされて死んだ男の魂を回収した。




