第十話 現実は辛いけど、それでも歩むよ
結論から言おう。
リノアとの愛は芽吹かなかった。
何年かぶりにリノアの幼馴染とかいう朴訥としたデブがリノアの元に訪れてきた。
リノアはその優しげなデブと親交を深めて、結婚してしまった。
もちろん、俺は全てを呪った。
ぽっと出の幼馴染と結婚したリノアも、そのデブも。
植物は全部が育つわけじゃなくて、途中で枯れるものもいる。
知ってる。
でも涙が止まらない。
リノアなら、俺の孤独を癒してくれる。
そんな事を思っていたが、それはただの俺の"叶わない想像だ"。
もちろんチートがあるから、デブを殺し、リノアを手に入れるなんて、朝飯前だ。
だけど、それじゃあ満たされないことを俺は知ってる。知ってしまったんだ。
更に、デブはまるでリノアみたいに俺に優しくしてくれた。
リノアの隣にわざわざ住んでる男にだぞ?
あいつら似てるよ。そっくりだよ。お似合いすぎるよ。
こんなん殺せるわけないだろ。
俺の負け。完敗だ。
俺は小屋をデブにやって旅に出た。
リノアは寂しがっていたが、それは恋愛のそれではなく、友達としての寂しいだ。
チートは封印。自分の足で歩く。
正直、旅はキツかった。
だけど、リノアの事は自然と吹っ切れていった。
ある夜、嵐に巻き込まれ、息も絶え絶えにある小屋にたどり着いた。
小屋の主が一晩の宿を貸してくれる優しい人だったらいいなと思いながら、ドアをノックした。
ドアから出てきたのは光輝くような絶世の美女が出てきた。
女はもういいんだよ。こりごりだ。
そう思いながら顔をよく見ると。
「透……様……!」
そう。俺が最初に召喚した異世界一の美女。
エルフのラミナだった。
「ボロボロではないですか、お上がりください」
ラミナは俺を小屋に上げて、ブランケットをかけて、温かいスープを持ってきてくれた。
あれ?チートはもう使ってない。チートは全て解除するって想像して解除したはずだ。
なのになぜ、ラミナはこんなにも優しいのか。
スープの湯気が、かじかんだ指先を撫でる。
優しい香りが、胸にぽっかり空いた穴を少しだけ塞いでいく。
ラミナは俺の隣に座ると、じっと俺の顔を見つめた。
「透様……私、ずっとあなたをお慕いしておりました」
「……どうして?」
チートの効果は切れているはずだ。
なのに、ラミナはこうして俺を名前で呼び、見つめ、心からの優しさを注いでくる。
「……あの日、初めてお会いした瞬間から、透様に心を奪われておりました」
ラミナの言葉は、ゆっくりと、けれど迷いなく紡がれていく。
「透様のお力の強制力なんて関係ありませんでした。あの時のあなたは私を笑顔で受け入れて下さった……その笑顔が……その……失礼でしたらすみません……子供のように無邪気で可愛くて……キュンとしまして……」
ラミナは顔を真っ赤にしながら答える。
俺の心が、ぐらりと揺れた。
チートがあったせいで、誰かに好かれても信じられなかった。
本当に俺自身を見てくれているのか、それとも強制された幻想なのか。
でも、ラミナは違った。
どこかで、芽が出て、実を結んでいたのだ。
気づかぬうちに、見えない場所で。
ラミナの完璧な所作や対応はチートで生み出されたものではなくて、彼女自身の努力だったのだ。
「……知らないうちに、そんなに育ってたんだな。俺……気づけてなかった」
ラミナは微笑む。
その笑顔は、どんなチートよりも、心を満たす魔法だった。
「俺さ。今まで誰かに愛されることばかり求めてた気がする。でもそれって、相手を知ろうとしなかったら、ただの一方的な欲望なんだよな」
そう。これまでの俺は、「孤独を埋めてほしい」と願ってばかりで、自分から心を寄せることを怠っていた。
「だから今度は……俺の番だ。君のことを知りたい。ラミナ。君が好きなもの、嫌いなもの、趣味、夢……全部、教えてくれ」
ラミナの瞳に涙が浮かぶ。けれど、それは悲しみの涙じゃない。
喜びと、救いと、願いが叶った安堵の涙だった。
「はい……透様。私のすべてを、あなたに知っていただきたいです」
ふたりの手が重なる。
その温もりに、もうチートは要らなかった。
俺は今、ようやくひとりの人間として、誰かを知ろうとしている。
愛されるだけじゃなく、愛したいと願えるようになった。