第五話 理想の王様と、心にあいたひとつの穴
翌朝、俺は寝室のカーテンを開けたまま、眠れぬ夜を明かしていた。
陽光が差し込む王宮の広間では、すでに使用人たちが忙しなく動いている。
食事の準備、衣装の準備、次のハーレム候補者との謁見の準備――すべてが俺の“理想の生活”のために動いている。
ハーレムは二百人にまで膨れ上がり、異世界の美女という美女を集めまくった。
それなのに、俺の心はまるで砂漠のようだった。
「透様、今朝のお目覚めはいかがでしょうか」
ラミナが部屋に入ってきた。完璧な笑顔。完璧な立ち居振る舞い。完璧な朝の挨拶。
だが、その完璧さが、今は少しだけ重たく感じた。
「……ラミナ。今日、ちょっとひとりで出かけてみたいんだけど」
ラミナは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに静かに頷いた。
「かしこまりました。透様が望まれるなら……御身の安全を第一に、護衛だけはお付けいたします」
「いや、それもいらない。今日は、本当に“ひとり”になりたい」
少しの沈黙。
ラミナは困ったような微笑を浮かべたが、それでも最終的には「……かしこまりました」とだけ答えた。
そして俺は、王宮を出た。
金も宝石も、護衛も連れず、ただの一人の男として。
向かった先は、あの日、転生して目覚めた草原だった。
街道から外れた丘の上。王宮からは馬で一時間ほどの距離。
何もないその場所に、ポツンと小さな小屋があった。
(……こんな場所に、家なんてあったか?)
気になって近づいてみる。どうやら人の住んでいる気配がある。煙突からは細い煙が立ち昇り、軒先には干したハーブや薬草が吊るされていた。
すると、軒下からひょこっと顔を出した人物がいた。
地味なブラウンの髪を三つ編みにまとめ、よれた布のエプロン姿。あのときと同じ、素朴なまなざし。
「……えっ?」
彼女も、俺の顔を見て驚いたようだった。
「あなた……あのときの、倒れてた人?」
――いた。
本当に、いた。
あの時の女の子。俺が“モブ”と断じて無視した、あの子が。
「よかった……生きてたのね。あの後、突然いなくなっちゃって……」
彼女の声は、どこまでも自然で、作為のない優しさに満ちていた。
俺は思わず、足を止めた。
あの草原で、最初に手を差し伸べてくれた人。
その手を、俺は……。
「ああそうだ。でも、ごめん。あの時……俺、ひどいこと言った」
彼女は少し驚いたあと、ふわっと笑った。
「ううん、気にしてないよ。具合、悪かったんでしょ?それに、あのときは……ほんとに辛そうだったから」
俺はその言葉に、なぜだか胸がいっぱいになった。
誰にも責められなかったはずなのに、誰の言葉よりも胸に刺さった。
「……名前、教えてもらってもいいか?」
「ん?あ、うん。私、リノアっていいます。薬草とか売って生計を立ててるよ」
――リノア。
名前を聞いただけなのに、なぜだか心が落ち着く。
ハーレムの誰よりも華やかではない。ただの田舎の娘だ。
でも。
(……この子だけは、“俺自身”を見て話してる気がする)
「俺は透だ。ただの透」
「リノア。少し、話してもいい?」
「うん。お茶、淹れるね」
――異世界最強チート。無限の美女。無限の権力。
でも、本当に“心”が触れ合える会話は、ここが初めてだった。