表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

第六話 リノアのハーブティーと、心のぬくもり

 リノアの小さな小屋の中は、どこか懐かしい香りに包まれていた。


 干し草の匂い、煮出されたハーブの香り、木の床が軋む音……

 煌びやかで整いすぎた王宮にはなかった、“人の生活の気配”があった。


 「はい、これ。ちょっと苦いけど、気持ちが落ち着くお茶だよ」


 木製のマグカップに注がれたハーブティーを受け取る。

 その表面には湯気が立ち上り、リノアの指が少しだけカップに触れていた。


 「ありがとう」


 一口啜ると、たしかに少し苦い。でも、不思議と――


 「……うまいな、これ」


 「ふふ、よかった」


 リノアは恥ずかしそうに笑った。


 その笑顔に、華やかさはない。でも、心の芯がほぐれるような“素朴なあたたかさ”があった。


 「王様なのに、こういうの好きなんだ?」


 「……ああ。むしろ、こういうのが一番、ありがたいかもしれない」


 リノアは一瞬目を丸くしてから、少しだけ視線をそらした。


 「……そっか。でも、無理しなくてもいいんだよ?」


 「無理?」


 「うん。本当は疲れてるのに、“理想の王様”でいようとしてる感じ、したから」


 俺の中の何かが、ギクリと音を立てて揺れた。


 そう、彼女は俺の“本音”を――見抜いていた。


 「……どうして、そんなことがわかるんだ?」


 「んー、わかんない。でも……あのとき、草原で見たあなたは、もっと弱そうで、困ってて、寂しそうだった。今のあなたは、強そうに見えるけどどこか……苦しそう」


 俺は返す言葉を失っていた。


 どんな美女も、どんな賢者も、俺の心を“読む”ことはなかった。


 ただ、リノアは“読もうとして”いない。“見てくれて”いるだけだ。


 それだけなのに、どうしてこんなにも――救われたような気持ちになるんだろう。


 「……ごめん。俺、君のこと……無視した。あのとき、“地味”だって思って、俺の世界には必要ないって……」


 「……うん、なんとなくそんな顔してたね」


 リノアは、ちょっとだけ寂しそうに笑った。


 でも――そのあとに続いた言葉が、俺の胸を深く突いた。


 「でも、助けられたくなかったら、それでよかったんだよ。私は、ただ“倒れてた誰か”を助けたかっただけだから」


 なんてことだ。


 この娘は、俺に何も“見返り”を求めていなかった。


 今まで出会った誰もが、俺の力、地位、財産、チート能力で引き寄せられていたのに。


 「……リノア。君は、何か望んでることって、ある?」


 「んー……朝、ちゃんと起きて、畑の世話して、たまに誰かとおしゃべりできれば、それで幸せかな」


 なんて、ささやかな願いなんだろう。


 俺がどれだけの願望を満たしてもなお“渇いていた”のに、

 彼女は、何も持っていないようで――すでに“満たされている”。


 「あなたは……どうして、こんなとこまで来たの?」


 その問いに、俺は答えられなかった。


 でも、代わりに、静かにこう呟いた。


 「……少しだけ、“人間”に戻りたくなったんだ」


 リノアは、驚いたように目を見開いたあと、

そっとマグカップに視線を落とし、微笑んだ。


 「それなら、よかった。人間に戻るお茶、ちゃんと用意できてたみたい」


 その笑顔は、どんな魔法よりも――俺を癒した。


 ――俺は今、ほんの少しだけ、本当の“愛”に近づいた気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ