第九話 少しずつ、育むもの
翌日、俺は迷いながらも決意していた。
リノアに、謝りたい。許されたい。
自分の愚かさ、身勝手さを伝えたくて――
すぐに伝令を走らせ、リノアを王宮に呼び寄せた。
しばらくして、あの素朴な娘が王宮の豪華な廊下を歩いてきた。
服は地味で、髪はいつも通り三つ編み。けれど表情は晴れない。
あの小屋で見せてくれた温かさや、心からの笑顔とはどこか違っていた。
俺は戸惑いながらも、声を震わせて言った。
「リノア……来てくれてありがとう。今日は本当に、話がしたくて」
彼女は静かに頷き、玉座に座る俺の前に立ち尽くした。
「俺は……君が望むものは何でもあげる。
金も宝石も、豪華な洋服も、宮殿も全部だ。
何だって、君が幸せになるなら――」
俺は手を広げ、必死で言葉を紡いだ。
でもリノアは首を振った。
悲しそうな目で、こう言った。
「ありがとう、透さん。でも、私は何もいらないの。与えられたものじゃなくて、自分で切り開いて生きていきたいの」
その言葉が胸に突き刺さった。
確かに俺は、彼女の気持ちを理解していなかった。
何かを“与える”ことで満足してしまっていた。
俺は深く息を吸い込み、静かに問いかけた。
「じゃあ……どうすれば、許してもらえる?
君と仲良くなるには、何をしたらいい?」
リノアはしばらく黙っていたが、やがて語り始めた。
「ここから例え話するね。植物の話。植物はすぐに実をつけないよね?
土を耕し、種を蒔き、害虫や害獣から守って、やっと芽が出る。
でも、全部が育つわけじゃなくて、途中で枯れるものもいる。それでも人は、根気強く育てる。
人間関係もそれと同じ。少しずつ仲良くなっていく。中にはそれでも仲良くなれない人もいる。
そして愛は、その延長線上にあるもの。
あなたのハーレムは信頼を築く過程を楽しむこともせず、全てを飛ばして果実だけを貪っているのと同じなんだよ」
俺は言葉を失い、リノアの言葉の重さをかみしめた。
「……じゃあ、君と仲良くなるためには、何をすればいい?」
リノアはまっすぐに俺を見つめて言った。
「まずは、私を操った事を謝ってください」
俺は咄嗟に頭を下げた。
何度も何度も謝った。
「ごめん。ごめんなさい、リノア。こんな俺で本当に申し訳ない……!」
ついには玉座から降り、床に膝をつき、土下座までしてしまった。
「土下座までしないでください! 私はもう怒ってませんから」
リノアは焦りながら、優しく微笑んだ。
「まずはお茶友達になりましょう。そこから、少しずつでいいの」
俺はその微笑みに救われた気がした。
まだ果実は遠い。
でも、土を耕し、種をまき、守り育てる日々を始めよう。
例えそれが育たないとしても。
俺はリノアの横顔を見つめながら、小さく頷いた。
「……ありがとう。これから、ちゃんとやるよ」
リノアは静かに頷いた。
初めて、俺は本当の意味で“愛”を知ったのかもしれない。
あの夜から数日後、俺は決断を下していた。
ハーレムを解散する。
もう、理想の美女たちに囲まれても虚しくて仕方がなかった。
玉座を降り、宮殿も引き払う。
そして、使用人たちにも感謝を伝え、解雇の辞を告げた。
仕えてくれた者たちの驚きと悲しみを背に、俺はひとつの新たな生活へ歩き出す。
そして――リノアの小屋の隣に、小さな小屋を建てた。
ここが俺の新しい住処になる。
初めての、飾り気のない生活。
陽の光が畑に降り注ぎ、風がそっと頬を撫でる。
そんな日常の中で、リノアは笑顔で言った。
「透さん、お茶友達になれてうれしいよ。
畑の仕事、楽しいよ。ぜひ一緒にやろう?」
俺は大変な耕作にすぐに音を上げそうになった。
土は硬いし、雑草は根強い。虫に食われ、種は思うように育たない。
それでも隣で笑うリノアを見て、俺は頑張らなくてはと思った。
「負けるかよ……!」
口ではそう言いながらも、汗を流して鍬を振るった。
笑顔の彼女に、少しでも良いところを見せたい。
まだまだ、愛を育てるのは長い道のりかもしれない。
けれど、俺はここで、土を耕すことから始めると誓ったのだった。